願いの導き手 土より出で炎により成す3
炎帝が豪快に出て行ってしばらくした頃、陶芸家とその妻は何事も無く水を汲み戻って来た。
戻って来た二人は、何やら仲良くぼんやりと座り込んでいた男と娘に小首を傾げつつも、水汲みの途中で遅いアケビを見付けたと笑顔で振って見せる。
そのまま家族はいつも通り、かまどの脇から米と味噌を取り出し、夕餉の準備に取りかかった。
すっかり日も沈み、夕餉と入浴を済ませた四人は、寝るまでのしばしの間、各々売り物の焼き物を包んだりとせっせと手を動かしながら他愛も無い会話をし過ごしていた。
娘も既に炎帝の事など忘れたように、陶芸家の背中にのし掛かり全力で甘え、頑固な陶芸家をただの父親の顔へと変えている。
しかしそんなゆったりとした時間が流れている中、家の外で何やら物音がした。
もう熊も冬眠し始めた頃合いだが、稀に餌を求め未だに彷徨い歩く個体も居る。
陶芸家は男に娘を預けた後、土間の置くに寝かせてあった斧を握り締めると、かまどに向かっていた妻を部屋の奥へと押しやり玄関ににじり寄る。
息を飲み耳を澄ませると、家のすぐ外でまた何かを落とすような重い音が一つした。
頭を振り大きく一度深呼吸した陶芸家が玄関戸に手を伸ばした時、自然と勢い良く扉が開いた。
「っ!!」
「おっと危なっ!」
戸が開いた瞬間、陶芸家が確認せず振り下ろした斧を、出て行った時と同じように飄々とした様子の炎帝は、軽く片手で受け流すと、戸から一歩距離をとり申し訳なさそうに眉を下げ笑うと頭無造作にかく。
「いやこれは済まない。普段ノックなどしないものでな、すっかり失念していた」
地面にめり込んだ斧に手を掛けたまま、突然現れた炎帝を見上げながら放心してしまった陶芸家をよそに、炎帝は地面から斧を引き抜くとそっと戸の脇に寝かせて置く。
「ちょっと遅くなっちまったが、姫様のお望みの物を準備したぜ、旦那」
炎帝は腰を抜かす陶芸家夫婦を一先ず無視し、部屋の奥で娘を抱えていた男に声を掛ける。
するとその言葉に男よりも先に娘が反応し、戸口で動かなくなった陶芸家の脇をすり抜け、思い切り炎帝の胸に飛び込んだ。
すぐさま娘は陶芸家と炎帝の手をとり外に出る。慌てて男も陶芸家の妻の手を取り三人の後を追うと、家の前には山積みの大小様々な薪と、一頭の巨大な猪が横たわっていた。
「お望みの『一冬分の薪と猪の肉』だ。一応雌を選んで捕って来たから、この時期の獲物でも美味いはずだ」
そう軽く告げた炎帝と、薪と猪に喜び飛び回る娘だったが、全く話しについて行けない夫婦と意外な望みを目の当たりにした男は、玄関に立ちつくすや見事に言葉を失ってしまった。
炎帝は呆れ顔で見上げる男の肩に無造作に手を置くと、自分でも自分のやった事が今更ながらに面白くなってきたらしく、眉を下げ俯きくつくつと笑い出してしまった。
「これは……貴方様は……?」
娘に手を引かれようやく言葉を紡いだ陶芸家だったが、一体何から訪ねたら良いか分からず、ぶつぶつと単語のみを小さく溢す。
「うちの旦那が大変御世話になったようで、何かお礼がしたくそこの姫さんに聞いてみたんだが……くくっ」
説明し始めた炎帝だったが、どうやら再び笑いがこみ上げて来たらしく、話の途中で一度顔を伏せてしまった。
「今年は薪が少ないってお父さんが言ってたから薪がいっぱい欲しいって言ったの! それと、この前皆で食べた猪の鍋が美味しかったから、猪も欲しいって!」
炎帝の話を引き継ぎ娘が口にした言葉に、炎帝はたまらずしゃがみ込み笑い、夫婦は揃って口を開けたまま娘を見下ろしている。
娘が言った猪の鍋とは、男が目を覚ました時に振る舞った物で、少しでも栄養をつけさせようと、慶事用にととっておいた猪肉を使い作った物。
娘は滅多に食べられないご馳走を、もう一度食べたいと思っていたのだ。
今にもふき出しそうに体を震わせる男の隣で、言葉が出ない夫婦は、腰にくっつき甘える娘の頭を撫でながら、申し訳なさそうに揃って炎帝を見上げる。
そんな視線を感じたのか、炎帝は夫婦に向き直り豪快な笑い声を上げると、突如全身を炎で包み一瞬で元の鎧姿に戻ると、堪えきれず笑い出していた男を軽く肩に担ぎ一礼する。
「どうにも抜けた主を助けて頂き誠に感謝致す。では、そこに車を待たせてあるゆえ我々はこれにて。恩人に良き風が吹く事を。小さな姫の人生に溢れんばかりの幸が降り注がん事を」
「えっ……!?」
突然の別れの挨拶に、陶芸家夫婦は慌てふためき炎帝を引き留めようとする。
しかし、男を肩に担ぎ豪快に笑いながら歩き出した炎帝は、きっぱりと手を振りその場を立ち去る。
家の前で立ちつくす夫婦と、元気に手を振る娘の姿を、炎帝の肩に揺られながら眺めていた男は、細い目を更に細め精一杯三人の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
*
陶芸家家族と別れた後、炎帝は一足で山を抜け開けた崖の上に移動した。
ようやく炎帝の肩から下ろされた男だが、炎帝の顔を見て先程の話を思い出したのか、また肩を揺らし始めた。
「全く、いつから山奥で隠居生活なんか始めたんだ? ハーディの旦那よ」
「失礼な物言いだねぇ。町に行くって言う商人の荷馬車に乗せて貰ったまでは良かったんだけどね。……それにしても、遥か西の国で戦の神と恐れられ名高い炎帝様が、まさか薪割りと猪狩りの為に喚ばれる日が来るとは……うはは!」
男――ハーディはその場に座り込むや、先程まで我慢していた分大いに笑い転げる。
陶芸家家族と一緒に居た時とは、少しばかり違う口調だが、こちらが元々の話し方なのだろう。
不満そうにハーディを見下ろしていた炎帝だったが、自分でもやはりおかしく思うらしく、ハーディの隣に胡座をかき座ると、膝に肘をつき頬杖を付く。
「たまにはこう言うのもありだろ。で、元々何処にいくつもりだったんだ? いつもみたいに特に決めて無いってんなら、旦那を落とした商人を焼き払いにでも行こうと思うんだが、どうだ?」
もう夜もふけ草木も寝静まった時分、いつまでもこんな所に居るわけにもいかない。
しばらく寝そべったまま気難しい思案顔で炎帝を見上げていたハーディだったが、突如なんの興味も失ったように眼前に広がる暗い山に視線を落とす。
「そうさな……確かに何も考えてなかったけど、商人へのお礼参りは止めておこうかね。この国も随分回ったし、また海を越えて外つ国にでも行こうか。君の国で君を喚び出してみたいものだよ」
「ははっ! ハーディの旦那が自分の為にその力が使えるもんなら是非使ってみろよ。そしたら茶でも何でも付き合ってやる。今代の『導き手』様は随分な世捨て人だな。本当にその身の希少さが分かっているのか? またうっかりどっかの金持ち野郎に手籠めにされても知らんぞ」
炎帝はハーディの言葉に膝を叩き笑うと、すっと立ち上がり再びハーディを肩に担ぐと山を下り始めた。
「手籠めって言い方は止めて貰いたいものだね。あれはしばらく自堕落な生活を送ってみたくなったから、適当な金持ちに飼われてみただけだよ。久し振りに会ったのに相変わらずな言い分だ……。じゃあ私は仮眠するから、海に出たら教えておくれ」
「誰が海まで運んでやる何て言ったよ!」
炎帝がそう叫ぶも、ハーディは既に眠りに落ちてしまったらしく、炎帝の肩で規則的な寝息を立てている。
ほとほと呆れたようにため息をつくと、炎帝は再び炎を纏い、海目掛け漆黒の空へと舞い上がった。
各国の伝承に、一つだけ願いを叶える力を持つ者の記述が、ほんの数行だけ残されている。
多くないその者の情報は、女人だったり子どもだったり、はたまた人では無い何かと、記述されている内容はまちまちではあるが、共通している事もいくつかある。
それは『自分の為にその力を使う事は出来ない』や『真に彼の者を必要とする人間にしか力を貸さない』『彼の者を騙す時、全ては泡沫の如く消ゆるのみ』と言う三つと、その者の呼び名がハーディ、導き手と言う事のみである。




