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竜と契約者(仮)1

続・データ破損シリーズ。

BL回避をしようと思った矢先に破損でそのままお蔵入り。他の作品にキャラの名前は転用しました。

全く調整してないので1話1話が長いです済みません…。

「……それじゃ駄目だよ。正しい竜の殺し方、知らないの? ……ほらここ」


 圧倒的強者はそう言うと、俺が斬り付た鼻先をべろりと一舐めし折れた剣に喉元をあてがう。

 剣を握り締めがたがたと震える俺は生温かい竜の息を全身に浴びながら、はるか頭上で微笑むように細められた金の瞳を見上げ、あれより美しい宝はこの世に無いだろうとぼんやりと思った。



「生存者は三名。第一部隊から四隊までの計二百名中三名だけ、か……。良く無事戻って来てくれたな、リアム」


 肘をつき額に手を添え報告書に目を落としていたラズウェル指揮官は、苦しそうに揺れるすみれ色の瞳を俺に向けか細い声を上げる。

 この国に伝わるお伽噺。聖ミュリエル国の北方に位置する、霊峰ミクトランの頂に住むと言われている竜エルミネス。

 いつから存在しているのかさえ定かでは無い伝説的なエルミネスは、他の竜が暴れようと人が戦争をしようがその姿を現す事は無く、ただたんに険しい霊峰へ近付かないようにする為の方便として子供達に話聞かせていた存在。

 だが一週間前突然霊峰の頂が砕け散り、他の竜とは一線をかく悠大な白銀の竜が現れると我を忘れたように怒り狂い霊峰とその周囲の森を雷雲で覆い破壊し尽くした。

 その竜があのエルミネスだと判断した国は、神の祝福を受けた聖ミュリエル教会の法術騎士達を集め討伐隊を形成、すぐに出撃させた。

 その結果はラズウェル指揮官が言っていた通り、俺と戦闘中に運良く滑落した二人の計三人以外は一瞬で、何も残さずこの世から消えて無くなってしまった。

 そして目の前で机に置かれた書類を呆然と眺めているラズウェル指揮官は、今回の失態の責任をどうとるか悩んでいる所だ。

 こいつは兵が全滅しようが心が痛む様なやつじゃない。今は今後の身の振り方しか頭に無いだろう。

 そして滑落し重傷な二人の代わりに、前線に居た俺からせめてエルミネスに関して有益な情報を得ようと一時間前からこの様子。


「成果が無いばかりか無残に生き残ってしまい……っ」

「すまない……。落ち着いたらまた話を聞かせて貰う、今日はゆっくり休むが良い」


 心配そうに椅子から腰を浮かせるが俺への労いの言葉も何も無い。

 目の前で同僚が無残に殺されたら、普通静養させたりそれなりのケアをする物なんじゃ無いのか?

 書類が山積みになった机の向こう側で眉根を寄せるラズウェル指揮官に一礼し、そのまま執務室を後にする。

 生き残りの二人がいる医務室に顔を出しても良いが、あの二人はエルミネスを見る前にその風圧で吹き飛んだらしく、俺の顔を見ると何も出来なかったと申し訳なさそうに繰り返す。

 何も出来ず逃げ出した方が正解だ。吹き飛んだあいつらはきっと日頃の行いが良かったのだろう。

 これから教会の中でどう生きて行こうとかラズウェル総指揮の事とかあの二人のケアとか考える事は山積みだ。だけどそれ以上に深刻な問題を俺は今抱えている。


「……ん? あぁ、おかえり。待ちくたびれてお茶全部頂いてしまったよ」


 教会騎士の独身寮。

 自分の部屋の扉を開けると、白銀の髪の男が当たり前の様にソファに横になりながら出迎える。

 もう一度言うがここは教会騎士の独身寮で、白銀の髪の男は教会騎士では無く、更に言っておくが俺は男色の趣味は無い。いたって健全に女が好きだ。

 

「頼むからもっとこう……威厳を保ったままで居れないのかよ、エルミネス」

「難しい事を言うね。リアムだって人間らしくしろと言われても困るだろ?」

 

 そう言ってエルミネスはソファに座り直すと、心底困ったように金の瞳で見上げてくる。

 ……そう、今目の前で優雅に人の部屋で茶を飲んでいるこの男こそ、件の怒り狂った竜、エルミネス本人だ。

 散々ラズウェル総指揮に『一瞬の事で何も分からなかった』としらを切っておきながら、何故かこいつは俺の部屋に居るんだよ。言えるわけ無い。


「何で今国中を騒がしてる伝説竜のお前が、ただの下級騎士の部屋なんかで堂々と寛いでんだって言ってんだよ! 早く雷雲を何とかしろよ!」


 帯刀したままだった剣と手甲をベッドに投げ捨て詰め襟を外すと、テーブルに新しい茶葉をどんっと置きエルミネスを睨み付ける。

 正直なんで今俺はこいつに新品の茶葉を出したのか全く意味が分からん。特別な客用……いつか出来るだろう女の為に準備して置いた最高級茶葉だって言うのに。

 

「雷雲はまだあのままで良いでしょ、人間の注意を引けてるみたいだし。下級騎士とか人間が勝手に決めた身分なんかどうでも良いよ。リアムも飲む?」


 何を当たり前な事を聞くんだと言わんばかりに眉を下げ目を見開いたエルミネスは、竜の魔術か何かで目の前に水の塊を、当たり前のようにポットに注ぎ込み茶葉をいれる。

 残念ながら俺は全く竜の生態なんか知らないし、教会のお偉いさんだって事細かく知ってる訳じゃ無いと思うが、多少なりとも勉強しておくんだった。

 渋々エルミネスの向かいに腰を降ろし、飲んで大丈夫なのか怪しいお茶を口に運ぶ。

 

「人が決めた身分に興味が無いのはまぁ分かる。でも何でお前は俺だけ生かしたんだよ。人型になって部屋まで付いてくるし、何が目的だ? 餌? 財宝? そもそも何で暴れ出したんだよ」


 今殺される事は無さそうだし、取りあえず思い付いた疑問はぶつけてみた。

 目の前のエルミネスは服の着心地が良くないのか、むっと子供のように口を尖らせると詰め襟を外しついにブーツまで脱ぎ放り出してしまった。

 竜は美形だと聞いていたが、確かにしっかり着こなせば誰でも見とれるだろうに、勿体ない。

 俺の服装を真似して騎士の制服を着ているのも間違いなんだよ。この服は破滅的に動きにくい。


「リアムは良い匂いがするから」


 それを聞いた俺が盛大にお茶を噴き出すと、エルミネスは『おっと』と軽く飛び跳ね俺の隣に降り立った。

 思いっきり咳き込みながら立ち上がり距離を置くも、エルミネスは不思議そうにきょとんと目を丸くし子供の様に見上げてくる。

 老紳士の様な振る舞いと子供の様な振る舞いが同居してるが、これが竜の性質なのかエルミネスの性格なのか。

 と言うか良い匂いとか言った直後に隣に来るな。

 

「少し前に麓の森に作った巣に人間が入り込んで何かしてたみたいで、臭くてたまらなかったのだけど、私が遠い昔に庇護した事がある竜を殺し、そこで卵を割ったんだよ」


 美味そうって話から一気に替わり過ぎて頭に入ってこなかったが、エルミネスの瞳孔が一瞬竜のそれになり言葉を失う。


「本当に綺麗な火竜でね、何年か前に卵を産んだと知らせて来たから、卵を守るようにいくつか石を贈ったのを覚えてる。人間が我々を狩り爪や皮を剥いで利用している事は知っているし、それは自然の摂理。彼女が殺され目の前に血肉を投げて寄越されても腹は立つがその程度。だけど、極端に繁殖力の低い竜にとって卵は一族の至宝……それを、私の血肉が欲しいからと言う理由で彼女の牙で作った槌で砕かれれば黙っても居られない。彼女の美しい牙は卵を、産まれてくる子を守るためにあった物なのに……」


 言葉を発する毎にエルミネスの瞳には憎しみの炎が上がり、怒りを抑えられないのかぱりぱりと体中帯電している。

 逃げる方向を間違えた。ベッドのそばまで下がってもエルミネスの発する雷に触れてしまいそうだ。


「その人間は始末したのか?」


 どうにかこの現状に気付いて貰おうと声をかけると、虚ろな視線を俺に向けたエルミネスは目を閉じ眉根を寄せると、片手で顔を覆う。


「勿論。わざわざ竜を殺し卵まで準備して私に会いに来たんだ、丁寧に殺してあげたよ。ただ、頭に血が上り過ぎたみたいで、我に返った時はリアムを噛み殺す寸前だった」


 そこからなら俺も知っている。

 来月結婚する同僚にエルミネスが食いつこうとしてるのを見た俺は、無意識のうちに走り出しエルミネスの鼻先に剣を振り下ろした。

 勿論そんな物竜の鱗を前には何の意味も無く砕け散り、狙いを俺に替えたエルミネスは座り込む俺を噛み殺そうと迫って来たが、何故かエルミネスは俺を避ける様に地面に牙を突き刺さったまま口を閉じなかった。

 そしてそのまま世間話をするように話し掛けて来た訳だ。

 結局、その同僚はエルミネスが我に返る直前に吹き飛ばされ死んでしまったんだけどな。


「……まさか良い匂いって美味そうって事か? 美味そうな匂いがしたから我に返ったって言わないよな? じゃあ、今は太るのを待ってるとか……」


 場の空気を変える為の冗談半分、一応念の為今後の身の振り方に関わる確認半分で、帯電していた雷も無くなったエルミネスに近付いてみる。

 

「人間は一概に美味しくないし骨ばっかりで食べる所は殆ど無いから好きじゃ無い。けどリアムは美味しいかも知れないね、ちょっと味見し――」

「て良い分けないだろ茶でも飲んでろ!」


 興味が湧いたようにぐいっと顔を近付けて来たエルミネスの頭をはたき落とし、そのままソファに押し飛ばす。

 今のは殴っても文句は無いだろう。完璧に奴が悪い。


「つぅ……今法術込めてなかった? 人型なんだから手加減してよ」


 うるせぇお前が悪い。

 ソファに仰向けでぐったりと横たわるエルミネスの腹に容赦無く跨がり、額を小突きとどめをさす。


「痛っ、痛いって……。どうしたの? 交尾したいの?」

「俺は男だ! 何で今の流れから野郎と交尾しなきゃ何ねぇんだよ! どうなってんだよ竜の脳みそは!」


 しかも交尾って言い方! って、腰を掴むな座り直すな!


「あれ駄目これ駄目って、リアムは気難しい」


 あーこいつが竜じゃなければもっとこっぴどく怒鳴り散らしてるものを……。

 ここにいる理由は分からんが、機嫌を損ねて暴れられたら迷惑だ、下っ端騎士の俺で事足りる訳無いけど、無いよりましか。


「おい、腹出せ」


 不思議そうに俺を見上げるエルミネスを再びソファに押し倒し、返事も聞かず思い切り服をめくり上げる。

 そして親指を噛み傷をつけ、青白いエルミネスの腹に血で法陣を描いていく。


「苦しいかも知れないが、ちょっと我慢しろよ」

「? なにす――」


 うるさいな。

 エルミネスの口に指を突っ込み言葉を遮り、法陣に手を添え術を発動する。

 刹那、法陣から放たれた赤い光がエルミネスの全身を駆け抜けたとの同時に、エルミネスがぐっと俺の指を噛んだのが分かった。


「ここで暴れられたら困るからな、気休め程度封じさせて貰った」


 腹に描いた法陣はエルミネスに根を張るようにびしびしと広がり始める。しばらくすれば馴染むし、苦しいのは今だけだろう。


「っは……リアム……」


 眉根を寄せ身動ぎするエルミネスの口から指を引き抜くと、真っ赤な舌と指の間に糸が引かれた。

 さっき交尾と言われたからだろうか、全く男には興味は無いが、恐ろしく整った容姿のエルミネスが艶めかしく目を細めている姿を見てると、どうにも罪悪感と言うか、頭の中に警告音が鳴り響く。

 

「術を、解いて……リアム……早、く……」

「苦しいのは今だけだからもう少し我慢してくれ。あとそんなエロい声出すな、誰が聞いてるか分かったもんじゃない」


 平静を装ってるつもりだがこれはこたえる。苦しそうに懇願されたら罪悪感で押しつぶされそうだ。


「ちが、う……力……全然、足りな……跳ね返し、ちゃ……んぁっ!」

「えっ? がはっ!!」


 再度口を塞ごうと手を伸ばすと、エルミネスが大きく体を震わせたと同時に、エルミネスの腹に描いてあった法陣が砕け散り術者の俺に全ての付加が跳ね返って来た。

 恐ろしい程の力で腹を殴られたような感覚に襲われ呼吸も出来ず、そのままエルミネスに覆い被さるように倒れ込む。


「っあ……気休めに封じるにしても、全然力が足りてないよ……。こんなの、跳ね返さないでいる方が難しい……。リアム息してるかい?」


 なんだよそれ、苦しかったのは術を返さない様にしてたからかよ……専門外とは言え、血まで使って法陣描いたんだぞ。

 吐きはしなかったが上手く呼吸も出来ず、情けない事にぼろぼろと涙をこぼしエルミネスにのし掛かったまま動けない。しまいには、術をかけた俺がかけられたエルミネスに背中をさすられる始末。最悪だ。


「リアム! 良く生きて帰って来……ごめん、お楽しみ中だったみたいだ、ね……?」


 鍵をかけてなかった俺も悪いんだが、ノックも無くいきなり扉を開け放った奴も悪い。

 俺を心配して来てくれたんだろう。数少ない同期で医療隊に所属するウォレスが、治療器具を抱え部屋に入るなり入り口で縫い止められたように動かなくなった。

 まぁ、俺が涙を流しながら息も絶え絶えな男に跨がってる姿を見れば、そりゃお楽しみ中だって思うわな。

 すぐ否定し誤解を解きたいところだが、まだ上手く息が……。


「っはー……随分色々な物が混ざった匂いのする人間だ。この匂い苦手――」

「エ、ル……ちょっと黙ってろ……」

 

 本当に不快だったのかぱりっと少し雷を纏ったエルミネスの口に再び指を突っ込み制し、未だに呆然と立ち尽くすウォレスに歩み寄る。

 

「悪い、リアム……また後で来るよ」

「よく見ろ誤解だ。俺もあいつも服着てんだろ? と言うか男だし。ったく……けど良いところに来た、ちょっと回復してくれ」


 そのまま倒れ込むと、ウォレスは慌てた様子で回復術を展開し始めた。



「焦ったー……。エルミネス討伐に出た隊が全滅したって聞いて心臓が潰れそうになったよ。帰還したリアムのお楽しみの所に乱入したかもって思った時が一番焦ったけど……」


 亜麻色の髪をかき上げ本気で安堵のため息をつくウォレスは、誤解が解けた今も少し気まずそうにエルミネスの事を横目で伺っている。

 焦って正解だし、突然現れたエルミネスの事をすぐ突っ込まなかったウォレスは本当に良くやったと思う。


「俺もお前が誤解したまま走り去るんじゃ無いかって焦ったけどな。後の二人の容態は?」


 ウォレスの手が空いたと言う事は医務室の二人は峠は越えたのだろう。

 聞けば案の定、このまま安静にしていれば大丈夫との事だが、騎士として復帰するのはまず無理だろうと。

 本人達もそれは理解しているらしく、悲観的になっていないのが救いだと笑って教えてくれた。


「で、そろそろそのえらい綺麗な兄さんを紹介して欲しいんだけど?」


 まぁそうだわな。

 無言でお茶を飲み続けるだけの置物ですって言う分けにもいかないだろうな。


「こいつは……あー……エル。討伐の帰りに保護した。以上」

「どうしたら討伐帰りに保護した男に跨がって術を展開した挙句弾かれる何て流れになるんだよ。あまり深く詮索する気は無かったけど、せめてさ、もっと綺麗に誤魔化せよ。俺が解析術得意なの知ってるだ?」


 自分でも分かってる。

 だがどうやって説明しろって?

 『今は人型ですが、こちら伝説竜エルミネスです。何故か付いて来てしまいました』

 本当の事言って誰が納得するんだよ。


「別に解析しても良いけど、どうせ俺の時みたいに弾かれて終わりだよ」

「その兄さん……エルさん? じゃなくてお前にかければいい話だろうが」


 何が深く詮索する気は無いだ。ウォレスのやつ、研究者の血が騒ぎまくってるじゃ無いか。


「君うるさいな。私はリアム以外どうだって良いのだけど」


 それまで静かにお茶を飲んでいたエルミネスだったが、本当に煩わしくなったのか露骨に顔を顰めると再びぱりぱりと帯電していく。

 術式も組まず突如帯電し始めたエルミネスからとっさに距離をとったウォレスは、混乱したように俺とエルミネスを交互に確認する。

 そんな顔をされてもな、俺もエルミネスの事を良く分かってないし、エルミネスの力を嫌と言う程知ってるせいで守ってやる事も出来ないって分かっている。

 それどころか正直俺自身無事で居られるはずも無い。

 ウォレスに会った瞬間匂いが苦手と言っていたエルミネスが、今の今まで大人しく話を聞いてくれていたと考えると、今は完全に機嫌を損ねてしまった事になる。

 どうにかエルミネスの意識を他に向けなければ悪化する一方だ。

 パニック寸前の頭で必死に考え、一か八かふと思い出した事をやってみる事にした。下手したら逆効果だが、何もせず死ぬよりはまだ自分に誇れる。……確かここだったような。

 ゆっくりとエルミネスに近付くと、討伐に行った際エルミネス本人が教えてくれた場所、喉の下にある逆鱗に手を添える。

 

「っ……!」

 

 するとびくりと体を揺らし弾かれたように顔を上げたエルミネスは、猫のように目を丸く見開き口を半分開けた何とも間抜けな顔で俺を見上げて来た。

 

「……びっくりした。でも手では無理だよ、国一番の剣か何かじゃなきゃ。それとちょっと位置がズレてた」

「そんな御大層な物、俺が持ってると思ってんのか? 人型だとどこか全くわかんねぇよ」

 

 折角竜の正しい殺し方を教えてもらっても、そんなもんじゃなきゃ通用しないんじゃ意味無いじゃないか。

 まぁでも今のでウォレスから気がそれたみたいだしよしとするか。

 

「リアム……そいつ、何者なんだよ……」

 

 その声にエルミネスと揃って顔を上げると、俺のベッドに土足で上がりがたがた震えながら結界を張っているウォレスと目があった。

 さすがにもうどう言い訳しても通用しないだろう。

 

「あー……ラズウェル指揮官には言うなよ? と言うか誰にも言うな。これがあのエルミネス。霊峰に居るはずのエルミネス。調査隊を一息に葬ったあのエルミネス。白銀竜エルミネス」

 

 案の定ウォレスは全く俺の話しが頭に入ってない様な素っ頓狂な顔をしているが、この際さらっと伝えてこの話は終わりにしたい。

 今はウォレスに説明してる場合じゃないんだよ。

 隣で喉元をさすっていたエルミネスの頭をがっちりと掴むと、再び口に指を突っ込みウォレスに牙を見せながらついでに興奮して爬虫類の様に縦に開いている瞳孔を見せ付ける。

 

「さっきからおもってたんだけど、くちにゆびいれるのあぶないよ。はんしゃてきにかみそうになる。というかちょっとかんじゃったおいしい」

「もう頼むから今だけは威厳を保ってくれよ。つうか今さらりと美味しいって言わなかったか?」

 

 確かに指を入れた時牙に当たった感覚はあったけどよ、そんな舌足らずでのご報告は今はやめてくれ。

 血が出てるのは分かるが指に吸い付くなやめろ!

 エルミネスの口から指を引き抜き再び額を小突きソファに投げる。

 相変らずウォレスは彫刻になったままだが分かってる範囲での説明はした。だから後はウォレスをベッドから蹴落としたらこの話は終了だ。

 

「血が止まるまで舐めさせてくれても良いのに……ケチ」

 

 ウォレスをエルミネスの向かいのソファに投げ捨てると、もぞりと体を起したエルミネスが不満そうに口を尖らせている。

 いや、本当に何がケチなのか分からないし、どういった弾みでそんな子供みたいなスイッチが入るのかも分からん。

 問題が山積み過ぎてため息しか出ない。

 とりあえず三人分の茶を入れそれぞれに配る。ウォレスは相変らず機能停止中だが、エルミネスは待ってましたとばかりにカップに手を伸ばしている。

 

「エルミネス、頼むからここに居る間だけでも大人しくしていてくれ。そしたら……また俺は指を切るかも知れない」

 

 喜ぶかと思ってした発言だったが、エルミネスは一瞬眉をぴくりと動かした位しか反応を示さず、そのまま無言で俺を見つめている。

 

「契約しろと言い寄ってくる人間は居たけど、餌付けしようとする人間にははじめて会った……。リアムが特別なのかも知れないが、少し食べない間に人間の味が変わったのかも知れない。確かめたいからさっき話しに出たラズウェルとやらなら喰っても良いか? 二人共好ましく思っていない人間なのだろ? その名前が出た瞬間二人の匂いが変わったよ」

 

 どこから突っ込んだら良いんだろう。とりあえず……。

 

「ラズウェル指揮官は喰わないでくれ。今は」

「おい待てリアム。さらっと『今は』って言わなかったか?」

 

 なんだ、ウォレスの奴今更再起動したのか。

 相変らずびくびくエルミネスの事を意識してるが、思ったよりも順応性が高かったんだな。

 

「じゃあしょうがない。そこの人間、指を借りるよ」

「はっ!? いや、ちょっとまっ――」

 

 ふぅと一つため息をついたエルミネスはテーブルに手を付き、取り乱すウォレスに構う事無く腕を引っ張ると当たり前のように人差し指を口に含む。

 ウォレスはまたびしりと固まったが、無言な所を見ると食い千切った訳では無さそうだし面倒だから放っておこう。

 

「うえ、やっぱり不味い。口直しする」

「俺で口直し!? 普通に茶でも飲め、よ……!」

 

 完全に傍観体勢で気を抜いていたのもいけないんだが、エルミネスはくるりと俺に向き直ると当たり前の様に俺を押し倒し首筋に歯を立てて来やがった。

 何で指じゃないんだよ! しかも力が強過ぎて押してもびくともしないし、何よりも首を這い回る人外の舌が気持ち悪い……!

 

「う、ぁ……いつまで舐めてんだ、どけよ重いだろうが……!」

「すげぇ、やっぱりお楽しみ中にしか見えない」

「不味いウォレスは黙ってろ!」

 

 違う、助けろって言えば良かった! マジで何してんだよ俺! ようやく俺の首筋から顔を上げたエルミネスは、満足そうに目を細めると動物の様に唇をぺろりと舐める。

 霊峰で会った時も同じ様に鼻先を舐めていたっけ。本当にあれと同じ生物なんだな。

 

「舐める毎に味が変わる。リアムの感情によって味が変わるみたい。さっきより甘い」


 俺の血って甘いのか……それって喜ぶべき事なのだろうか。と言うか何で俺だけ。

 しかも何故か一日訓練した後みたいに体に力が入らなくなった。血を吸われたからか? ……人外に舐められて腰が砕けたと言う可能性は絶対に認めない。

 

「……リアム?」


 いつまでもソファに仰向けで転がる俺を不審に思ったのか、ウォレスが立ち上がり顔を覗きこんで来る。

 

「体が上手く動かない……」

 

 一瞬眉根を寄せたウォレスだったが、すぐさまあぁと納得した様に小さく溢すと、もう順応したのか噛まれ諦めたのかエルミネスの腕を普通に引っ張り呆れたように口を開いた。

 

「貧血だ。ただでさえ怪我して帰って来たばかりなんだ。ほら、処置するからエルミネスは責任とってリアムをベッドに運べよ」

「処置したら食べ放題?」

「まぁベッドの上だし、最悪失神しても大丈夫、かな? 医務室から増血剤を取って来るから大人しくしてろよ」

 

 人が貧血で倒れたってのに何言ってんだこいつら! 食べ放題な分けないだろ!

 そしてそんな物騒な会話をした後にウォレスは出て行くし、今日は本当に最悪だ。

 エルミネスは素直に言われた通り俺を抱え上げるとベッドに移動させ、そのままベッドの端に座りこむ。

 

「言っておくが処置しても食べ放題じゃないからな」

 

 目に見えて落ち込むな。自分でも餌付けって言ってただろう、そう簡単に餌なんてやるもんか。

 

「さっきの人間は巣に運べば大丈夫だと言っていたのに、他に何をすれば良い?」

「人間が嫌いなくせに何で俺にくっ付いて来た。これからどうするつもりだ?」

 

 するとエルミネスは眉を下げ困った様に小首を傾げると、ぼんやりと窓の外に視線を向けてしまった。

 言いたくないって事だろうか。本当に変な所だけ子供みたいだ。

 

「私はもう随分昔にこの世界に失望し見限っていたんだ。人やそれに変わる生き物が栄えようが滅ぼうが何でも良い。巣に近付かず放っておいてくれるなら何でも良かった。だがそんな所に今回の騒動だ、もう何もかも嫌だった。あのまま狂い死にしてしまいたかった」

 

 突然話しだすんだな。ウォレスが居ないからか?

 また暴走するわけでも無く大人しく座り込んだままだし、ただ話をしているだけだろう。

 

「どこもかしこも人間臭くて苦しくて、突然呼吸がしやすくなったと思ったら鼻先にリアムが座り込んでいた。人間に殺されてやるのは癪に障るが、この匂いになら殺されても良いと思った」


 窓から差し込む日の光を浴びたエルミネスの髪が艶やかに輝いている。

 そんな綺麗な顔で殺してくれなんて言うな。竜の姿だったらまだ良かったかもしれないのに。


「……それが俺について来た理由?」

「そう、逆鱗を一衝きしてくれれば楽になれるのに、リアムがそうしてくれなかったからついて来た」


 俺に殺されるのを待っている、と。

 竜にも自殺願望があるのか。と言うか、長い間自暴自棄だったのかこいつ。

 でもな、改めて殺してくれってお願いされて出来る程、俺は人間が出来てない。どうしたものか。

 なんて考えているとエルミネスが猫か何かのようにベッドの上を四足で歩き這い寄って来る。

 

「でも今はもう少し生きてみても良いかと思ってる」

「そうか、それはそれは……。で、それは今俺に乗っかってる事と関係はあるのかな?」

 

 重い。

 すらりとした体躯だが、普通の成人男性位はある。

 大分良くなって来たが倒れたばかりの人間に乗っかるサイズじゃない。って、人間の常識が通じる相手じゃないのか……。

 

「まだ食べ足りない。死なない様に気をつけるし、なるべく痛くしないから」

「気をつけるってレベルの話しじゃ無ぇ! 血を吸わないように我慢するんだよ! なるべく痛くしないって初夜かてめぇ!」


 必死に静止するも、獲物を前にした肉食獣の様に目を滾らせたエルミネスは、俺の体を踏み越えるとぐっと顔を近づけて来る。

 さっきまで大人しくしてたのが嘘みたいだ。


「無理。良い匂い。もう我慢出来ない、食べさせてリアム」

「っは……ぐっ……!」

 

 何が痛くしないだ、噛み殺す勢いじゃないかっ!

 大量に出血してるのが自分でも分かるし、エルミネスが血を舐めとる音と首筋に掛かる熱い息が徐々に荒くなっているのも分かる。

 

「エ、ル……もうやめ……?」

 

 さすがに身の危険を感じエルミネスの顔を掴み力いっぱい押してみると、意外にも手ごたえ無くどてっと隣に転がった。

 簡単な治癒術をかけ身を起してみると、酒でも飲んだ様なほんのりと赤ら顔のエルミネスが、自分でも不思議そうにとろんと虚ろに蕩けた目で俺を見上げていた。

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