願いの導き手 土より出で炎により成す1
以前Twitterでアンケートを行った「箱(仮)から御都合的な物を出すやつ」の冒頭部分です。
冒頭を書いてそのまま放置されてましたので供養供養…。
いつか連載に回すかも知れないし回さないかもです。
肌を刺す。身も凍る。寒いという言葉を表現するのにいくつか種類はあれど、今年の寒さはそんな使い古された言葉で表現出来る程生温い物では無い。もっと新進気鋭の、斬新で誰の心にも突き刺さる名画の様な物で無いと。
日もまだ地の底に沈んだまま姿を現す気配の無い時分。陶芸家の男は一人、登り窯の目の前に座り込みそんな事を考えていた。
目の前には、色の付いた粘度質の液体がガラスに姿を変える程の業火を懐に抱えた釜が鎮座しているというのに、陶芸家の頬には血の気が無く、小汚い服を着た青白い石像に無精髭が生えたような、今にも凍り付くのでは無いかと言う姿をしている。
しかしそんな苦労も後数時間の辛抱だと思えば耐えられない事も無い。
後数時間もすれば窯の火は消え、代わりに中からは見事に焼き上がった皿や湯呑みが姿を現す。
今日焼き上がった物を町に売りに行けば、帰りに肉か米を買う位の、妻と娘と三人、どうにか一冬越す位の収入にはなる。
陶芸家はあと少しの辛抱だとはやる気持ちを抑え、すぐ脇に置いてあったずた袋から、筍の一番外側の皮で包んだ、山胡桃で作った胡桃味噌をまぶした餅を取り出す。
昨晩陶芸家の妻が夜食用にと、娘を寝かしつけた後ここまで持って来てくれた物だ。
餅は時間も経ちすっかり硬くなってしまったが、一口噛み締めればじんわりと甘い味噌が口中に広がり、香ばしい胡桃の香りが鼻から抜ける。
噛み締めるごとに徐々に柔らかさを取り戻していく餅を頬張る度に、どこか人肌が恋しくなってくる。
ゆっくりと咀嚼し二・三口頬張った後、陶芸家は突如しまったと顔を顰めた。
周りには今着ている服以外、周りには指を拭うものが無い。
窯の脇に置いてある水桶は凍り付き、試しにと氷の表面で指を擦ってみる物の、少し指先が湿った位で何の気休めにもならないばかりか、やっと暖まって来た指先が凍える始末。
どうせ仕事用の作業着。服で指を拭った所でたいした事は無いのだが、どうにも口に入る物を服で拭うのは抵抗があった。
窯の火はまだもう少し消えないだろう。もう後は火が自然と消え窯の温度が下がるのを待つだけだ。言ってしまえば一度家に寝に帰り冷えた頃にまた来ても良い。
陶芸家はしばらく窯をぼんやりと眺めたあと、大あくびを一つすると、空の桶とずた袋を掴み家路につくべく立ち上がった。
山を歩きながら白んで来た空を見上げると、山は窯のある場所のすぐ上まで雪が迫って来ていた。
今日は一際寒さが厳しい。家の水瓶の水も凍り付いているだろう。
陶芸家はずた袋を肩に掛け片手を服の中に入れ暖を取りながら、手を洗うついでに水を汲んで帰ろうと、一度沢に下りる事にした。
沢は穏やかに澄み切ったいつもの姿で陶芸家を出迎えてくれたが、一点だけ、いつもと違う風景が陶芸家の目に飛び込んで来た。
それは陶芸家がいる場所とは反対側の切り立った崖に面した場所に、石や泥に塗れた男が一人、半身が沢に浸かった状態で倒れていたのだ。
陶芸家はすぐ空の桶とずた袋を沢のほとりに投げ置くや、一度気合いを入れるように頬を叩き恐る恐る片足を沢に滑り込ませる。
日も明けぬ早朝の雪解け水。身が張り裂けそうな一瞬で全身の体温を持って行かれるとさえ思わせるほどの水温に、陶芸家は一瞬呻き声を上げ足を引っ込めたが、意を決したように膝まで沢に浸かり倒れる男を目指し大股で進む。
幸いにも水量が然程無く水は膝丈程しか無かったが、倒れた男は腰近くまで水に浸かってしまっていた。
石や泥をかき分け倒れる男を抱え上げると、男の顔は恐ろしく白く、人形のように全く生気を感じられない。
しかし頬を叩き注意深く観察すれば、微かに胸が上下しているのが見て取れた。
陶芸家はその胸の動きが自分の手の震えで無い事を祈り、対岸まで走って渡ると、濡れてずっしりと重い男を背負い家路を急いだ。
*
沢で男を拾い四日、男が目を覚まして三日が経った。
拾った時はやはりもう助からないのではと陶芸家も家族も思ったが、それでもと惜しみも無く薪を使い男の体と家を温め世話をした。
その甲斐あってか、男は一日程で目を覚ましたのだが、やはり起き上がるのには時間がかかり、目を覚まし三日程経った今日、ようやく自力で寝床から這い出せる程にまで回復した。
まだ青白い顔の男は自力で囲炉裏端に座ると、遊んで欲しそうに男の膝に頭を乗せる幼い娘の頭を撫でる。
どこか狐の様な印象を受けるのは、ただ単に男の目が開いているのかどうか判断がつきにくい糸を思わせる細い目をしているせいだろうが、男がどうにも浮き世離れした何かに見えるのは、この辺りでは見かけない服装が多少なりとも影響しているのかも知れない。
男は、袖の無い春先に着る薄手の狩衣のような服の上に異国の襟の高い外套を羽織り、袴と言うよりはアラビアンパンツの様な足首で窄まった、たっぷりとした布をふんだんに使ったズボンをはいている。
首や腰、手首や足首は異国の装飾品で彩られ、国籍所か時代や身分すら疑問に思ってしまう容姿をしていた。
使い古した無地の着物の下に麻のズボンと短靴姿と言う陶芸家の服装とは、あまりにもかけ離れた服装だ。
ただでさえ客など来ない場所な上、そんな物珍しい服装に興味津々な娘は、男が目を覚ました時から異様に懐き側を離れようとはしない。
そして男も元々柔和な気質なのか、それとも助けて貰った恩義からか。細い目を更に細めあれこれ興味を示し悪戯してくる娘を邪険にする所か、大いに構ってやっていた。
「すっかり御世話になってしまいました。いやはや、居眠りしている間に車から放り出されるとは」
男は外套の裾に丸まる娘を撫でながら、隣で囲炉裏に薪をくべる陶芸家に軽く頭を下げる。
男が少しでも身動ぎする度に、各所に着けた装飾品が軽やかな音を立て揺れる。
陶芸家は薪を一本囲炉裏の中に差し込むと、この前焼き上がった湯呑みに茶を入れ、にかっと白い歯を見せて笑い男に差し出した。
「なぁに、気にするな。あんなとこから放り出されて……ほんと、生きてて良かったな」
陶芸家家族が住むこの付近の山は、町では陶芸家の山と呼ばれ、文字通り陶芸家家族しか住んでいない。
冬は厳しい寒さになるこの辺りは、冬に人が訪れることも無く、麓の町の人達でさえ冬場はありったけの服を着込み殆ど家の外に出る事は無い。
その為、こんな時期に山に人が居るなんて、男を拾った今でも陶芸家はどこか信じられないでいた。
時期も時期だし男の体調も未だ心配だ。
娘も懐いている事だし、家族は男を追い出すような事はせず、あまり立ち入った事も聞かないまましばらく家に置いてやるつもりだ。
陶芸家の家は、家と言うより山小屋に近い。
部屋は一つきりで、玄関を入ってすぐの土間に小さな台所がある。その土間以外は全て板張りの部屋となっていて、中央に囲炉裏がどっかりと陣取っている。
あとは家の外に厠と風呂があるのみの、一家三人で暮らしていくのにも若干手狭な広さの家だ。
そんな所で男は四日間も堂々と床に伏せていた。
家族は気にはしなかったが、男は起き上がれ無いこの三日、どうにも申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「さぁさぁ、お話はその辺にして、冷めないうちに。いっぱい召し上がって下さいね」
男のそんな思いを察してか、台所に向かっていた妻は男二人の話が一段落した頃合いを見計らい、木の椀によそった熱々の汁物を人数分お盆に乗せ、板の間の縁に腰掛ける。
椀の中には秋口に採っておいたであろう小粒の茸と猪の肉。それが味噌で仕立てられた物と、陶芸家が窯場で頬張っていた胡桃味噌の餅が添えられていた。
この前とは違い、まだ温かく柔らかい餅に舌舐めずりをした男が手を伸ばすのを確認した男は、妻に一礼すると娘を隣に座らせ、自身の前に置かれた椀に手を伸ばした。




