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竜と契約者(仮)4

 そんなこんなで馬の足で半日はかかる距離を、ほんの一息で移動した俺達はひとまず霊峰の中腹に着地した。

 霊峰はエルミネスが巻き起こした雷雲の影響でかなりひどい有様だったが、標高の関係か麓の森はそこまで被害はなかったようだ。

 

「っはー……死ぬかと思った。エルミネス、竜がどこに居るか匂……」

「んー丁度山の反対側に居るみたい。動く気配は感じないかな。……どうしたリアム? 面白い顔してる」

 

 エルミネスに匂いを辿らせようと振り向いてみると、そこには元の巨大な竜の姿に戻ったエルミネスがちょこんと猫の香箱座りの様な体制で座り込んでいた。

 竜に戻るなら一言言ってくれても良いんだぞ? いや、戻るのは本人の自由だから良いんだが、さすがに振り向いた瞬間真後ろに竜はショックで死にそうになる……。それと、いくら巣の近くだからって気を抜きすぎなんじゃないか?

 完全に腰が抜け膝ががくがくになったが、これはエルミネスだし今のところ害は無いだろう。うん。

 その場にへたり込みそうになるのを必死で耐え、ひとまずエルミネスの手? 前足の間に腰掛ける。

 

「元の姿に戻るのは良いけど、迷い竜? と間違えられたらどうすんだよ」

「赤い一角竜なのだろ? 色も角の本数も全く違う。これで間違えられたらその人間の頭が心配になるよ」

「まぁ確かにな。鱗は真っ白だし角は……何本? 六?」

 

 顎が真っ直ぐに伸びる程思い切り見上げようやく遥か上にエルミネスの頭が見えるが、よく見えないどうなってるんだ?

 するとエルミネスは伏せをするように顎を地面のどさっと着く。

 

「うん、六本。角が一対生え揃うと成人扱いで、手前のこの大きく後ろに湾曲している角がそう。そして千を超えるとその上の辺りに真っ直ぐ後ろに伸びる角が生える。更に二千を過ぎるとその真っ直ぐな角に巻きつくようにしてもう一対」

「ふーん。でもエルミネスは三千を過ぎてるんだろ? もう変化しないのか?」

 

 ほらっと首を捻り角が見える様にしてくれたが、俺からすれば顔が近くなって恐怖値が増しただけだよ。

 べしべしと鼻っ面を叩いてやるとのそりと顔を上げた。思い切り剣をへし折った鼻っ面だが、一応俺が触れたと感覚はあるんだな。俺が触れても剣で殴られても同じ位って事か? よし、もう斬りかからない体力の無駄だ。

 

「三千過ぎたら翼が増えた。ほら、四翼あるでしょ? 四千過ぎたらどう変化するんだったかは忘れたけど、特に変化は無いからまだ四千にはなってないっぽい」

「恐ろしく雑な歳のとりかた……」

 

 千単位で把握ってどうなんだよ。

 猫のように座り尻尾をふりふりと振り回し、何故か上機嫌そうだからこれ以上突っ込まないでおくがな。

 さて、エルミネスの歳やら容姿はどうでも良いとして、問題は霊峰の反対側に居るらしい竜だ。

 と言うか、霊峰の反対側から動く気配は無いって報告を入れて終了じゃ駄目だろうか……駄目です分かってます。

 霊峰と呼ばれているだけあってこの国一番の高さを誇る山。

 しかし標高が高いのに山頂まで緑で覆われている為、雪や氷で閉ざされた山よりたちが悪い場合がある。

 今はエルミネスが側に居るからかも知れないが、普通は野生動物やそれこそキラービー何て殺人級の生物が溢れかえった場所。

 そんな山を俺一人でぐるっと反対側まで行かなきゃならない現状。

 むしろ日帰りは無理だ。先行確認だけやらこちら側の安全を確認したと言うだけでも……。

 裏側に回りたくない一心で唸り声を上げぐるぐると思考を巡らせていると、いつの間にかエルミネスの鼻っ面がすぐ側にあった。


「リアル良い匂い。やっぱりこっちの姿の方が鼻が利く」


 そのままエルミネスは舌先……俺からしたら巨大過ぎる舌先でちろちろと俺の顔を舐め回し、しまいには後ろに思い切り押し倒す。

 皆様は舌先で押し倒された経験がおありでしょうか? 生温かくて柔らかくてべったべたになりますのでオススメは致しません。


「ちゃんと一角竜を追い払うから。ちょっと食べたい」

「その姿で『食べたい』とか言うな! シャレにならん! ウォレスも居ないし本当に死ぬ!」


 下顎をがしがしと思い切り蹴りつけながらどうにかエルミネスの下から這い出す。

 エルミネスはどてっと顎を地面に付け心底残念そうにため息をつく。

 エルミネス的には小さなため息だろうが、目の前にいる俺からしたら法術を展開しないと吹き飛ばされるレベルの強風。全く、つくづく人間はちっぽけな存在だな。

 気を取り直し立ち上がり体中についた土を払っていると、不意に真横にあったエルミネスの巨大な目が一瞬細められた気がした。

 気のせいと思いつつふと俺がエルミネスを見上げるとほぼ同時に、エルミネスが顔を上げ、尻尾でぐいぐいと俺の体を自分に引き寄せ手の間にすっぽりと抱え込む。

 俺の体がエルミネスの手の中に収まった直後、耳をつんざく咆哮と共に強風が吹き荒れ、前が見えなくなる程の砂埃が舞い上がった。

 エルミネスの手に収まるのがあと一足遅かったら、今頃俺は医務室で寝込んでるあいつらと同じ末路を辿ってただろう。

 そしてよくよく見ればエルミネスまで強風は届いていない。どうやら竜の魔術か何かで風を防いでいるらしい。さすがに術でもかけなきゃ、いくらエルミネスの手の中に居るからってこんな悠長にしてられないか。

 待てど暮らせど咆哮と強風は止む気配が無い。

 状況的に例の一角竜が暴れているんだろうが、こんな状況になるまで全く気配に気付かなかった俺って……。

 

「リアム大丈夫?」


 ふと激しい轟音と咆哮の間から、不思議な程鮮明にエルミネスの声が聞こえて来た。


「あぁ、そう言うエルミネスは? そろそろあの暴れ竜を止めないと、息が苦しくなって来そうだな……」


 荒れ狂う風の塊せいで新鮮な空気が入って来ない。もしかしたらそれが狙いだったのか?

 少し咳き込みエルミネスの手にもたれ掛かると、ぴくりとエルミネスの手が動いた様な気がした。


「リアムの血って、確か血圧上がると甘くなるんだよね。今どんな味かな……」


 全くこの状況と直前の会話を無視したエルミネスの発言に、思わず顔を顰めエルミネスの顔を見上げてしまう。

 遙か上でエルミネスは真っ直ぐ吹き荒れる風を眺めているが、ぺろりと舌舐めずりをしたのが見えた。

 こいつの思考は本当に分からん。ウォレス以上に不可解な奴に遭遇するとは思わなかった。と言うか、俺の周りには癖の強い奴しか集まらないのかよ……!


「……今全力で血圧下がってると思うからすこぶる苦いんじゃ無いか? と言うかエルミネス、そろそろ本当に息が……」 


 怒鳴り散らしたい所だが本当に呼吸がままならない。

 その言葉にようやくエルミネスが重い腰を上げる。

 俺の様子を見に、エルミネスが自分の手の中に鼻先を突っ込んで来た。

 ぶっちゃけ恐怖以外の何物でも無い光景だがもう色々慣れたよ。白銀の竜には耐性がついた。

 立っているのも辛くなり、俺はどさりと手の中に座り込むと自分の親指を少し噛み傷を作る。

 ほんのりと血が滲んで来たのを酸欠でぼやけ始めた目で確認し、エルミネスの鼻っ面に差し出す。

 直ぐさますんすんと匂いを嗅いだエルミネスはぺろりと俺の指先を一舐めし、その直後不満そうに少しだけ牙をむいた。

 ここで先程思った事を訂正しておく。全然慣れてないわ。怖いものはいつまでも怖い。

 本当に血圧低い状態では苦いのか、不満そうに鼻先にシワを寄せるエルミネスの様子についけらけらと笑ってしまう。

 そんなに硬い鱗でもシワが寄るんだな。どう言う原理だ?

 すぽっと手から鼻っ面を抜いたエルミネスの顔は、初めて会った時のように怒りに満ちているのが分かる。

 あの時の様に怒り狂っている訳では無いらしいが、人型の時よりもこちらの姿と方が感情が顔に出るのだろう。

 エルミネスは小さく唸ったあと、煩わしそうに一度大きく首を振る。

 すると外から押し寄せる強風を押しのける様に、エルミネスから比較にならない程の荒れ狂った風が巻き起こった。

 不思議と一瞬全ての音が消え去り、その直後瞬間的に全ての風が霧散して消えた。


「ぐっ! ごはっごぼっごぼ!!」


 一瞬過ぎて何がどうなったのか良く分からないが、とたんに呼吸が楽になり思い切り咳き込んでしまった。

 さっきまでやけに頭がぼんやりして全てが他人事見たいな見えてたけど、あれは死にかけてたんだろうな。

 俺を護るようにしていたエルミネスの手がふっと無くなり、ようやく全貌が見えた。

 俺達の正面。少し離れた所に一角の真っ赤な竜が地面に倒れ込み藻掻いていた。

 

「ごほっ……エルミ、ネ……倒した、のか? ごほっ」

「ううん。虫みたいに頭の上を飛び回ってて鬱陶しかったから叩き落としただけ」


 相変わらず地面に座り込んだ状態のままのエルミネスはさも簡単に言うが、目の前で藻掻き苦しむ竜を見るとただ叩き落としただけとは思えないのだが……。

 そんな俺の考えをよそに、エルミネスは確かめる様にふんふんと俺の匂いを嗅いでは血が滲む指をぺろりと舐めている。

 

「うぇぇ不味いぃ……。今すぐ興奮して、リアム」

「この状況で興奮出来るのはウォレスだけだ……。……っ、あー駄目だ目が回る」


 立ち上がったもののまたどさりと倒れる様に座り込むと同時に、藻掻いていた一角竜がのろのろと体を起こすのが視界に入った。

 一角竜は俺達に視線を向けるや、咆哮とは違う何かを訴えるかの様なけたたましい声を上げる。

 正直、その声だけでも頭に響いて気持ちが悪い。俺って本当に無能……。


「なんだ、まだ人の言葉も介さないひよっこじゃないか。通りできゃんきゃん煩い訳だ」


 エルミネスはそうぽつりと呟くと、突然興味を失った様にそっぽを向いてしまった。

 良く分からないが、まずは色々説明してからにしてくれ。

 側にあったエルミネスの尻尾の先をペしペしと叩きこちらを向かせる。

 するとエルミネスは素直に視線を向け、俺の隣に伏せる様にどてっと顎を付き丸まった。

 躾が完璧な犬みたいだな。


「説明してくれ。あいつは放っておいて大丈夫なのか? そのうち何処かに行くとか? 何か騒いでるが何言ってるのか分からん。人の言葉を教えてやってくれよ。……と言うか、そろそろ本当に煩いな」


 エルミネスに何か訴えているのか、未だにきゃんきゃん騒ぎ続ける一角竜。

 一先ずエルミネスが居るから飛び掛かってくる事は無さそうだが、かと言ってどうしたら良いものか。


「人の言葉は百五十歳位で自然に覚えるよ。だからアレはまだ成人したばかりって事」


 確かにエルミネスに比べたらかなり小さな体だが、それでも俺からすれば十分脅威になる。


「彼女の……殺されたあの火竜の腹違いの弟だそうだ。卵と卵を奪った人間の匂いを追って来たらしい。あれから一週間。純血の竜なら一日もかからないのに……」


 エルミネスはそこまで言うと、はぁっとため息をつく。

 竜の純血と混血の違いはそこまで如実に表れるのか。

 となると、まだまだ若く未熟な混血竜がここまで来るのには相当な苦労やら勇気やらが必要だっただろうに。

 それにようやく落ち着いたエルミネスに刺激を与える様な事は止めて欲しい。出来ればあいつにはこのまま静かにお暇願いたい。

 無意識にエルミネスの角を撫で、未だに声を上げる一角竜をぼんやりと眺めていると、不意にエルミネスが顔を擦り寄せて来た。


「卵と複数の人間の匂いは山の麓で途絶えたが、一人街に逃げ込んだ奴が居るらしい。まだ人型にもなれないから街を破壊するしか無いが、そんな事自分の力では出来ずどうして良いか分からないって叫んでる。親に泣き付かないのは御立派かな」


 エルミネスは顔を擦り寄せながら一角竜の言い分を通訳してくれた。

 そこでふと気付く。もしかしたらエルミネスはまた自我を失わない様に必死に俺に甘えてるのかも知れない。

 そう考えると、必死に訴える子どもに答えないのも頷ける。

 今はまだ、あの件には触れたくないのだろう。

 そう思うと、小さくぐるぐると唸り声を上げ擦り寄って来るエルミネスがとても痛ましく思えてくるし、そんなエルミネスに分からなかったとは言え通訳を頼んでしまった事に罪悪感が湧いてくる。

 俺はため息を一つつくと、エルミネスの鼻先を体全てを使って全力で思い切りこれでもかと思う程撫で回す。

 エルミネスがびっくりしてちょっと口を開けたので、失礼して牙に足をかけるとそのまま顔によじ登り、額やら目の上やら角の根元やらありとあらゆる箇所を撫で、そのまま眉間の辺りに腰を降ろす。

 ここで一つご報告。エルミネスの鱗は磨き抜いたアラバスターの様に一点の曇りも無い白銀で、さらに光を反射するほど見事な光沢。

 水浴びとかしてるだろうが毎日じゃ無いだろうし、ウォレスも焚き付けて一回思いっきり磨いて見たいものだな。

 

「……何、どうしたの?」

「思いっきり甘やかしてみたくなったから遠慮無く実行してみた。実行済みで今更ですが、異論は認めません」


 猫の様にかりかりと鼻先をかきながら少し上ずった声を上げたエルミネスに、素直に思った事を即答する。

 そのままエルミネスはぷつりと喋らなくなり、一角竜の物悲しい声だけが響きわたる。

 一先ずあの一角竜の声に答えてやらないと見ていて辛くなってくるが、果たして俺が近付いて大丈夫なのだろうかいや駄目だろう止めておけ自分。

 法術で縛れば問題ないだろうか? エルミネス程の竜には利かないけど、腐っても祝福を受けてるんだ、俺の法術はそれなりに力もあるはずだがー……。

 うんうんと考え、一先ず拘束してみようと思いエルミネスの頭からひょいっと飛び降りる。


「っは――!?」


 すると何を思ったか、俺が跳び上がった瞬間、エルミネスはぱくっと俺の胸から下を口の先の方で咥えてしまった。

 決して痛く無い。牙と牙と間に挟まってる感じだから痛くは無いし、食べようと思ってやった訳じゃない事は分かった! が! だがあれだよあれあれ言わなくても分かるよな俺の言いたい事!?

 

「あっ、ごめん。名残惜しくてつい無意識に。痛かっ――」

「うわぁ喋るな舌が気持ち悪いぃ! ケツ舐めるなぁ!」


 エルミネスが喋る度に舌が動いて全身舐め回される! 生温かいしうねるし心底駄目だ! これウォレスだったらそう言うプレイとして成り立つんじゃ無いか!? 言ったら本当にやりそうで面白そうだけど、想像したく無いから絶っっっ対言わない。

  

「もしかしてこうしてたら怒って血圧上がる? 何か、リアムの汗も甘く感じる気がする……美味しい」

「だっから喋るなって! そりゃ怒るし血圧も上がるだろうけど、この状況で『美味しい』とかシャレになんねぇっつってんだろ!? 汗だか血だか知らないけど早くぺってしなさい!!」


 エルミネスは若干名残遅しそうに俺を自分の手の平の上に吐き出す。

 あの一角竜もだが、やっぱりエルミネスを先にどうにかしないと。

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