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異世界ゲート3

 メリアの家は加工場からすぐの場所にある。海と川に挟まれた村は傾斜が少ないが、メリアの家は一番海から離れた少し高い所にある。

 加工場はどうせ汚れるし壁なんかあった所で搬入出の邪魔になるだけだからと、原住民族のような佇まいをしているが、家はそこまで酷くは無い。

 しかし、基本的に異世界人達のように小さな体では無い為、玄関や通路、一部屋一部屋は大きく天井も高い、そして骨足で歩いても壊れないように頑丈で相当な重さにも耐えられるような造りになっている。

 石造りにしたら頑丈で良いだろうが、この海域は塩分濃度が濃い。石はすぐにぼろぼろの砂になってしまうので、この村の家は基本木造だ。

 村の裏の森に自生するこの辺り固有の木は、成長が極端に遅い代わりに木目も詰り、非常に強固でしなりもある。

 骨足で掴んだり引っかいたり、はたまたこの上を全力で走った所で軽い傷が付く程度の、俺達骨足種の為にある木だと言っても良いような物だ。

 しかも小さな傷位ならそのうち勝手に直ってしまうという性質も持つ。この村の家は全てその木で出来ている為、ちょっとやそっとの嵐なんかではびくともしない。

 

 メリアは玄関を潜るや、すぐに玄関脇に置いてあった箒を手に取るや、猛然と玄関周りの掃除を始めた。

 玄関の掃除が終わると、続いて室内用の箒とモップを引っ張り出すや、俺達を玄関に置き去りにしたまま必要最低限の所の掃除をする。

 しばらく忘れ去られた様に玄関に放置されていたが、しっかりと手足を洗って来たらしいメリアがひょっこりと顔を出すと、軽くウェスターの体を掃い、そのままウェスターだけを家に上げる。

 

「メリア、俺は?」

「準備しておいたからアーレはお風呂に入って。あ、でも掃除したばかりだから裏口からね!」


 少し痛そうに歩くウェスターの背を押しながら、メリアは振り向きもせずそう投げかけるや、そのまま玄関脇の部屋へと消えて行ってしまった。

 自分とは違う種族で色々分からず慎重になる気持ちも分かるが、さすがにこの扱いの違いは辛いものがある。

 まぁ、気にせずさっさと風呂に入ってウェスターの様子を確認しないとな。

 

 風呂から上がると、ウェスターはメモ帳を手にメリアを質問攻めにしていた。

 

「ヤーイム」

食べる(ヤーイム)

「ヤーイム」

 

 質問攻めというよりは発音と単語の確認らしく、部屋に入った瞬間つい先程何処かで聞いたような会話が耳に飛び込んで来た。

 

「あ、アーレ。ヤーイム」

「違う、食べる(ヤーイム)。……ん? 腹が減ったって事か?」


 頭を拭きながらメリアの隣に腰掛けると、ウェスターはどうにも言葉足らずな単語だけを口にする。

 それは本当に言葉を覚えたばかりの幼子のようで、隣に座るメリアはたまらず笑ってしまった。

 異世界ゲートが出来てから、異世界人の観光客もこの村に訪れた事は何度もあるし、現地人の他民族も多く観光に来る。

 その為と言う訳では無いが、この村の食事は骨足種以外の人間でも問題無く口に出来る様になっている。

 この周囲の水は栄養も豊富だが毒素も多い。いくら摂取しても大丈夫な骨足種でさえ、料理や飲料水など大量に摂取する場合は少し離れた場所からひいて来ている水を使う。

 大昔は村の真ん中の貯水槽に溜め、必要な時に必要な分だけ持って帰っていたらしい。

 今は中央か異世界か、どちらか知らないがその辺りで作った水道管を使っているらしいが、塩分濃度や毒素が水道管にどう影響するか、正直あまり気にせず使っていると子どもの頃じいさんに聞いた事がある。

 そのじいさんもじいさんから聞いたと言っていたから、話しの出所と根拠は怪しいものだ。


 メリアは相変らず肩を揺らしたまま、部屋の端の囲炉裏でふつふつと湯気を上げるポットに手を伸ばす。

 昼食までまだ少し時間があるし、ウェスター達研究者の食事は全てしっかりと管理されているらしく、下手な物を出す訳にもいかない。今はお茶で我慢してもらうしかない。

 

「アーレとメリア……さんはどう言う関係で?」


 メリアが差し出したお茶を満足そうにすすりながら、ウェスターは突如異世界語で口を開いた。

 言葉が思いつかなかったのかリラックスしているのか、はたまた一言一句逃さず聞きたいのか、どういった理由で異世界語と骨足種の言葉を使い分けているのか分からないが、本人もあまりその辺を気にした様子も無いし、特に理由は無いのだろう。

 俺達の関係を聞かれたメリアは、一瞬空を仰ぎ言葉を探しているようだった。

 

「幼馴染で許婚、で合ってるわよね?」

「何でお前まで疑問系なんだよ」


 メリアと異世界語で会話をしている違和感より、そちらの方が気になってしょうがない。

 

「幼馴染で許婚! なる程、それなら納得。夫婦には見えないけど夫婦みたいな距離感だと思ったんだ」


 聞けば異世界でも親が決めた相手と結婚したり、子供の頃から許婚が決まっている国も多くあるとの事。ウェスターの国はどちらかと言えば恋愛結婚が多いらしい。

 腑に落ちたとばかりに満面の笑顔でお茶をすするウェスターの姿は、やはり研究者と言うよりは子どものよう。研究者達はこれ程感情豊かで好奇心旺盛な生き物なのだろうか。

 

「はー……良いね。変に異世界人の好みに合わせた食事や部屋なんかじゃなくて、折角ここまで来たんだからそのままの暮らしの中に溶け込みたかったんだよ。さすがに貝は食べられないけど」

「貝どころか、そんな軽装じゃ村の中も歩けないぞ?」


 ぽろりと口をついて出たひとり言だったのか、俺の返答を聞いたウェスターは湯飲みを持ったまま、ぴくりとも動かずうんともすんとも言わなくなってしまった。

 変な事を言ってしまったかと思った矢先、メリアが机の下で俺のふとももをぎゅっとつねる。

 

「服ね……。ゲートを潜る研究者の制服は、何故かこれって決められてるんだよね。ゲートが出来てもう百年まだ百年。本当にまだまだ不便な事が多くて本当に困る」

 

 机に湯飲みを置いたウェスターは、子どもの様に頬を膨らませ頬杖を突くと、今まで溜め込んでいた不満が爆発したのか、ぶつぶつと少しずつ吐き出していく。

 

「建前は貨幣貝をこの村以外でも養殖させる方法の確立ってなってるけど、この一ヵ月で日に日にこの村に来た目的が替わってる。やりたい事が多過ぎるんだろうね。五色の毒の解析と無毒化・解毒剤作成も興味はあるけど、もっとじっくり見て回りたいよ」


 ついには机に突っ伏してしまい、言葉ももごもごとこもり聞き取れなくなってしまった。

 この短期間に話がころころと変わり、最初は何の話をしていたのだったかとメリアに視線を向ければ、メリアはとうに考えるのを放棄したのか、何事も無かったかのようにお茶を啜っていた。

 

「異世界はもう殆どの事は調べつくされた。それこそ、同じ物を何度も何度も発想を転換させ研究しないともう新しい物は見つからない程に。だから異世界に無い物が山程あるこっちの世界は、研究者にとって研究欲を満たす事の出来る宝の山なんだよ。なのに自分の好きな事すら満足に研究出来ないなんて何て不便な異世界研究者制度……」

 

 ようやく不満を出し切ったのか、ウェスターは相変らず机に突っ伏したままだが、湯飲みを握り締めじっとりと恨めしそうに外に視線を流す。

 そこには数人の中央の現地人と異世界の研究者達が、貨幣貝の殻を手になにやら道端で議論を交わしていた。

 あれ程俺とメリアが気を使ってウェスターを運んだと言うのに、外の研究者達はあの軽装のまま、薄い手袋をつけただけの手で貨幣貝を触っている。

 ほんの小さな欠片に刺さっただけでウェスターの足は赤く腫れた。研究者達の奥で、長老が青白い顔をし無言で佇んでいるのは、きっと俺と同じ事を思っているのかはたまた呆れているのかのどちらかだろう。

 

「満足に研究が出来ないって……そう言う制度なの? それとも、他の人達と足並みをそろえなきゃいけないとか、頑固な上司が居るとか?」


 いつの間にか茶菓子を引っ張り出し食べ始めていたメリアは、この沈んだ空気に気付いていないのかと不安になる程、なんとも微妙な質問を投げかけ、ついでに茶菓子を差し出す。

 ウェスターもウェスターで、恨めしい目のままじっとりと外を眺めていたと思いきや、そのままの顔で茶菓子を受け取り極々自然な流れで口に運ぶ。

 茶菓子と言っても伝統的な歌詞等では無く、どこにでもありふれた木の実を干しただけの物。今更もう遅いかもしれないが、食べた所で問題は無いだろう。

 

「制度も上司も。海外旅行以上に入国審査の規定が厳しいからね、どれ位の期間、何の為に何の研究をしてどこに滞在するか云々、全部代表者が申請して通った物のみ研究出来るっていうのが現状。異世界の機材と薬品の持ち込みや現地で採ったサンプルの持ち出しとかは、ほぼほぼ規定に引っかかって却下されるし、責任を取りたくない代表者は観光レベルの事しか許可しない。だからああして日がな一日貝を眺めては机上の空論をぶつけるだけの、研究とも言えないお粗末な事しか出来ないんだ。今回も無理を言って一人別行動させて貰ったけど、少し自由になっただけでただただ歯がゆい……」


 研究したくとも設備が無く許可も下りない、と言う事か。

 となると、この研究をする為にこの機材が必要になり、この機材は現地に持ち込めないから現地で作るとなるとこの素材が必要になる。で、素材も持ち込めないから現地で同じものか似た成分の物を探さなくてはならない。同じ物があれば早いが、似た成分の物となると、その成分を調べる為の機材を作る材料をー……。と言う堂々巡りになる。

 確かに、こんな現状なら異世界ゲートの規定や制度を恨みたくもなる。滞在許可は出るが、満足な研究は出来ない。本当に何の為のゲートなのだろうか。

 ウェスターは二個目のお茶菓子を口に含み、窓の外をぞろぞろと移動していく研究者達を眺めながら右足をさする。

 傷は薬が効いてきたのか、大分赤みが引いて来たように見える。

 

「ウェスターさんがやりたい研究って、そんなに審査に通らない程の事なんだ……」

「いや? ただみんなと同じ様に暮らして骨足種の文化と、言っちゃ悪いが生態を一冊の本にまとめて、あわよくば貨幣貝を食べてみたいなーってだけ。別に五色の毒を使って兵器を作りたいとか、医薬品を作って世界を救いたいとかそんな大それた事じゃない」

 

 茶菓子を頬張ろうとして口を開けたままメリアは固まってしまった。

 俺も隣で聞いていて理解が追いつかなかったが、ウェスターの望んでる事はそんな些細な事だったのか。

 いや、些細、と思うのは俺達骨足種だけなのかもしれないな。ウェスター達異世界人や中央に住む現地人からしたら、俺達辺境の希少種族の生態は分からない事ばかりか。

 

「そんな本作ってどうするんだよ?」

「今は意味なんか無い。僕がただやりたいだけ。でもいつかこの本が骨足種固有の奇病みたいな物を治すヒントになってくれたり、自分達でも忘れていくような文化が記録として残ってくれれば良いなってだけ。あと貝を食べてみたい」

 

 どれだけ貝に執着するんだよ。今の所ウェスターが安全に食べる方法は無い。

 大それた事をしたい訳ではないと言っていたが、結局は奇病だ伝統だと大それた事を言ってると思うけどな。

 ふと今更思ったんだが、なんで今朝初めて会っただけの異世界人の話を、俺は真剣に聞いているんだろうか。

 メリアは興味ありげに聞いているが、そもそも俺達は異世界人に良いイメージを持っていなかっただろう。

 ……あぁ、なる程。やはり子どもと同じでか弱い生き物は庇護したくなるのが人と言う生き物なのか。

 ウェスターの事は〝異世界人の研究者・ウェスター〟と言う情報しか持っていない。年齢など勿論知らないが、間違いなく成人してそれなりに経つだろうし、下手したら同じ位か上かもしれない。だが危なっかしくて目が離せない。

 考えれば考える程、思考は同じ場所をぐるぐると回る。

 村長め、実はこうなると分かってて俺にウェスターを押し付けたんじゃないだろうな?

 

「じゃあ、隠れて研究しちゃいましょうよ。今の所のサンプルは私とアーレしか居ないけど、ちょうど人魚タイプと二足タイプ!」


 仲良くウェスターとお茶菓子を頬張っていたメリアが、突如名案とばかりに声を上げ尾ビレで床を叩く。

 その音に驚いたと言うより、いきなり何を言い出すんだとウェスターでさえ目を剥いて固まる始末。

 俺は驚きよりも、メリアの尾ビレの端が当たって痛かったんだけどな……。

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