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魔獣牧場3

 リディアには牧場の仕事の合間にやることがある。

 買い物から帰り適宜片付けをした後、牧場の仕事は父と弟に任せ一人奥の部屋に座り込み作業を始めた。

 小高い丘の上にあるリディアの家からは、平野から川、さらにその先の森とミクトラン山脈まで見渡す事が出来る。

 家の崖側に面した場所には、その景色を余すとこなく一望出来るように少し張り出した木の床が組まれ、等間隔に並ぶ床から天井までを貫く太い柱の間には、ガラス窓の代わりに床に腰掛けた時丁度肘置きになる低い位置に一本木を渡しただけの、その空間だけ異国のような造りの展望台の様な場所がある。

 リディアは落ちないようにそこに腰掛け、柱に凭れながら景色を見つつ裁縫や粉を挽く時間が好きだ。

 普段は店に卸す用の絨毯を織ったり糸を紡いだりするが、今は目前に差し迫った弟の成人の儀用の服に刺繍を施しているところだ。

 育てた羊から採った毛で機を織り、畑や裏の森で摘んだ草花で染色をする。留め具も木とラダの角を彫り仕立ても刺繍も自らの手で行う。

 それこそ文字通りリディアが手づから作り上げた衣装は、もう間もなく完成を迎えようとしていた。


「姉ちゃん、高山麦が届いたから納屋に運んでおいた」


 時折吹く春の風の音と、衣装に針を通した時の衣擦れの音。そんな静かな空間に若い男の声が静かに響く。

 声の方を向けばそこにはまさに今作っている衣装の主、弟のレマルクが立っていた。

 牧場の仕事の他に家事や店に卸す商品の製作を行う姉に代わり、昔からレマルクは自ら進んで力仕事や牧場の仕事を手伝う様にしていた為か、顔はうっすらと日焼けし、その恰幅は同年代の子等よりもがっちりと一回り大きいものだ。

 結果、成長期という事もあってか服を作ればすぐに破けたり着れなくなったりと、その都度服を修繕するリディアからすれば嬉しいような悲しいような現状でもある。

 

「それと、今日も来てるよ。さっき見た時は囲いの外にいたけど、あの様子だといつ囲いを飛び越えるか……」

「えっ!? この前囲い直したばっかりなのにっ!」


 レマルクが呆れ顔でそう口にした瞬間、リディアは作業していた衣装を床に投げ出し一目散に牧場目掛け廊下を走り出した。

 後方から聞える弟の悲しそうな悲鳴には振り向きもせず走り出したリディアは、街から帰って来た時の服装そのままで厩の中を駆け抜け放牧場に出た。

 放牧場の入り口で夫婦仲良く草を食む二頭の馬を確認してから、牧場の端から端へと視線を滑らせると、遠くで仲良く走る姿が見える。

 現在リディアの家にいる馬は三頭。

 仲良く隣で草を食む夫婦とその子供だけだが、今遠くでその子馬と楽しそうに走り回っているのが先程レマルクが言っていた者の正体。

 だが先程レマルクはそれは『囲いの外』に居ると言っていた。

 リディアは少しばかりの期待を胸に放牧場の囲いに視線を這わせたが、残念ながら願いも虚しく囲いの一部が大破していた。

 また囲いを直すのか。資材はまだあっただろうか、それとも切り出しに行かなければならないだろうか。

 分かっていただけに溜息も出ない。

 壊れた囲いの破片を一つずつ拾い集め放牧場の外に一まとめにし、大分時間も早いが事態が事態だ、大人しく近くで草を食んでいた二頭を厩の中に帰した後、リディアは子馬と囲いを壊した犯人の捕獲に向け歩き出した。

 遠目で見たら親子が仲良く走っている様にも見える光景だったが、歩み寄るにつれ徐々に違和感を覚える。

 小さな子馬に見えていたものは近づけばもう成体と言っても良い程の体格で、先程まで親馬と思っていたものは、通常の馬よりも一回りも二周りも大きな体格をしており、そして何よりも本来四本であるはずの足が六本もあるのだ。

 そう、囲いを壊し放牧場の中で元気に走り回っているのは『魔獣スレイプニル』

 本来懐きもしない魔物と言われるものが、毎日欠かさず牧場に遊びに来てはこうして元気に走り回っているのだ。

 さくさくと牧草を踏み締め二頭に近づいていくと、リディアに気付いたのか、走り回っていたスレイプニルが軽い足取りのまま駆け寄って来た。


「もう、また来たのね。もう少し待ってればちゃんと入れてあげたのに、壊しちゃダメっていつも言ってるでしょ。全く……直すにしても多分、今ある分の木材じゃ足りないわよ?」


 ただでさえ越冬後で物資も底をついていた状態だ。毎回くる度に壊されてはもはや足りない程度の話ではない。

 心底呆れた声色のリディアだったが、スレイプニルはそんな事お構い無しと言った様子で嬉しそうにリディアの頬に鼻先を摺り寄せ、前足で土をかいている。

 相手は見上げる程の巨大な体の魔獣。それが文字通り顔に触れる程の距離で鼻息も荒く動き回っているのは通常ならば恐怖以外の何ものでもないだろう。だがリディアにしてみればそんな巨大な魔獣も、魔獣の周りで遊び足りなさそうにしている子馬と等しく可愛らしいもの。

 いつも通り眼前に迫る鼻先を撫で回し、少し強めに首元を数度叩いてからリディアが一歩後ろに下がると、甘える時間が終わった事を理解したスレイプニルは名残惜しそうにゆっくりと首をもたげ、自身が壊した柵の方へ視線を向け動きを止めた。

 スレイプニルが姿勢を正すと、夕陽に照らされ黒曜石のような一切の淀みもない艶あるその体が日の光を反射し、リディアの上に水面のような幻想的な模様を描く。

 はるか高い所にある、柵に向けている体毛と同じ色を持つその双眸も瑞々しい輝きを放っているが、それは日の光による物ではなくスレイプニル自身から発せられる何かがそう見えているのだと思う程力強いもの。

 ミクトラン山脈から吹き降ろす柔らかな風に遊ばれる髪を押さえながら子馬を小屋の方に追い立てると、再びスレイプニルが鼻先を摺り寄せて来た。

 リディアが振り返るとスレイプニルはどことなく嬉しそうな顔で体や尾をそわそわと揺らしたり前足で土をかいたりと落ち着かない様子だ。

 普段ならば首を数度叩くあの仕草をすれば満足して甘えてくる事もないはずだ。それにどうにも甘えたいと言うような動きではなく何かを訴えようとしているように見える。

 不審に思いスレイプニルの首元に手を伸ばし撫でてやると、嬉しそうに三度擦り寄って来たかと思うとその場に突然膝をつき、鼻先でリディアを自分の横に押し始めた。


「え、なに? 乗れって事?」


 押し付けられスレイプニルの背に半ば凭れ掛かるような覆いかぶさるような体勢のリディアがそう呟くと、スレイプニルは少しばかり得意げに鼻を鳴らし、早く乗れとばかりに尾を忙しなく振っている。

 だが、なぜいきなり自信に満ち満ちた顔で乗れなどと言ってくるのかリディアにはさっぱり理解が出来ずに居た。

 ただ乗せて遊びたいのか、それとも良い所を見せたいのか。よく分からないがきっとそんなところだろうとリディアは一人納得し、改めてスレイプニルの背中に向かう。

 が、スレイプニルの背を前にし動きが止まる。簡単に乗れと言われてもさてどうするかだ。

 普通の馬ならば鞍を乗せるか、なければ裸馬でもリディアは問題なく乗れる。

 だがスレイプニルの場合は鞍の大きさが合わないばかりか、本来鞍を乗せる場所、普通の馬の腹の部分にも足があるのだ。

 もし特大な鞍があり上手く装着する事が出来た所で、走るスレイプニルの足に自分の足が巻き込まれるか、足の付け根に伝わってくる振動で振り落とされるか。いくら想像を巡らせても一つも良い結果が思いつかないばかりか、お互い怪我をする事しか思いつかなかった。

 

「んー……。ちょっと待って、今方法をかん――」

 

 そんなリディアの苦悩も知らず、スレイプニルは早く乗れと鼻先でリディアを押し続けていたが、痺れを切らしたのかついにリディアの襟を咥えると自分の背中に軽々と投げてしまった。

 人形のように無造作に乗せられたリディアが驚きで声も出ないのをよそに、スレイプニルは何事もなかったかのように立ち上がり悠々と歩き出した。

 スレイプニルの背に跨っていたリディアは、中の足に自分の足が巻き込まれないように、スレイプニルの歩行の邪魔にならないようにと短時間で色々な座り方を模索し、一先ず中の足の付け根の膨らみに足をかけ、スレイプニルの背中で小さく膝を抱えて座るなんとも居心地の悪く不安定な座り方に落ち着いた。

 巨大な体の割に足音も立てず静かに歩くのだなと、半ば現実を見失った感想を抱きつつゆっくりと壊れた柵から外に出ると、丁度ウルル達を小屋に戻そうと厩へやって来た父とレマルクと鉢合わせた。

 

「リッディ、ア……!? お前、なにして……」

「お父さん丁度良かった! 手綱とっ……あぁ、ハミが合わないか……。何でも良いから手綱の代わりになるもの頂戴! 落ちそう!」


 そう言ったそばからリディアの体はずるりとすべり、あわや落馬と思った所でスレイプニルに咥えられ難を逃れた。

 リディアをそっと降ろしたスレイプニルが一歩下がるのを待って、父とレマルクはゆっくりとリディアに近付き事情を聞く。

 

「もしかして……柵の材料になる木材を拾いに行くの手伝おうとしてるんじゃないか?」


 事の成り行きを聞いたレマルクがぽつりとそう零すと、リディアと父はごろりと地に身を投げ会話が終わるのを待っているスレイプニルに揃って視線を向けた。

 視線を感じたスレイプニルはすぐに立ち上がりはしたものの、近付きもせず放れる事もせずただリディア達が動くのを待っているか、その場を動かない。

 

「まぁリディアに懐いているし、遊びたいのもあるかも知れないな。だけど時間も時間なんだよな……」

「スレイプニルが一緒なら大体の事は大丈夫じゃない? 普通の馬よりも力は強いし、荷物もいっぱい運べそうだし、むしろ肉も獲って来てよ。それにあいつ、姉ちゃんに良いとこ見せたくて頑張りそうじゃん。なースレイプニルー?」


 若干無責任にレマルクはそう言うと、首を傾げひらひらとスレイプニルに手を振る。

 それが分かったのかどうかは定かではないが、スレイプニルは少し誇らしげに背筋を伸ばすと、一度だけ大きく鳴き声を上げた。

 しかしいくらスレイプニルが強くとも、日も暮れ始めて来た時分に娘を森に行かせるのは親としてどうなのだろうと父は決断を下せないでいたが、当の本人とその弟は気に留める様子も無く、さっさと弓や鞍の準備をし始めていた。

 

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