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鍛え直して一泡吹かせてみせるわ

プロットは残っているもののやる気が残っry

 どれ程望んでもどれ程疎んでも身分上どうにもならない事は山ほどある。

 ふくらはぎの筋肉が盛り上るほど高いヒールを履き、立つ時は両足のかかとをしっかりとくっつけ背筋を伸ばす。歩く時は仄かに笑みを浮かべつつ頭が上下に揺れないようにただひたすらに優雅に。話しかけられたら直ぐには答えず、一拍置いてから扇子を少しずらし笑みを返してから初めて口を開く。

 散々頭と体に叩き込んだ貴族のマナー。これさえ覚え、あとは曖昧に笑って見せれば誰でも夜会で合格点を出せる。

 だが、そこから上流貴族や他国の権力者に見初められるのは至難の業。

 父の古い友人の御令嬢の婚約パーティーに参加したファティマは、ようやく父と関わりのある貴族に一通り挨拶を終え人心地ついていた。


「今夜も見知った顔ばかりね……」


 あからさまなうんざり顔を扇で隠し、溜息をつく。

 ファティマも今年で十七歳。結婚適齢期のど真ん中。

 そんな訳でここ最近は夜会にも力を入れ参加しているお陰で、いくつかの縁談話は持ち上がっていたのだがファティマは殆ど相手の顔を良く見る事無く全て断ってしまっていた。

 ファティマは自分と同い年位の貴族令嬢達が色とりどりのドレスを纏い、蜜を求めて飛びまわる蝶の様に男性達の間を渡り歩く姿を、どこか冷めた目で見ているとその人達を掻き分け自分に向かって歩いてくる父と目が合った。


「ファティマ、良い縁談の話を頂い――」

「見てたわ。確か隣国の騎士……最近準男爵になった方でしたっけ。お断りします」


 ファティマは周りに誰も居ない事を良い事に、父の話を最後まで聞かず即座に断りを入れる。

 またか、と頭を抱え軽く溜息をつく父は、一呼吸置きファティマを隠すようにし口を開く。


「ファティマ……分かってるとは思うがいくら辺境貴族とは言え、本来子は親が決めた者同士で結婚するものなのだぞ? うちの事は気にせずもっと気楽に考え――」

「絶対に嫌。私はお父様より身分が高い人と結婚するんです!」


 ことごとくファティマが縁談を断っている理由。それは単純にお家柄、身分にあった。

 父の爵位は伯爵。辺境にある領地を治める辺境貴族。

 つい何年か前まではまでは子爵だったが、隣の領地を治めていた貴族が没落し、その領地も一緒に治める事になり子爵から伯爵になった訳だが、爵位が変わっただけで待遇は以前と何も変わらず、ただ生活が苦しくなっただけだった。

 それ故に少しでも実家に援助が望める上流貴族や権力者と縁談を結びたいと、ファティマは物心ついた時から心に決めたいたのだった。

 少し語気を強くし拗ねたように顔を逸らしてしまったファティマ。毎度の事ながらさすがにそろそろ父も参り始めていた。

 なまじ自身の建前だけの階級が高いせいで、娘の嫁ぎ先に苦労するとは思っても見なかった。


「そのようだから他の令嬢達から『高嶺の蜂蜜酒ミード』なんて呼ばれるんだ」


 顔合わせもせず一方的に縁談を断り続けた為つけられた呼び名『高嶺の蜂蜜酒』。

 はじめこそは『高所の領土に住む蜂蜜色の髪の姫』と言ったニュアンスだったが、今ではあまり良い意味で使われていない。


「それは……そうですけれど……」


 勿論これ以上悪い噂が立つのはファティマも望んではいない。

父はワインを少し口に含み、口の中で香りを楽しんでからもう一度ファティマに視線を移す。

 歯切れの悪いまま俯いてしまったファティマの頭を数度撫で、どうにかファティマに縁談相手と会う約束を取り付ける事が出来た。

 

 

 後日、ファティマは縁談相手との顔合わせの為馬車に乗っていた。


「あぁ……申し訳御座いませんお嬢様」


 舗装されていない裸の道をゆっくりゆっくりと進む馬車だが、不規則に転がる石や大きな窪みに車輪がはまり大きく揺れる。その衝撃でファティマが馬車の壁に頭をぶつけそうになる度に、御者の男は冷や汗をかきながら馬車に向かって謝り続けていた。


「ソーマおじ様のせいじゃなくて、道を直す余裕すら無いうちの統治の仕方が悪いの。それにこんなの慣れっこ、だ、わぁっ!? ……もう、いつもみたいに歩きたいー!」


 実際歩いた方が早い位だったが、一応顔合わせという事もあり体裁を保つ為に馬車を使用していた。


「それにしてもお嬢様、用心して少し早めに出発して良かったですね。もう少し進んで道が良くなった頃に髪を結い直しましょう」

「あぁ……折角綺麗に結って貰ったのに。ラソナおば様ごめんなさい」


 ファティマは同席していたラソナに言われてようやく自分の惨状に気付き全身から力が抜けてしまった。

 馬車の激しい揺れで折角早起きしてセットした髪が見るも無残な事になってしまっていたのだった。


「そんな事気にしなくて良いんですよー。お嬢様は私達の娘みたいなものなんですからっ! ね、あなた」


 御者台に座るソーマが満面の笑顔で振り返り大きく何度も頷いているのが窓から見える。

 今手綱を握っているソーマも朝ファティマの髪をセットしドレスを着付けたラソナも、実際は御者でも侍女でも無くファティマの家の隣で農家を営む普通のお隣さん。

 村唯一の貴族で、しかも領主でありながら専用の御者や侍女を雇う事すらしないファティマの家を、昔から何も言わず笑顔で支えてくれている二人は、今回も忙しい父に代わり、何も言われずとも当たり前の様に気付けをし手綱を握ってくれていたのだ。


「はぁ。うちの領土を継いでくれて、そこそこ社会的地位もあって、泥にまみれて畑仕事とか力仕事とかやってくれる、私と歳が近い男の人って居ないっかっしっらっね」

「お嬢様、今しゃべると舌噛みますよよよよよよ」


 噴火でもしたのではないかとさえ思う程の衝撃と音で、もはや会話すら出来なくなって来た頃、到着した訳でも無いと言うのに何故か馬車が止まった。

 まだ先程までの振動と音の余韻で視界が歪み耳鳴りもする中、ファティマはソーマに何かあったのではと馬車の外に飛び出した。

 ドレスを着ているという事を忘れ去り、馬車の扉の窓をするりと潜り抜け御者台に乗り込むと、ソーマが食い入るように崖下の方に視線を向けていた。

 今通っている隣国との境にあるこの道は特に険しく、崖の中腹に馬車が一台ぎりぎり通れる位の道幅しかなく、高所ゆえに木もまばらにしか生えておらずそれこそ落ちたらひとたまりもない。

 そんな所で停車し、初老に差し掛かったと思えない程精悍な表情で崖下の木々に視線を送るソーマに、ただならぬ雰囲気を感じ取ったファティマは、声をかける事無くソーマと同じように視線を崖下に向ける。

 農業と少しばかり猟を行い暮らして来たソーマは、同年代の男性に比べ体力があるばかりか驚く程気配に敏感で勘が良い。

 ファティマがまだ小さかった頃、長雨の影響でファティマの家の裏山が崩れた事があった。

 その時、誰よりも早くそれを察知しファティマと妹を抱え安全な場所まで走り続けてくれたのもソーマだった。

 身を乗り出し崖下を覗き込むソーマとファティマを、御者台と馬車の間にある窓から両手を伸ばししっかりと掴んだラソナは、二人の邪魔にならぬよう呼吸すら止めていた。


「……!? おじ様っ靴お借りしますね!」

「きゃぁぁお嬢様ぁ!!」


 ファティマは何かを見つけた瞬間履いていた高いヒールの靴を脱ぎ捨て、御者台に置かれていた予備の長靴に履き替えたかと思うとラソナの手を振りきり、なんの躊躇いも無く崖に向かって飛び出した。

 まばらとは言えそれなりの数の木を避け岩を避け、下っているのか落ちているのか分からない状況の中で徐々に遠くなっていくラソナの悲鳴。

 途中で枝に髪や頬を引っかけながら、ファティマはソーマより先に気付けて良かったと心の底から思い、その反面ソーマは先に気付けなかった事に心の底から後悔していた。

 砂埃を舞い上げながら崖をすべり落ちていくと、徐々に木の破片や金具と言った物が所々目に付き出し、ついに目的の場所までたどり着いた。

 そこには大きく破損した馬車が木に引っかかる形で横たわっていた。


「誰かいますか!?」


 馬車の周りや崖の下等を確認し誰かいないか確認しながら、破損し開かなくなってしまった扉をこじ開け叫ぶファティマ。

 ファティマの手に血がにじみ始めた時ようやく扉をこじ開ける事が出来、中の様子を見る事が出来た。

 馬車には荷物に埋もれながら甲冑を着た男性が二人乗っていた。

 ファティマが少し動く度に大きく揺れる馬車。早く中の二人を救出しないとまた落下するかもしれない。

 邪魔なドレスの裾を縛り髪をひっつめ、抱えるように男性を馬車の外に出すも甲冑が邪魔で思うように行かない。

 少しでも軽くしようと手甲を外せば流れ出す血。


「うーー……ん! こんなのソーマおじ様んちの肥料より軽いんだからー!!」


 少し怯みながらも歯を食いしばってもう片方の手甲とフルフェイスをむしり取り、意地で馬車の外まで一人目を担ぎ出すと、落ちないように木にしっかりと預けさせ、ついでに転がっていた手綱の一部らしき物で気休め程度固定し、再び馬車の中に潜る。

 一人抜けた事によりバランスが変わったのか、馬車は先程より少しの動作で揺れる様になっているようだ。

 だが上の方から音が近付いて来るのと砂が落ちてくる辺り、きっとソーマが降りて来ているのだろうと判断したファティマは、ソーマが馬車の中に入る事は絶対に避けたいと、急ぎ作業を開始した。

 もしソーマが中に入った状態で馬車が落下し始めたら、ファティマにはどうしようも無いが、逆の立場ならどうにかなると言う、理由は無いが確信に近い思いがファティマをそうさせていた。


「ん……。あれ……?」


 もう一人の手甲を手際良くはずし、先程木に括りつけて来た手綱の端を男性の体に巻き付けていたところ、男性は意識を取り戻したらしく、ぼうっとファティマの顔を見上げていた。


「生きてて良かった……! けど、まさかこのタイミングで気がつく!? いえ、生きてて良かったんだけど……。って、フルフェイスがズレて横向いてて気持ち悪い怖い……!」


 変形したのか元々サイズが合ってなかったのか、フルフェイスが絶妙に変な方向に向いていて、どう頑張っても首が折れた様にしか見えない。


「お嬢様! ご無事ですかお嬢様!」


 ズレたフルフェイスを視界に入れないようにしながら手甲を外すのを手伝っていると、引き上げ用の命綱を手にしたソーマが到着した。

 ソーマは到着するや軽々と片手でファティマを馬車の外に運び出すと、勢いそのままに中に残っていた甲冑の男性も助け出した。

 その直後、全員が外に出たのを確認したかのように、馬車は音を立て崖下へと落下して行った。


「この辺はまだ崩れるかもしれません。お嬢様、上へ急ぎま……お嬢様、先に登ってくだされ、私はこのお二人を抱えて登りますので」

「えっ?」


 ソーマが愕然とした表情を見せそう告げたのを不審に思い、ファティマはその視線の先を確認すると、先程意識を取り戻した男性は木に凭れ掛かったまままた気を失っていた。

 しばしの沈黙の後、気を取り直した二人は国章の入った見るからに高額そうな甲冑を、なんの躊躇いも無く剥ぎ取り崖下に捨て始めた。

 

「え? 縁談話ですの?」


 早朝、父の部屋に呼び出されたファティマはついそう聞き返してしまった。

 あの後ファティマも手伝いどうにか二人を乗って来た馬車まで運ぶも、運び終わりひと息ついた頃にはすっかりと日も昇りきり、顔合わせの時間を越えてしまっていた。

 事情を話せば分かってももらえたかも知れないが、服も髪もぼろぼろでおまけに擦り傷だらけの顔。その上疲労と元々乗り気ではなかった事も加わり結局その日は引き返し、それっきり話はうやむやになっていた。

 しかもそれを相手方に伝えたのが日が傾き始めた頃という事もあり、すでに『高嶺の蜂蜜酒は平気で約束をすっぽかす』『縁談だと言うのに父親は同席しなかった』とおしゃべり好きな貴族達により変な噂が広められ、縁談話もそれ以来ぱったりと無くなってしまっていたのだった。


「そう、縁談だ。しかも今回は良縁も良縁。何かの手違いかと驚くぞ?」


 父はファティマの顔を見るなりそう言うと、一枚の封筒を差し出した。

 顔色も良く、いつに無く饒舌に話す父を訝しく思いつつも、差し出された封筒を受け取り宛名を確認する。

 当たり前だがそれは間違い無く自分宛の手紙であり、差出人を確認しようと封筒の裏を見た瞬間、驚きで息が止まりそうになった。

 何度も封筒の裏と表を確認するファティマだったが、それでも信じられないと言う顔で半ば助けを求めるように父に視線を移す。


「その反応が正しいよファティマ。間違いなく王宮からの手紙だ」


 封筒の裏に押されていた印は、紛れも無く国章と王家の家紋だった。

 ファティマは震える手で封筒を開け、見るからに上質な紙を取り出しゆっくりと開き、その内容にまた驚愕した。

 封筒にはしっかりと王家の家紋が入っていたが、もしかしたら宰相か騎士との縁談かもしれないと受け止めきれない現実から目を背けていたが、手紙に記されていた内容は、予想通り直ぐには受け止めきれない方の内容だった。


「おっと、大丈夫か? そこにかけなさい」


 一瞬眩暈を起こしそうになり父に支えられソファに腰掛ける。

 父もその隣に腰掛け、幼子に絵本を読み聞かせる時のようにゆったりとした仕草で手紙を手に取ると、ゆっくりと口を開いた。


「読んで分かったかと思うが王室から直々に縁談の話を頂いた。現王には三人王子がいらっしゃり、確か三人とも独身だったはずだ」


 ファティマには隣に居るはずの父の声がどこか遠く聞え、未だに実感が湧かずぼうっと手紙に視線を彷徨わせている。


「手紙にはどなたとの縁談なのか書かれてはいないが、すぐにでもお受けしようと思う。ファティマもそれで良いな?」


 未だ実感の無いまま、ファティマはただ言われた事に素直にうなずいていた。

 

 手紙を貰ってから丁度一週間。ようやく縁談の日を迎えた。

 この一週間、念には念をとあらゆるマナーと常識、隣国・世界情勢などを大急ぎで頭に叩きいれ直し、忙殺されたファティマは、結局気持ちを落ち着かせる間もなくこの日を迎えてしまった。


「よし。サイズも丁度良いし、やっぱりお嬢様の髪色には落ち着いた淡いセメラルドグリーンが良く似合いますわねっ」


 ファティマは満足そうなラソナの前で少し恥ずかしそうに俯いて座っていた。

 今回は縁談相手が相手だった為、既存のドレスにラソナが大急ぎで手を加えていた。

 ウエストは細く足は長く見えるように少し高い位置からボリュームのあるフリルの切り返しを作り、胸元は下品になり過ぎず上品さを保ったままぴったりと肌に吸い付くようにし、仕上げに大輪の花をあしらった。腕は華奢に見えるように肩と袖口に大きくゆとりを持たせ、全体的にバランス良く花の刺繍を施した淡いグリーンのドレス。

 主張しすぎない淡いグリーンとフリルの白がファティマの金色の髪を引き立たせ、どこに出しても恥ずかしくない出来に仕上がった。


「こここここベルンハイト王国の主な産業は豊富な資源と広大な土地を利用した他国の兵への訓練場の提供や長らく戦争が無く平和であるがゆえの信頼から貿易の要となっておりその為旅人や商人に――」

「お嬢様、落ち着いてくださいね?」

「無理っ! 静かにしてると叫んじゃいそうだわっ! おば様何か問題出してよ」


 もう既に叫び気味だが、ここまで来て未だ現実逃避をするファティマをラソナはそれでも嬉しそうに髪に花飾りを挿し笑みを深めている。

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