魔物に転生した俺(達)は記憶を頼りに食堂を始める事になった 1
今連載中の『秘境の飯屋―世界樹のブランー』の最初の案です。
名残はキャラの名前くらいで後全てボツになりました。
性格も設定も何も違いますのでご注意下さい。
「言い残す事はあるか?」
特に興味もないし、覚えておくつもりもないが、狩った獲物には礼儀としていつも聞く事にしていた。
俺の爪がその身に深く食い込み、間もなく事切れるであろうその者の瞳は、どこを見ている訳でもなく、ただ虚ろな色をたたえその時をまっているようだ。
「……ちゃわ……ん……むし」
ほとんど漏れ出した空気のような音だったが、俺にとってその一言は確かに人生を変えるほどのものだった。
それが俺達の出会いだった。
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転生者なんてよくある話だ。
そう呼ばれるかどうかは、ただ前世の記憶の有無程度の違いらしいのだが、そう考えると俺も一応転生者の部類に入る。
だが俺の場合は産まれた時からそうだった訳ではない。
まだほんの子供だった頃、溺れて死にそうになった時に、まさかの走馬燈が前世まで遡って行った事で、全て思い出した。
今は魔物――竜人だが、前世はしがないサラリーマン。毎日汗水垂らして走り回っていた。
だが、そんな記憶を持っていた所で、今の俺には意味のない物だった。
だからこそ、その事を誰かに話したり、その記憶を使って何かをしようとも思ってはいなかった。
「ねぇ! これ食べれるよ!」
何かをしようとも思ってはいなかった……のだけど、切っ掛けはこれ。
俺の足の上に飛び乗って来たふわふわの桜色の毛玉、今際の際に『茶碗蒸し』と言い放ったあの花ウサギだ。
あの一言で、今までどうでも良かった前世の記憶を誰かと共有したくなり、花ウサギが息を引き取る直前に竜の血、と言うか竜人の血を与え蘇生させた。
そのお陰で蘇生する前より、随分と逞しくなって、元気に飛び跳ねるし話しも出来るわけだが。
「これマジで食えんのかよ……?」
花ウサギが俺の足の上に引きずってきたのはキノコ。
しかし見るからに『オレ、毒キノコッス!』位の自己主張な色合いのやつだ。
花ウサギも竜人もこう見えて雑食。肉も魚も果実も食べるのだが、その雑食の俺の本能が、明らかに拒否する色合いのモノだ。
なぜこんな事をしているかと言うと、茶碗蒸し発言から始まり、元気になった花ウサギと話していたら、いつしか話題が料理の事だけになっていき、我慢の限界に達した二人はそれを再現する事にしたのだが。
「やっぱり出来ないかな……」
この剣と魔法とファンタジーな世界で、醤油?味噌?麹菌?そんなもの一切期待出来る訳もない。肉一つにしろ勝手が違いすぎる。
ましてや調理するにしても二人とも魔物。
俺は、顔こそは人間と同じ作りをしているが、膝から下は竜のそれと同じ。腰からは太い竜の尾が生えていて、おまけに羽と角もある。
これだけでは一見問題なく出来そうだが、問題は経験。前世から今まででも、焼く位しかしたことがない。
そして相方はまさにウサギ。
辛うじて魔物っぽい所は、額に生えた申し訳程度の三本の角と桜色の体毛だけ。
だが前世は料理人だったようで、料理経験は問題ない。
この二人で出来るのかすら妖しい。半ば諦めつつも可能性を探す。
「……て言うか、人間の街ならある程度食材やら調味料やらあるんじゃないか?」
以前、俺の巣の近くで野営していた冒険者達が、酒っぽい物を飲みつつ何か料理していたような覚えがあった。
調味料と調理器具位なら、どうにか目処は立ちそうな気がする。
人間の街に行くことになるが、俺達竜人は竜の姿にも人の姿にもなれる種族だから、人の街に行っても何の問題もないはずだし、実際、暇を持て余した竜人はそうやって遊んでいる位だ。
竜人はよく半端者とかリザードマンと一緒にされて馬鹿にされるが、俺としては便利だから結構気に入っている。
「街良いねっ! でもお金無いよ? 冒険者でも襲う?」
ふわっふわの毛玉が楽しそうに俺の足の上で飛び跳ねながら、存外に物騒な事を言っている。
まぁ、そう言うところはしっかり魔物らしいっちゃらしいのか。
「来るの待つのもなー……。適当に狩りでもして売ればいっか。確か近くにミノタウロスの巣があったよな?相場は知らんけどそれでいいか」
「……値段相場は分からないけど、きっとミノタウロスは高いと思うよ……」
気持ち良く伸びをしながら準備体操している俺の足元で、花ウサギは引きつったような顔で見上げている。
そうか、一応竜だから大概の魔物は何とも思っていなかったが、ミノタウロスってまぁまぁ強いのか。俺も人の事言えない位本能は魔物だったな。
十分伸びをして、足元の花ウサギを持ち上げると、そのままミノタウロスの巣を目指し、空に舞い上がる。
適当に一頭刈って行けば取り敢えずは良いだろう。
そんな軽いノリで、前世の料理の再現をする為街に向かった。