宰相と侍女6
クロウェルにしては些か乱暴に扉を開け放つと、コートごとリディアをソファに降ろし、再び扉に駆け寄るとしっかりと閉める。
リディアは降ろされたままの、子供のような体勢のままコートに埋もれ、クロウェルが近寄るとビクリと体を震わし、更に深くコートの中に潜ってしまう。
ぎしりとソファが沈んだので、クロウェルはリディアの隣に腰を降ろしたのだろう。
「リディア」
低く落ち着いたクロウェルの声に再び体を震わし、コートの上から触れられればじりじりと後ろに下がってしまう。
「リディア――」
再び名が呼ばれ、今度はコートの中に手がするりと滑り込んでくる。
だが、先程とは違い特に抵抗すること無くコートがずり落ちていくのを、リディアはただ静かに見送った。
次の瞬間リディアはぎゅっとクロウェルの腕の中に包み込まれた。
「思う事があるのなら言いなさい」
クロウェルが呟くと。リディアは先程バスティン言った事をぽつりぽつりと伝えていく。
「……で」
「うん」
「ご迷惑に……でも……こんな……こんな」
いたたまれずリディアは目の前の宰相服に顔を埋め、声を押し殺し啜り泣く。
今日クロウェルに会いバスティンに運ばれ今に至るまで、リディアは侍女としての振る舞いが一つも出来てない己に失望していた。
クロウェルはふぅっと細く息を吐くと、自身の胸に埋もれる頭に鼻を埋める。
「……バスティン様の匂いが付いてしまいましたね。大変不満だ」
その言葉にリディアは身を固くするも、クロウェルは鼻を埋めたまま続ける。
「折角、私のものだと堂々と周知する為に首輪を付けたと言うのに。……今の役目が嫌になりましたか?」
宰相服に顔をくっ付けたままふるふると頭を振る。
「私が嫌いになりましたか?」
更に激しく振る。
するとクロウェルはすっと息を吐くと、柔らかい声で呟く。
「バスティン様も私も、宰相のお役目に就く者は一概に素直じゃ無いひねくれ者で、腹の黒い者ばかりなんですよ。面倒臭い狸親父ばかりを相手にしますからね。リディアも言っていましたよね、意地悪だと。嫌になったのなら言って下さい」
するとピタリとリディアの動きが止まり、徐々に肩が震えはじめた。
クロウェルは不思議に思い、リディアの顔を確認しようと身を放すよう上体を反らす。するとビクリと体を震わせたリディアが離してなるものかとクロウェルの体にしがみついて来た。
リディアの行動にはっと息を呑んだクロウェルは、不意にのし掛かって来たリディアに思い掛けず押し倒される形になる。
肩をそっと掴んでみるも、リディアはふるふると頭を振り離れようとしない。
「私……もっともっとクロウェル様の元で頑張りたいです。ですが……」
「ですが?」
少し顔を上げたリディアは何故か涙は止まっていたものの、口をぎゅっと食いしばって何かを堪えているように震えている。
「クロウェル様……その、いじめっ子の自覚がお有りだったので、すね……」
「……はい?」
リディアの口角は見る見る上がっていく。素っ頓狂な声を上げたクロウェルはその直後、ははぁと一人納得し、自身の上で震えるリディアの頬を両手ですっぽりと包み込む。
「なに笑ってるのです? いじめて欲しいのですか? それなら喜んでいじめますよ」
「はい、クロウェル様。是非是非。……ふふふっ」
堪えることが出来ずついに声を出し笑ってしまったリディアは、肩に掛かっていたバスティンのコートを引っ張り上げ、再び頭から隠れる様にすっぽりと包まった。
「ちょっと、そんなおっさん臭い物もう床に捨ててしまいなさい。ほら、被るならこちらに」
クロウェルは不満そうにリディアからバスティンのコートを剥ぎ取り床に投げ捨てると、今着ている物とは別の、ソファにかけてあった自身の宰相服を掴むと、そのままリディアの頭にすっぽりと被せた。
もぞもぞと宰相服の隙間から顔を出したリディアは、まだくすくすと笑い続けているよう。
「これ、昨日のお召し物ですか? 凄いクロウェル様の香りがします」
すりすりと被っている宰相服に頬を擦り付け匂いを確認したリディアは、目の前にあるクロウェルの胸元に顔を寄せると、また同じようにすんすんと匂いを確認する。
「大変誤解を招く言い回しですね。まるで私が臭いみたいじゃないですか。いつまでも私以外の男の匂いなんて付けてないで下さい」
自身の胸元に寄って来たリディアの頭に鼻を寄せ同じように匂いを確認したクロウェルは、再びリディアを仕舞い直すようにかけてある宰相服を引っ張り上げ、その上から抱え込む。
「ふぅ……本当にこのまま朝議が終わるまで一緒に寝てしまいま――」
「おーっす坊主ー。さっくり決めて来たわ。やー仕事が出来る俺」
肩の力を抜いたクロウェルが、少しかすれた声で呟いた瞬間、ノックも無く勢い良く開いた扉からバスティンが元気に入って来た。
「……バスティン様、すっっっげぇ長い朝議をぶちかますのでは無かったのですか? それとノックもお忘れですやり直して下さい、やり直しても部屋に入れませんが」
「有能すぎたわ、俺。俺有能すぎた。でもなんだ、邪魔したみたいだな。って、おい、それやったの坊主だろ? 俺の服床に捨てんな。あとリディア、しっかり話せたか?」
書類の束をどさどさとテーブルに投げて寄越したバスティンは、クロウェルの話をまるっと無視し、好き勝手一息で話すと勝手にお茶を注ぎ一気に煽る。
ようやくもぞもぞと宰相服の隙間から顔を出せたリディアは、バスティンに視線を向けると普段通りの華やかな笑顔を見せる。
「はいっ! 宰相付きの侍女として更に邁進していきたいと思います!」
リディアは満足そうにそう言い切ると、クロウェルの元からするりと這い出すと、バスティンの持って来た書類を抱え宰相室に置きに行くと言い暇乞いをし出て行ってしまった。
「……おい」
「今は何も言わないで下さい……ここまでして何故……」
「あー……焦るのも、良くないぞ?」
ソファに仰向けて寝そべり両手で顔を覆い項垂れるクロウェルに、さすがのバスティンも何と声をかければ良いのか分からず、一先ずお茶を煎れるのだった。




