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魔物に転生した俺(達)は記憶を頼りに食堂を始める事になった 2

 なにも考えていなかった俺が悪かったんだよな。分かってるようん。

 無事にミノタウロスの狩りに成功したものの、こんな四メートルは有ろうかと言う程の大きさの二足歩行型牛を、人間が易々と持って歩けるわけが無いよな。

 人間の街に行くのだから人間と同じように振舞わなくては行けないのに、魔物生(?)が長くてすっかり忘れていた。


「それなりの値段になりそうな部位だけ勘で持って行くか?」


 途方に暮れる中、足元の花ウサギに視線を落とすが、方法を考えているのか言葉を発しない。

 ミノタウロスの体で、簡単に持ち運べてそれなりの値段になりそうな所……角が無難か。それとも首ごと持って行くか……そんなものどこに売れば良いんだ?

 目の前の獲物を眺め唸りながら考えていると、不意に足元の花ウサギの耳がピクリと動く。

 花ウサギにしては珍しく垂れ下がった耳は、普段は体にくっ付くかのように垂れ、風でふわふわと揺れていたが、今は何かを感じ取り反応したようだ。

 俺が疑問を口に出すよりも早く、足元の花ウサギが俺を見上げ手元まで高く飛んで来た。


「人間の気配が近づいてくるよっ。一人みたいだけど……どうしよう?」


 俺の腕の中にすっぽりと収まった毛玉は、不安そうにその体を震わせている。

 さっきは『冒険者でも襲う?』と軽く言っていたが、花ウサギの戦闘力は一切無い。それこそ某有名RPGの最初に出てくる水色のぶよぶよしたアレと同等程度かそれ以下だ。ただ実際にここの生息しているアレは、RPGのアレよりは強いけどな。

 この世界では花ウサギは食料程度の存在なので、何かが近づいて来た時に不安になるのは本能的に正しいのだか……。


「お前……俺が居るんだから人一人どうにでもなるって何回言ったら……。それにしても人かー、ミノタウロスの事相談出来るかもしれないな。少し話でもするか」


 人なんて放っておいても、巣に残っているミノタウロスに殺されるだけだが、折角だし話でもしてみようか。

 腕の中の花ウサギをあやすように撫でた後、体に少し力を入れ魔力を変化させると、みりみると竜人だった俺の見た目が人のそれになって行く。

 花ウサギは、すっかり落ち着いたようで大人しく風に揺れている。


 丁度体の変化が終わり調子を確かめていた所に人が現れた。

 目の前に現れたのは、人の平均より少し背が低い位の無骨な男、ドワーフに似ていると形容したら分かり易いだろうか。

 その男は俺達を見て固まってしまった。いや、その気持ちは分かる。こんな魔物が(ひしめ)く森の奥に、身軽な格好の男が花ウサギを持って立ってるのだからな。しかも足元にはミノタウロス……どうしたって固まるよな、うん。

 微妙な沈黙が流れる中、俺の腕の中の毛玉が動いたのをきっかけに、男が再起動したように突然我に帰った。

 再起動した男は、その姿から想像も出来ない程俊敏な動きで俺の足元に転がるミノタウロスに駆け寄ると、鬼の形相で何か調べ出した。

 ……もしかしてミノタウロス飼育してました?それともなんかの愛護団体の方でしたか?そんなに何を調べる事があるんだろうか?

 今度は俺が硬直したままそんな事を考えていたら、ミノタウロスを隅々まで調べ終わった男が勢い良く立ち上がり、そのまま俺に抱きついてきた。

 特に殺気も無かったし、避けて良いような雰囲気でも無かったので避けなかったが、俺の腕の中の毛玉は驚いたのか、いつもよりも毛がふわふわと逆立ち俺の体にしがみ付いている。


「えっと……?」


 どうしてこうなったのか聞こうと口を開いた瞬間、俺の肩ぐらいしか身長の無い男が勢い良く顔を上げ俺を見る。その勢いに押されて言葉が出なかったのだが……。


「兄ちゃん! これ兄ちゃんが仕留めたのか!? どうやってやったんだ!?」


 俺の肩に手を置き、脳を破壊するんじゃないかって勢いで揺さぶりながら、矢継ぎ早で質問を繰り広げてくる。


「頼む! このミノタウロス譲ってくれないか!? 金なら払う! 頼む!」


 質問がほとんど聞き取れなかったが、最後はしっかり聞こえたぞ?


「ちょっ……分かったからっ! 一回落ち着けよ!」


 俺の脳もだが、腕の中の毛玉がパニックで俺の腕を引っかいている。早くこの男を落ち着かせないと俺の身が持たない!

 男が手を離すよりも早く、逃げるように手を払い除け距離をとる。ついに腕に噛み付き始めた花ウサギを撫でながら男の様子を伺う。

 男は少し虚をつかれた様な顔をしたが、すぐにさっきの自分の行いを思い出したのか、はっと我に帰り申し訳無さそうな表情のまま口を開く。


「すっすまん! 俺はディルってもんだが、ここ最近ずっとミノタウロスを狙ってたもんだから、つい取り乱しちまって……」


 バツが悪そうに視線をそらし、体の前で手を忙しなくモジモジと動かしている様は、さっきの俊敏な動きとはまた違った意外性を見せ付けている。

 まぁこの感じを見る限り、話は出来るようなので一安心だ。……魔物が人に対して『話が出来るから安心』って感想もどうかと思うけどな。


「いや……大丈夫だけど……。えぇっとディルさん? 別にミノタウロス位好きなだけ持っていけば良いけど、なんに使うんだ?」


 花ウサギが十分に落ち着いたことを確認し、ディルと名乗った男に近づく。俺達的には金になるなら何でも良いのだが、なぜそんなに欲しがる程必要な物なのかが疑問だった。多少なら街でも手に入るはずだが……。

 ディルは少し迷ったような素振りをしてから、意を決したように口を開く。


「俺、街で食堂を始めようと思ってるんだが……」


 食堂?ミノタウロスの毛皮か何かを内装に使うのか?それなら綺麗に仕留めてあるこれを見て欲しがるのも納得だ。しかも食堂か……仲良くなっておけば今後色々役に立ちそうだ。


「その……食堂で出そうかと思ってな……ミノタウロスの煮込み」

「ミノタウロスの煮込み!?」


 俺の想像の斜め上を行っていたよ! 人間は普通、魔獣ではなくただの獣を養殖して食用にしていると聞いていたが……。腕の中の花ウサギを見ても、驚いたようにじっと固まっている。

 放心状態の俺達の前で、ディルはこう言う反応に慣れているのか、少し寂しそうな表情をして俯いてしまった。その様子があまりにも沈痛な面持ちだったのか、さっきまで怯えていた花ウサギが俺の腕の中から飛び出し、ディルの頭の上に乗っかる。ディルは突然頭の上に乗ってきたふわふわなものに、驚きを隠せない表情をしている。


「ミノタウロスの煮込みかー……野趣溢れる物になりそうだし、かなり煮込まないと硬そうだな……あぁ、でも野菜入れればシチューにもなりそうだな」


 俺の手元に戻ってきた花ウサギもそれに同意らしく、ふわふわと飛び跳ねて何か言いたそうにしている。元料理人だから何か案があるのだろうか。

 ふと顔を上げてディルを見ると、驚いたように目を見開いたまま硬直している。正直その顔を見て俺も硬直しそうになったわ……無骨な男のきょとん顔には心底ビックリする。


「……驚かないのか?」


 きょとん顔の次は、可愛く小首を傾げて恐る恐る言葉を紡ぐ。


「……? さっき驚いたじゃないか。煮込みを出すなら価格も気になる所だなー、ミノタウロスの価値が分からんが高くなるんじゃないのか?」


 実際驚きはしたが、俺達魔物的にはミノタウロスを食べようが何しようが正直日常だ。そんな事よりも食べ物に目が眩んで街に行こうとしていた俺達からすれば、その料理がどう仕上がるのかの方が気になる話だ。

 そんな思いにふけっていると、目の前でディルがきょとん顔のままポロポロと大粒の涙を流し始めた。


「今まで……否定されるだけで、そんなに真剣に考えてくれる奴なんて居なかった……」


 ついには膝から崩れ、地面に座り込むとそのままおもいっきり泣き始めてしまった。

 続・花ウサギパニック。ディルの周りを心配そうに忙しなく跳ね回り、最終的には膝の上に落ち着いてしまった。ディルもおうおうと男泣きをしながら、膝の上の花ウサギを撫で回している。

 ……なんだこの光景は。無骨な外見からのギャップのふり幅が酷くてついていけない……愛玩動物を膝に抱いて泣くのを止めろ。


「硬い肉には蜂蜜か酸味の強い果物が良いと思うんだよねー。しかも果物は臭味も消してくれるから食べやすくなると思うよ?」


 ディルの前に座ろうと腰をかがめた瞬間に花ウサギがそう言い放った。その言葉を聞いた瞬間、俺は中腰のまま固まってしまった。

 ゆっくりディルを見るとすっかり涙が止まった代わりに、またきょとんと驚いた表情で自身の膝の上の花ウサギを見つめている。


「今……」


 ディルが続きを言うより早く、その膝の上の花ウサギを掴んで少し距離を置く。一瞬何か理解出来ていなかった花ウサギも、自分が声を出してしまった事に気付いたようで、逃げるように俺の頭の上に乗っかった。

 元々魔物同士は会話が出来るが、高い魔力がないと人間には通じない。こいつは俺の血を飲んだおかげで人間にも言葉が通じる位の魔力を持っていた。

 だがそんな事情を知らないディルは、たかが花ウサギが流暢に言葉を発した挙句、料理のアドバイスまでした事に思考が追いついていないようだ。

 このまま逃げるか……だが街で話す花ウサギの噂が広まるのも問題だ……。うーん、ここまで会話した相手を手にかけるのも嫌だし、どうしたものか……。


「何もしない。何もしないから少し話をしないか?」


 悩んでいると、いち早く立ち直ったディルが、ゆっくりと立ち上がりながらこちらの様子を見ている。

 俺は頭の上の花ウサギを手に取りどうするか確認の眼差しを向ける、すると少し悩んだ末、ぎゅっと俺の腕を掴んだまま意を決し花ウサギが口を開く。


「何もしないなら……」


 その返答を聞き、ディルはゆっくりと驚かせないように花ウサギに手を伸ばす。

 警戒している花ウサギの頭をやさしく撫で、抵抗しないのを確認すると、そのまま持ち上げてまじまじと観察する。

 見ている俺が生きた心地がしない……。


「名前は何て言うんだ? 料理の知識を詳しく教えてくれないか?」


 ディルは確かに何もせず、対等に話を始めた。少し警戒を解いた花ウサギはゆっくりと口を開く。


「名前無い……今まで必要なかったから……。教えるって言っても……」


 対等に会話が出来たことが嬉しいのか、ディルが満面の笑顔で花ウサギを抱き締めた。だからその組み合わせ止めろって……。


「ここではなんだからうちに来ないか?勿論泊まって行っても良いし、ミノタウロスの代金もすぐ払う!あぁっでもこんなの今日中に運べないか……」


 テンションが上がると一気に話し出すらしく、ポンポンと自分の中で色々と決定しているようだ。

 まぁ元々街に行く予定だったし、花ウサギの事もすんなり受け入れてくれたから、この際何でもいい気がしてきた。


「実践しながら話したいんだろ?じゃあ早くしないと鮮度が落ちるだけだし、俺が運ぶよ」

「え?」


 間抜けな声を出しているディルを尻目に、人型になった時のように魔力の流れを変え、元の竜人の姿に戻る。やっぱり元の姿の方がどこと無く勝手が良い気がするな。

 目の前で変化していくのを、驚きのあまり無言で見つめていたディルが、変化が完了し、完全に竜人だと理解するとまた膝から崩れ落ちた。


「な……ん」

「もー! 理解するの待ってたら日が暮れちゃうから、無視して街行こう!」


 ディルは、生き生きと酷いことを言う花ウサギと俺を交互に見ては呆けるを繰り返している。これは本当に日が暮れるな。よし今のうちに飛ぶか。

 花ウサギを頭の上に乗せ、足でミノタウロスをがっちりと掴みディルを抱え舞い上がる。これ位なら竜にならなくても十分――と言うか、街の近くに竜の姿で近づく訳にもいかないので、意地でもこのまま飛ぶことになる。


「おわぁぁぁあぁぁああぁ!!」


 予定より早く再起動したディルが大絶叫を上げる中、気にせず予定通り街に向かう。


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