魔物に転生した俺(達)は記憶を頼りに食堂を始める事になった 3
「生きた心地がしなかった……」
街に着いた俺達は、すぐにディルの店――になる予定の建物に行った。椅子に座り水を一口飲んで落ち着いたディルが、うな垂れながら何度目かの同じ台詞を繰り返している。
「いや、よくよく考えれば変なんだよ。ミノタウロスに夢中で気が付かなかったが、あんな所に丸腰の人間が居る訳ないんだよ……。しかも人間にしては綺麗に仕留め過ぎなんだよ……」
ぶつぶつと独り言を繰り返すディルを尻目に、さっさとミノタウロスを運び込む。
外見こそ人型になっているが、力は竜人のままなので、問題なく運び込めた。
「ディルさーん。これどこに置いておけば良いんだ?」
運び込んだは良いが、置き場が分からずひとまずディルのそばに転がす。
「何でそんな普通にしてられるんだよ……」
「なにが?」
全く身に覚えの無い質問に、ついディルじゃないが小首を傾げる。
その様子を見て、ディルが溜息を一つつくと、重々しく口を開く。
「俺、魔物を食おうとしてんだぞ? 何とも思わないのか?」
「あぁ、なんだそんな事か。ミノタウロスは俺も良く食うしな。思うところがあるなら、魔物って硬くて食うの大変だぞーって位だな。な?」
「うん」
この世の終わりのような顔しているディルの前で、当の魔物達は特に何も気にしては居ない。
まぁ、さすがに花ウサギや竜人を調理されたら見てられ無いが……。
「じゃあ……良いんだな?」
「もー! しつこいなっ! 気にしないってば!」
痺れを切らした花ウサギが、ディルの頭の上で跳ね回っている。
どんなに跳ねてもふかふかと気持ちいいだけなんだけどな。
「そんな訳だし、折角だから普通に会話しようぜ。それにしても魔物料理専門店って言うから、どんな辺鄙な店構えかと思ったら、結構しっかりしてんじゃんか」
来たばかりでよく見てないが、街自体もこの辺では一番大きいかもしれない。
「まぁな。魔物食の先駆者に成れればって思って奮発したんだよ。この辺は食堂も多いから他には無い、画期的な事をしようと思ってな。魔物食ならもの珍しさから話題になるかと思ってるんだが、まぁ楽じゃ無さそうだな」
「見切り発車? あっまだオープンしてないから発車もしてないか」
さくっと酷い花ウサギの言葉は華麗にスルーして、ディルは話を続ける。
「二人は何で最初俺を殺さなかったんだ?」
あぁ、確かに何にも説明してなかったな。
「説明すると長くなるんだが……。まず俺達が魔物って事実は受け止めたよな?」
ふっとディルの顔を見るとすでに嫌な予感がするのか、顔をしかめている。
「で、次の衝撃事実なんだけど、俺達前世の記憶がある転生者なんだよな。ちなみに二人ともこの世界じゃなかったが、前世は人間だ」
はい、きょとん顔出ました。さすがにもう慣れたし淡々と話し続ける。
「たまたま前世の話をしてたら、無性にその時の物が食いたくなったから再現しようと思ってな。ひとまず人間の街なら調味料とか有るだろうってなって、それを買う金を作る為に適当に狩りをしてたって感じかな」
案の定、ディルはきょとん顔のまま固まってしまった。
今は何を言っても聞こえて無さそうなので、再起動かかるまで放置しておこう。もうすでに慣れたもんだ。
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「……その、前世の料理ってどんなやつなんだ?」
大分長いこと固まっていたディルが、ようやく再起動した。
計ってないが、かれこれ三十分位動かなかったと思う。正直すっかり忘れてミノタウロス捌いてた位だからな。
「おかえりー。んーまず作りたいなって思ったのは割と簡単に出来る『茶碗蒸し』って料理!」
すっかりディルに慣れた花ウサギが、ディルの前で跳ね回りながら説明していく。
「鶏の卵と出汁をベースに、塩とお醤油って調味料で味付けして、鶏肉とかキノコとか、んー……好きな具を入れて蒸した料理だよ」
「そのショウユってのが有れば出来そうじゃねぇか」
料理の話は頭が回るそうで、もう全て受け入れたように、普通に会話をしている。
「それが、お醤油を作るには『米』って言う、こっちの感覚的には小麦に近い穀物が必要なの。ざっくり言うと、稲穂に付く天然の麹菌と大豆……って言う豆と小麦と塩を使って作る調味料なんだよねぇ……。あと出汁も魚と海藻――海の中に生えてる植物からとるのが一般的だったんだよね。これは何とかなると思うけどねっ」
さらさらと記憶の中の茶碗蒸しの作り方を説明していく。ディルはいつの間にかメモを取りながら聞いていた。
「コメか……。詳細は分からないが、東の大陸に小麦とは違う穀物があるって聞いたことがあるな。……しかしそっちの世界は他にも旨そうな料理がありそうだな。ここでは精々、焼くか煮る位だからな」
「そうなの?」
お互い転生してから人間と関わってこなかったので、正直この世界の料理レベルを知らない。勝手に期待していたが、もしかして……。
嫌な予感がするが、一先ずディルが話し出すのを待つ。
「この辺の食堂の代表的な料理はー……。朝だったらパンと野菜を入れた塩味のスープだろ? 昼ならパンと煮込んだ肉と野菜か、焼いた魚……夜はー……酒とつまみが妥当だな」
「「嘘だ……」」
さっきの聞いた感じで予想より色々と下回ると思ってたが、ここまで質素な食事だとは思わなかった……!足元の花ウサギなんかショックで固まってしまったし……。そんな質素なら、花ウサギが言ってた肉を柔らかくする方法や、臭味の消し方なんて考えた事も無かったんじゃないか?
ディルは、言葉無く固まっている俺達を不思議そうな顔で見ている。うん、ディルからすればそれが普通なんだからそう言う反応になるよな。
だがさっきのディルの話的には、材料自体はこの世界でも期待出来るようだったし、ただ調理法を知られていないってだけなんだよな?と、いう事は……。
「なぁディルさん。俺達の記憶の中の料理って、この世界じゃ馴染みが無いんだろ? それってさっきディルさんが言ってた『他には無い画期的な事』なんじゃないか?」
ディルは見慣れたきょとん顔から一遍し、真剣な面持ちになった。
ライバルが多いから差別化をはかりたかったんだろうが、もしかしたら普通の食材でも十分いけるんじゃないか?ジビエ感覚なら魔物を材料にしても良さそうだけどな。
確認するように花ウサギを見ると、期待に満ちた眼差しでくっ付いていた。
ディルは俺と花ウサギを交互に見てから、子供のように目を輝かせるとまた信じられない位俊敏な動きで抱きついてくる。
「うわはははははっ!! やった! やったぞーー!! 俺は魔物と異世界料理で成功するんだー!!」
「いったたたたた!!」
興奮したディルが、人間の力とは思えない程の威力で締め上げてくる。はっ花ウサギが死ぬ……。
しかも異世界料理だと?あぁそっか、ここではあっちが異世界なのか。混乱しそうだ……。
雰囲気的に店も手伝わなきゃいけなさそうだが、一先ずこれで堂々と人間の街に居場所が出来たからよしとしようかな。
「これから宜しくな! えーっと……なんて呼べば良い?」
やっと落ち着いたディルが、強力な締め上げから俺達を解放しつつ、間抜けな顔で見上げてくる。相変わらず目まぐるしく思考が回るヤツだな……。
「えーっと……。特に希望は無いな、あんたが適当に名づけてくれよ」
瀕死気味の花ウサギを看病しつつ、半分投げやりで返事をする。
ファンタジー世界に有りがちな、『名付け=契約』って訳でもないし、気軽に頼んでも問題ないだろう。たぶん。
ディルは腕をくみ、俺達の顔を交互に眺め考え込んでいる。
「じゃあ……竜人の兄ちゃんは、鱗も髪も蒼っぽい銀色だし『ブライエ』で良いなっ! んで、花ウサギの姉ちゃんはぁ……ふわふわだから『ユリカ』で良いだろっ! 俺の事は呼び捨てにしてくれよな!」
安直……頼んでおいてなんだがストレート過ぎる!思いっきり偽名って感じだけど良いのかコレで?
「ねー苗字無いのー?」
ユリカと名付けられた花ウサギが、ディルの頭に乗っかりながら不満を口にする。何でって……お前どう見てもペットじゃんか。
「ユリカが人型になれたら苗字付けてやるよ」
ほらな。と言うか律儀に答えるディルもどうなんだよ。
まぁ一先ず、名前も決まった事だし少しは進展したと思って良いのかな。3
さて、方針も決まって落ち着いたところで、今日仕留めたミノタウロスを調理していく事になった。さっきディルが再起動するまで時間があったので、勝手に厨房を借りて血抜きをし、大まかな部位に切り分けておいた。
なかなかのサイズだったからかなりの量になってしまったが、皮や角は適当に売れば良いらしいし、余ったらに保存食も試したいとの事だ。
「で、何すんだっけ? 煮込み?」
せっせと隣でミノタウロスの肉を一口大に切っていくディルに確認する。ディルは作業の手を止め、悩むようにユリカの方を見る。
「煮込みにするなら牛スジかな? シチューならタンシチューが好きだったなー」
ふわふわと揺れながら寸胴と調味料を確認していたユリカが、楽しそうに口を開く。
「さっき十分煮込まないと硬いって言ってなかったか? 果物を入れると良いとか言ってたが、そんなにすぐ変わるものなのか?」
「肉は漬け込むと柔らかくなるんだよっ。漬け込む時間も考えて、最初に処理しておいた方がいいね。その後煮込んだり色々してー……食べるのは明日の昼過ぎかな?お店で出すなら、最悪朝仕込めば早くて夜には大丈夫じゃないかな?」
「ふむ……じゃあ今食べる分じゃないという事か。すぐ食べるとなるとどんなのが良い?」
ディルは調理ではなくメモを取る方向に走ってしまったので、しょうがなく俺が残りの肉の処理をする。
さっきの話の流れだと、スジとタンを切れば良いのかな?記憶の中のスジ煮込みとタンシチューを思い出しながら作業を開始する。
が、ミノタウロスのスジはおっそろしく硬く、無理に力を入れると俺の力で包丁が壊れるんじゃないかって程だ。
「ユリカ……これ、硬すぎて難しいかもしれないぞ……。このまま漬け込んで良いか?」
「うーん……。ちょっと漬け込む時間が長くなるけど、しょうがないか。タンの方はどう?」
一旦スジ肉を置いておき、タンに取り掛かる。
スジ肉程では無いがこちらも想像以上に弾力があり、易々と包丁を押し返してくる。だが切れないと言う程でもなく、どうにか大きめの一口大にする事が出来た。
「タンは気持ち表面を削っておいてね。気持ちの問題だけど……何か嫌だから。で、それが終わったら平たい容器に並べて置いてね」
あぁ、その気持ち激しく分かるわ……。
ユリカの指示の元、ディルと二人で作業を進めていく。
「ディル、果物か蜂蜜かー……ヨーグルトってこの世界あるのかな?そのどれかって今ある?」
「果物ならあるが……これだけだぞ?」
ディルが調理台の後ろに置いてある麻袋に無造作に手を突っ込むと、それで完熟なのかと疑う程の鮮やかな緑色で、目に見えて硬そうな実を一個取り出し台に置く。
ユリカが物珍しそうに果物を観察しているので、切り分けてやった。案の定スイカ程では無いが、それなりの硬度はあった。
切り分けた実を、躊躇せずショリショリと無言で食べ続けるユリカを同じく無言で見つめる。
「……リンゴっぽいかな? かなり水分多いし、甘さより酸味の方が強いけど美味しいよコレ」
そう言うと俺の口にもソレを突っ込んできた。
確かにリンゴっぽいと言えばそんな気がするが、酸味の方が強いってレベルじゃなく『酸っぱい果物』だ。レモン程では無いにしろ、そのまま食べるには少しキツイな。
「これならいけるねっ。それを摺り下ろしてさっきの肉を漬けておいて。その間に今日のご飯はー……」
そうか、今食べるやつも作らなきゃいけないのか。
まぁこれだけ肉があるんだから、焼き肉でも言い気がするけどな。と言うか、俺達なら生でもいけるし。
ユリカはたっぷりと考えてから麻袋が置いてある所に行くと、その周りの食材が入っているであろう木箱をひっくり返しはじめた。
少ししてから、何個か食材を持って戻ってきた。
「決定! 今日はコロッケだよっ!」
持ってきたのは、俺も知っているジャガイモとタマネギだ。
「あぁそっか、ミンチにするから肉が硬くても良いし、揚げるから脂が少なくても良いのか」
見事に全身筋肉のミノタウロスでも、問題無く食べれる料理だな。まぁ肉汁も捨てがたいがしょうがないか。
そう考えたらハンバーグとか餃子もいけるな……うわぁ腹減った。