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宰相と侍女4

「ノックをお忘れですよ、バスティン様。それにいじめではありません。変な癖が付いているので私好みにしつけ直している所です」

「おーおーそうかそうか。お前好みにねぇ、そりゃ大変だなー」


 書類の束で無造作に自身の肩を叩きながら入って来たバスティンは、ずかずかと大股で二人に近寄るとリディアを軽く持ち上げその場に立たせ、何事も無かったかの様に立ったままクロウェルのカップを取り豪快に煽る。

 宰相のクロウェルを子供のように扱うバスティンは何を隠そう前宰相。早々にクロウェルに席を譲り自身は一外交官に降りたお方。

 急いでマフィンを吐き出しポケットの中にしまい込んだリディアが、胸の前でぎゅっと両腕を握り締め棒立ちしている隣で、豪快にお茶を煽ったバスティンはそのままどさりとクロウェルの向かいのソファに腰を下ろした。


「俺の侍女だったやつよりも随分美味い茶を入れるじゃないか。良いのを捕まえたなー。引き継ぐ時に侍女を全員解任したからてっきり要らんのかと思っ……紫なのに鍵じゃないチョーカーの違和感凄いな」


 白髪交じりの茶色の頭を掻きながら心底不思議そうな声を上げまじまじとリディアを眺める。

 勿論リディアは直視する事が出来ないので一歩下がり頭を下げている。


「どっから拾って来た侍女だ? さすがにこの所作は新人じゃないだろう」

「彼女は元姫付きですね」

「おーおーわんぱく姫二人の世話係から今度は野郎の世話係か。しかも一人で。随分と苦労の多い人生だなぁ」


 珍しく呆れたように溜息をつくクロウェルとは反対に、クロウェルを言い負かしたバスティンはどこか楽しそうにマドレーヌを口に放り込む。

 その直後反射的にお茶を差し出したリディアにクロウェルはすっと視線を移す。


「リディア、バスティン様にお茶は出さなくて結構ですよ。連絡もノックも無く無作法で横暴な物言いの人に長居を薦めてはいけません」

「なに怒ってるんだよ。男が怒っても可愛くないぞ。全く、侍女に八つ当たりするなんて器の小さな男だねー。な、リディア?」

「いえ、不慣れな私の責任でございますので」

「さすが、そつのない答えだな。おいクロウェル、お前ちょっと席外せ」

「なぜです。早々に用件を言って御自身が退室して下さいよ」


 クロウェルがうんざりした表情を見せるとそれに比例するように上機嫌になって行くバスティン。

 頭を下げたままのリディアは官僚同士のとんでもない会話に居た堪れない気持ちだが、ころころとクロウェルが手の平で転がされてるこの状況は新鮮だ。


「じゃあうるさいオヤジは帰りますよ。よっし、行くかリディア」


 突如リディアの体がふわりと浮き上がると、次の瞬間にはバスティンは荷物を持つかのようにリディアを肩に担いでいた。

 持っていたトレイが音を立てて床に転がるのを見たリディアが、次に顔を上げた時にはすでにバスティンはくるりと向きを変え扉に向けて歩き出していた。


「な、んでリディアを持って行かれるのです」

「お前が出てけって言ったんだろー? 一人で出ても意味が無いから持ってくに決まってるだろ。ほら、お前にはこれやるよ」


 続くように立ち上がったクロウェルに向かい持って来た書類の束を無造作に投げて渡すと、バスティンは鼻歌混じりに退室してしまう。


「――!」


 バスティンの背中に手を着くようにし顔を上げたリディアが、目を丸くし書類を受け取った体勢のまま硬直しているクロウェルに向かって手を伸ばすが、その直後扉は虚しくも閉まった。

 徐々に宰相室から遠のいていく規則的なベルの音を聞きながら、クロウェルは呆然と立ち尽くしていた。


 肩にリディアを乗せたまま大股で廊下を歩くバスティンは大層目立っていた。

 ただでさえ大柄で目立つと言うのに肩に侍女を担ぎ、更にその侍女は噂の渦中の宰相付き。元宰相が現宰相の侍女を担ぎちりんちりんと音を鳴らして歩いていれば、否が応でも注目される。


「バスティン様っ降ろして下さいませ!」

「降ろしたらクロウェルのとこ戻るだろ? 却下却下ー。あとあんまり暴れるとディアンドルから胸がこぼれるぞ?」


 その瞬間リディアは自身の胸元を押さえピタリと大人しくなる。


「バスティン様……と……っ!?」


 話し掛けてきたのは見回り中だったホルン。

 ホルンは正面から歩いてくるバスティンに声をかけた後、背中を覗き込み絶句した。


「おぉホルン殿。今日はもうクロウェルの所には行かない方が良いぞ。あいつの物を目の前でふんだくってやったわ! 今頃機嫌は最悪だろうなー」


 そう言うとバスティンはホルンにリディアの顔が見えるよう体を捻り豪快に笑う。

 どうにも状況を説明出来ないリディアも曖昧な笑みを浮かべホルンに視線を向けている。


「宰相が二人揃ってなにやってんすかもう……。リディアをお返し下さい」


 そう言って差し伸べてきたホルンの両手に向かいリディアも両手を伸ばすも、バスティンはひょいと一歩ホルンから離れ面白そうに小首を傾げ白い歯を見せる。


「なんだなんだ、ホルン殿もか? ははぁ、リディアは随分人気の侍女なんだな。でもこれは姫の依頼だから今日はやらんぞ。それに俺も久しぶりに緑じゃ無くて紫のチョーカーを連れて歩きたいしな! 見せびらかすチャンス! と言うわけだ!」

「いや、それ持ち歩いて……。ちょっ、バスティン様!」


 ホルンの突っ込みも聞かず豪快に笑い飛ばすと、そのままズカズカと姫達の居る別館に向け歩き出す。



「リディア! でかしたわバスティン!」


 メルティーナの部屋の扉を潜ったバスティンが毛足の長いラグの上に無造作にリディアを降ろすと、すぐさまメルティーナとその一つ上の姉、レオノールが嬉しそうにリディアにしがみ付く。

 ただ、何の準備もしていなかったリディアは二人のパワフルさにその場に押し倒される形となった。

 

「リディアどうだった!? 何かクロウェルの情報分かった!?」

「メルティーナばっかりずるいわ! 私もリディアにお願いがあるの!」

「姫様っ、落ち着い……まぁ、姫様今日のラベンダー色のドレス、良くお似合いですね」


 二人の姫を抱えながら起き上がったリディアはメルティーナのドレスを確認すると、嬉しそうな笑顔を見せた。

 今メルティーナが着ているのは、昨日着たがっていたラベンダー色のドレス。

 やはりどうしても着たがったのだろう。そして新しい着付けを担当した侍女はそれを止める事が出来なかったのだろう。

 やはり幼い姫には少し不釣合いなドレスであるが、輝かしい笑顔を振りまくメルティーナの魅力がそれを上回っていた。

 いつの間にかリディアの横に胡坐をどかりとかき座り込んだバスティンが、レオノールを持ち上げ自身の足の間にすとんと下ろすと、リディアもそれに習うように自身の膝の上にメルティーナを乗せると、後ろから包むように抱き締める。

 

「なんでまたメル様はクロウェルなんかの情報が欲しいので?」

「クロウェルが好きだから!」

「へ、ぇ……あんなの、が……」

 

 嬉々として語るメルティーナと驚く程温度差のある返事をするバスティン。

 初耳ならそう言う反応になるな、とリディアはくすくすと笑いながら会話に耳を傾けている。

 

「メルティーナばっかりずるいわ! リディア、あなたホルンの情報は何か無いの?」

「えっ? ホルン、様ですか?」

 

 バスティンの足の間にすっぽりとはまっているレオノールから衝撃的な名前が飛び出した。

 たまらずリディアが視線を上げると、目を見開き口を開けたまま固まっているバスティンが目に入った。

 どうやらメルティーナはクロウェルに、レオノールはホルンに思いを寄せているらしい。

 

「えっと……ホルン様は甘い物が好き、でしょうか。後日マフィンをお届けに行く予定です。クロウェル様はー……お茶を召し上がっている時は随分ゆったりとされてますね」

 

 視線を彷徨わせつつ記憶の中の二人を引っ張り出す。

 ホルンは幼馴染なので溢れんばかりの情報は持っているが、果たして今この状況で幼い姫にどれを話したら良いのか。そして宰相付きになって一日、正直クロウェルの情報は殆ど無いと言っても良い。

 

「じゃあ私がマフィンを焼いて明日渡しに行くわ! リディア手伝って!」

「じゃあ私はお茶の葉を明日プレゼントするわ! リディア買って来て頂戴!」


 恋する姫は決断力行動力の塊である。

 一刻でも早く意中の相手にプレゼントを渡したい二人は、揃って目を輝かせ鼻息荒くリディアを見上げている。


「ちょいと姫様、今日仕事が終わってからマフィンを焼いて茶葉なんて買いに行ったらもう夜中ですよ? 茶葉はひとっ走り俺が買いに行って――」

「いっいけませんバスティン様! バスティン様にそのような事……! 私が行きますので! あ、厨房に許可と食材の準備と、あとあと諸々手配して参ります!」


 宰相室の掃除に明日のスケジュール確認に処理済の書類の返送、宰相服とベッドシーツのクリーニングにセッティングに先日宮廷の晩餐会に出席した貴族へのお礼の手紙作成。

 まだまだ山盛りの宰相付きとしての仕事と姫からの新しい仕事。

 頭の中で瞬時に段取りをしたリディアは、バスティンの膝の上にメルティーナを預けると、呆然とするバスティンに暇乞いをするとばたばたと駆け出して行ってしまった。

 

「人気過ぎ有能過ぎってやつは、一概に頑張り過ぎるんだなぁ。で、姫様方、今日の課題は出来ましたか?」

 

 ぽつりとそう溢すとバスティンは腕の中の姫を抱き締め、侍女が断れないのを良い事に我が儘放題の二人に少しお灸を据える事にした。

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