異世界ゲート2
「何度も言うけど、落ちたら死ぬから気を付けろよ」
「ん? ごめん、もう一度ゆっくり」
翌日、異世界人の研究者の一人、ウェスターを連れ、貨幣貝の養殖場を見学に来た。
見学も何も、俺は普段からここで貨幣貝の世話をしているのだから、ウェスターが勝手にくっついて来たと言った方が正しい。
丁度五色の水が交わる浅瀬の岩場、ウェスターは一際大きな岩によじ登り色とりどりの貝を一望している。
骨足種以外からしたらこの辺りの水は毒だ。落ちてそのまま毒で即死、と言う事は無いだろうが、岩にぶつかって即死はあり得るかもしれない。
村以外での貨幣貝の養殖化にしぶしぶ納得した村長が、口を酸っぱくしてウェスターに危ない事はするなと朝言っていたのだが、今ひとつ聞き取れなかったのだろうか。
「落ちたら、危ない、毒、岩。分かるか?」
岩によじ登り後ろから骨足でウェスターを掴み、海を指差しながら単語を区切り、一音一音しっかりと発音する。
ゆっくりと話せば理解出来るらしく、ウェスターは納得したとばかりに大きく目と口を開け、大袈裟に頷く。
「ああ! 毒か! 君達の言葉は〝ヤー〟が多過ぎる……。発音だけでも五種、知ってる単語だけでもえー……複数、前後の文脈で意味が変わる物もある。さすがに一年漬けの語学力じゃ限界があるなぁ」
「……毒と椅子と鼻? 走ると食べると飲む?」
ウェスターを抱え岩を降りながら、村の子どもに読み書きを教える容量でゆっくりと発音してやる。
〝ヤー〟の使い分けは骨足種の子どもでもあやふやなもの。一年漬けの割には良く喋れていると思う方だ。
そもそも俺達現地人は異世界語が分かる。遙か昔から異世界人は時折この地に現れては言葉や知識を残していく為、元々免疫はあったが、ゲートが出来てからは瞬く間に広まり、こんな辺境の村でさえ一般教養の一つとして習う程だ。
しかし、ウェスターは俺達骨足種の言葉で意思の疎通をとりたいらしく、ゲートを潜る一年前から独学で学んでいたらしい。
骨足種の言語は中央の人間でも理解出来る人は数少ない。
現に、ウェスター以外の研究者達は全員異世界語と中央の言葉で会話をする。
俺も最初は異世界語と中央語で話をしていた。しかし、他の研究者達から離れた途端、開口一番骨足種の言葉で話してくれと言われた。それと普段通り生活してくれとも。
「走るとヤーイム」
「食べる」
「ヤーイム」
岩から引きずり下ろしたウェスターが意を決したように口を開いたが、残念ながら食べるの発音は難しいらしい。
何度も繰り返し発音し確認する姿は、村の子どもと大差無いものに見える。
「こんな感じで、仕事と言っても普段は貨幣貝に異変が無いか見回るだけ。問題が無ければ沖まで行って魚を獲るか、気ままに家でゴロゴロするかだ。見たいなら一個引き上げるけど、貨幣貝の加工場も見たいだろう?」
語学学習はおしまいとばかりに異世界語で話し掛ければ、ウェスターは一瞬むっと眉を寄せたが、今の言葉を骨足種の言葉で言われても分からないと判断したのだろう。手にしていたメモ帳をズボンのポケットに入れると、足についた砂を払い立ち上がる。
「加工場を見に行きたい。二枚貝の一番硬い所を削り出しているんだったか……」
ぶつぶつとひとり言を言いながら、ウェスターは子どものように歩み寄ってくる。
本当は養殖所周辺の砂も毒が浸透しているかもと、村長が気にしていたから早く切り上げたかったのもある。
ひとまず自ら離れた村の奥にある加工場は安全だろう。……貨幣貝の欠片で指を切りさえしなければな。
俺はそのままウェスターを連れ加工場を目指す。
本来なら異世界人が来た場合、俺達は骨足で歩く事は止められているが、ウェスターに限ってはその辺りは気にしなくて良いらしい。
俺達のように異世界人から見ると異形の人外種族は、なるべく異世界人を刺激しないよう気を付けなくてはならない。
昔、初めて異世界人が骨足種を見た時の驚きと恐怖、拒絶は相当なものだったと代々聞かされる話で、子ども達でさえ異世界人の前では骨足を使わない。
そうなると人魚タイプは陸上では動けなくなる。人魚タイプこそ、異世界人を苦手に思っている奴が多い。
「アーレ」
普段通り骨足で歩きながら、骨足の間をちょろちょろと歩き回るウェスターにあれこれ説明していると、ふとウェスターは立ち止まり俺の名を呼ぶ。
先程まで元気に人の足にくっついては質問攻めにしていたというのに、一体次は何事か。
振り返ればウェスターは自分の足元を見つめており、しばらくするとそのまましゃがみ込んだ。
「どうしたウェス――」
「何か、硬い物踏んで足に刺さった、かも」
右足のブーツを脱ぎながら何とも間抜けな声を上げるウェスターに、一瞬言葉の意味を理解出来ず反応がおくれた。
だが怪我をした当の本人は、俺が異世界語を聞き取れなかったと思ったのか、あーでもないこーでもないと口ごもりながら必死に言葉を選んでいる。
「えーと……硬い――」
「メリアー!!」
必死に口を開くウェスターを完全に無視し、勢い良く抱え上げる。
異世界人相手に手荒な真似はとか、今はそんな事を言っている場合じゃない!
そもそもだ、多くの種族は骨足種のように、貝の破片や安物の刃物でも傷つかない様な強靭な足をしている訳じゃないのだから、もう少し頑丈な靴を身に着けろ。何故自衛しないんだ。
あぁ、駄目だ。今はそんな事を言っている場合では無いのだ。
ウェスターを抱え上げ一目散にすぐ近くの加工場に駆け込み、そこに居るはずの人物の名を呼ぶ。
加工場で作業をしていたメリアは、あまりの俺の剣幕に驚き、無意識に尾ビレを跳ね上げ貝の破片を周囲にぶちまけた。
加工場と言っても壁は無く、ただ柱四本で支えた天井が在るのみの平地だ。
尾ビレに弾かれた破片が綺麗な弧を描いて村の中に飛び散って行ったが、その辺の処理も全て後回しで構わないだろう。
「消毒! 消毒消毒消毒薬くれ消毒!」
その言葉で分かったのだろう。
メリアは目を丸くしたまま俺に抱えられたウェスターを一瞥するや、なりふり構わず貨幣貝の山の間から這い出し加工場の脇に置いてあったカゴに飛びつく。
そしてものの数秒で小さなピンク色の二枚貝を持って来るや、ウェスターの体の隅々をくまなく確認し始める。
「どこ!? 足!? 手!?」
「右足! 右足の裏!」
体を捻り大人しく抱えられたままのウェスターの足の裏が良く見えるようにすると、メリアは注意深く患部を確認し、傷にゴミや破片が無い事を確かめる。
そして真水で軽く足を拭うと、そのままピンクの二枚貝を開き、中の軟膏をこれでもかと言う程塗りこむ。
「小さな傷だしすぐ治療したから大丈夫だとは思うけど……」
軟膏を膝の上に置いたメリアはそこで一度言葉を区切ると、ウェスターが握り締めたままだったブーツに視線を落とす。
「そのブーツ……破片が入っちゃったかもしれないし、穴も開いてるからもう履かない方が良いかも知れないわね」
「あぁ。折角だから貝如きが刺さらない、新しいやつを作り直すか。ありがとよメリア、片付け手伝うわ」
ウェスターの足の裏は怪我をした場所を中心に、赤く色付いている。ほんのりと中心が紫色をしているが、これくらいならばじきに良くなるだろう。
安堵のため息をつくメリアにお礼を良い、散乱した破片の片付けをしようと思ったが、よくよく考えればこんな場所に素足のウェスターを降ろすわけにもいかない。
抱えたままのウェスターを降ろそうと腰を屈めた体勢のまま動かなくなった俺に、メリアも一瞬訝しげに首を傾げるも、またすぐに理解したのか周囲を見渡しバツが悪そうに曖昧に笑う。
「細かい片付けは後にして、とりあえず家来る?」
メリアは加工場内の大きな貝だけを一箇所に集めると、そのまま骨足で立ち上がろうとする。
しかし、何故か一度腰を浮かせた後再びその場にどすんと腰を降ろすと、ぎこちない笑顔で自宅を指差す。
「あぁ、そうかそうだった。大丈夫、俺も普通に使ってるから」
メリアは人魚タイプなのだから、陸上では骨足での歩行が通常。しかし、今更ながらウェスターの前で使用するのはまずいと思ったらしく、それを隠そうとしたんだろう。
案の定、一度大きく目を見開いた後、俺とウェスターを交互に確認し恐る恐る立ち上がる。そしてウェスターが何も反応を示さない事を確認すると、荷物をまとめゆっくりと歩き出す。
「村長に見つかったら何て言われるか……考えたくないかも。ねぇアーレ、あなた一度お風呂に入った方が良いかも知れないわよ? 手を洗っただけじゃ、どこに破片が付いてるか……。って言ってももう触っちゃってるのよね」
軟膏の入っていたカゴを手に先を歩くメリアは、ちらちらを振り返り周囲を確認しながらぶつぶつとひとり言を溢す。
実は俺もさっきから、今日養殖所の水や変な物を触ったかどうか不安で内心気が気じゃない。
裸足のウェスターを降ろすよりはまだましだと思ってはいるが、これはメリアの言う通り一度風呂に入った方が良いかも知れないな。




