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国立博物館附属古代物復元学院2

 リサが募集の紙を全て持って行った為、思い掛けず手持ち無沙汰になったリュートは、ティアを抱えぼんやりと生物学部の屋上の温室に座り込んでいた。

 募集の紙に『興味のある方は生物学部屋上、古代植物温室まで』と記載した為こんな所に座り込んでいるのだが、今更ながらにもっと良い場所があったのでは無いかと思う。


 見上げるほどに大きく長い体を持つリサを見た後、改めてティアを見るとその小ささに少し驚く。

 人の体部分は成人女性がそのまま小さくなったような見た目をしており、鹿の部分は子鹿と言うよりも少し小柄な鹿ほどの大きさしか無い。

 立てばリュートより少し低いくらいの背丈だが、足も腕も恐ろしいほどに華奢で今にも折れてしまいそうである。

 今も、リュートの腕を脱したティアが、双葉がそのまま巨大化しただけの、そのまま育ってしまった目的が全く理解出来ない古代植物の周りを跳ね回る姿を眺めながら、リュートは内心転んで怪我でもしないかと気が気でない。


 巨大化し易い古代植物専用の温室は、通常の建物の三階に匹敵する高さがある。

 巨大なガラスをドーム型に組んだ温室から、日が遠くの山の向こうへと沈んで行くのが見える。チーム編成と幻獣召喚が解禁された今日一日で、目まぐるしく色々な事が起き、気付けばもう日も落ちようとしていた。

 リュートは気を取り直すように座ったまま反り伸びをすると、いつの間にか温室の奥へ奥へと行ってしまったティアを探す為立ち上がる。

 温室の床は基本的な導線は石畳となっているが、その殆どは古代植物に飲み込まれたりし、殆どそのまま土が露出した状態になってしまっている。

 柱廊と違い足音がしない土の上では、小さなティアを探すのは想像以上に骨が折れる。

 リュートは生い茂る葉や異臭を放つ実を押しのけ、小さなティアの足跡を辿って行くと、ふとすぐそばで葉が擦れるような音がした。


「ティアー? もう帰るぞー?」


 音がした方に向かい名を呼び歩き出すと、すぐに葉をかき分けティアが飛び込んで来た。


「ひっ人が倒れてる!」


 リュートを押し倒すように転がり込んで来たティアは、体中の毛を逆立て前足で土をかきながら飛び出して来た方を指差す。

 リュートはとっさにティアを抱え体を起こすや、ティアが飛び出して来た方に向かい転がり出る。

 するとそこには、生物学部の白い羽織では無く、美術学部を表す紺色の羽織を着た男が俯せで倒れていた。


「おい大丈夫か!?」

 

 男の体を起こすと、うっすらと反応はしたものの目を覚ます気配は無い。

 ゆったりとウェーブした目にかかる程長い前髪の向こう側には、真っ白な顔が覗いている。

 体を動かして良いかどうかも分からないが、一先ず場所を移動しようと男の腕をとり、肩に担ぐように持ち上げる。

 すると男の手から一枚の紙が滑り落ちた。反射的にその紙に視線を落とすと、それは先程までリュートが掲示板に貼って回っていたあのメンバー募集の紙だった。

 

「早く早くっ!」


 足元に落ちた紙に視線が釘付けになっていたリュートだったが、古代植物をかき分け導線を作っていたティアが自分を急かす声に我にかえる。

 リュートは一先ずその事は後回しと自分に言い聞かせると、なるべく揺らさないように慎重に男を担ぎ温室を後にした。


*


 教務棟の一階医務室にて、リュートは目の前に横たわる男をぼんやりと眺めながら、今更ながらにどうして良いか悩んでいた。

 生物学部の棟から医務室まで、一体どうやって来たかすら思い出せないパニックが過ぎ去ってみれば、医務室に男を置いて帰るべきかどうか判断しかねていたのだ。

 医務室に転がり込み医師に男を診せたところ、酷い貧血だが安静にしていればすぐに目を覚ますと言われ、見ず知らずの男とは言えひどく安心したものだ。

 しかし、その医師はしばし席を外すと言い医務室から出て行ってしまった。

 容態が急変する事は無いだろうが、果たして男を一人置き去りにし帰ってしまっても良いのだろうか。

 しかも、この男は鞄や学生証を持って居なかった。

 きっとメンバー募集の紙を見て、話だけでもと屋上に上ったまでは良いものの、貧血になり倒れてしまったのだろう。

 状況を見た限りだと、リュートのメンバー募集を見て屋上に来たのはほぼ間違いは無いはずだ。

 名前と詳しい学科は分からないが、その気ならばまた明日屋上に来るかも知れない。

 リュートはそこまで帰る言い訳を考えた訳だが、優柔不断な性格が災いし、後一押しが自分で出来ないで居た。

 明日また屋上に来るかも知れないが来ないかも知れない。今ここであと一分待っただけで、男は目を覚ますかも知れない。

 そんな思いで、リュートは約一時間ほど眠る男を見守り続けていた。


 召喚されたばかりで疲たのだろう、その内、大人しく医務室のソファに座っていたティアが、うつらうつらと眠そうに船を漕ぎ出した。

 隣のベッドにあるシーツを手に取り、ティアにかけてやろうとリュートが立ち上がると、それまで静かに眠っていた男が小さく身動ぎした。

 リュートは恐る恐る身を屈め男の顔を覗き込むと、睫が少し震えた後、男はゆっくりと目を開けた。


「えっと、大丈夫か……?」

「……誰……?」


 案の定、二人の初の会話は、お互い探り探りの言葉を呟くので精一杯だった。


*


「そっか、リュートが助けてくれたのか。ありがとう」


 どうにか少ない語彙と乏しいコミュニケーション能力を駆使したリュートが、これまでの経緯を説明すると、男は驚くことも無くすんなりと受け入れた。

 ベッドに腰掛けながら、怖々寄って来たティアをぼんやり眺めていた男は、ゆっくりとティアに手を伸ばす。


「僕は魔術技工学科ウィッチクラフトアーツのカミル。見て分かる通りあまり体が丈夫じゃなくて、どこのチームにも入れて貰えなかったんだ」


 カミルは腰が引けぺたりと耳を倒したティアを安心させるようにそっと撫でながら、簡単に自己紹介をする。

 魔術技工学科はその名の通り、魔術を込めた義手や義足や、大きな物となると魔術師が操る建物ほどの大きさの戦闘用機材などを作る学科であり、リュートの幻獣関連と同じように、国家資格の一つである魔術技工士を目指せる学科である。

 カミルはそのあまりにも病弱な体のせいで、花形とされる戦闘向きの大物が作れず、チームに誘う人すら居なかったらしい。

 リュートと同じ学院の花形的学科に居ながら、はじめから相手にされる事は無かったと言う事になる。

 別に単位に困っているわけでも無く、外部の人間に良いところを見せたいわけでも無かったカミルは、当初幻日祭に参加するつもりはなかった。

 しかし、偶然リサが募集の紙を貼っているのを見て、話だけでもと思ったらしい。

 正直、幻日祭までの半年間、学院内はその事でもちきりで、不参加の生徒はほとほとやる事も無い暇な半年になってしまうのだ。

 カミルは体が弱いだけで、やる気が無いわけではない。リュートの話を聞いて、自分でもやれると判断したら参加しようと思ったらしい。


 包み隠さず全てを話してくれたカミルに、元々コミュニケーション能力が乏し過ぎるリュートは感動し既に泣いていた。

 

「と言う事なんだけど、てっきり幻獣はチラシを貼ってたあの大百足かと思ってた」


 ベッドに突っ伏し嗚咽を漏らしているリュートをよそに、カミルはティアの頭を撫でながら不思議そうに小首を傾げる。

 普通に考えればそう思われてもしょうがない。ティアは気まずそうに肩を竦めると、逃げるように一歩下がる。

 しかし、カミルは相変わらずあまり変わらない表情でティアを見据えたまま、先程まで手の中にあった温もりを確かめるように何度か握り締めると、どこか寂しそうに目を細めほんのりと微笑んだ。


「あの大百足じゃ僕には少し多き過ぎるかなって思ってた。君で良かった」


 その言葉にティアが目を丸くし真偽を問うように一歩近付くと、カミルは制服のポケットをまさぐり出す。

 そのままカミルを伺うようにティアが首を伸ばすと、カミルはポケットから何かを取り出しティアに差し出した。


「ほら、僕はこれ位の大きさが一番得意なんだ。君でも大きい方だよ」


 カミルの手の平には、子どもの手の中にも隠れてしまう程の、ほんの小さな蝶の形をした魔道具が握られていた。

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