プロローグ
ーーその日の朝は、気持ち悪いほどの快晴であった。
「お父様。お話ってなんですか?」
いつもと同じ朝食の時間に私のお父様、アルフレッド・シルヴェストルに「大事な話がある」といつものヘラヘラとしたお顔ではなく真剣な顔つきで私に言った。
「セシルにはずっと黙ってきたのだがな…今日から新しいお母さんと一つ上お兄ちゃんがやってくる」
「はい!?」
その言葉を言ったらお父様はヘラヘラとしたお顔に戻ったどころか、いつもに増してヘラヘラとした。何だかお顔が赤くなっているので照れているのだろうか?…お顔は綺麗なのにその表情が残念だ。
私、セシリア・シルヴェストルはただの前世の記憶があるいたって普通の7歳の少女だ。え?普通じゃないって?普通…きっと、多分…普通だ。
私の前世は日本人の女子高生だった。
少女漫画が好きな私の兄が「食パンくわえて曲がり角でせーちゃんとぶつかりたい!」と言ったことから、それをしたら好きなものを買ってやると言う兄の口車に乗せられ協力したら兄妹にぶつかるどころか、居眠り運転していたトラックにぶつかられそのまま私たち兄妹はお陀仏ってわけで。
あっ!せーちゃんと言うのは前世で兄が私を呼んでいた呼び方だ。名前は瀬奈と言う。
そんなこんなで99%兄のせいで死んだ私は兄という存在が嫌いなのだ。
ちなみに今の私は公爵令嬢という何不自由もない地位にいる。子どもは私1人で、母は私を産んですぐに亡くなったらしい。
なので家族が増えるのはとても嬉しいことなのだ、が。
兄ができる。
前世のような兄だったらと思うと私は不安で不安で仕方がなかった。
「わかりましたわお父様。それで、新しいお母様とお兄様はいつお見えで?」
「実はな、もう来ているんだ」
お父様は席を立ち、自ら扉を開けて2人を招き入れた。私も失礼がないようにと席を立つ。
先に入ってきたのはとても美しい女性だった。綺麗なブロンドの髪に深緑の瞳。とても気品に満ち溢れており同性の私でも魅入ってしまうほどだった。
そして、彼女の後ろから現れたのは…
まてよ。
私はこの少年にとても見覚えがある。見覚えがあるっていうか初対面なのだけれど彼を知っているのだ。
そう、髪の色や瞳の色が違えどこの少年は『私の前世の兄』だ。
兄も私を見ると固まって目を大きく見開いた。
「セシル。こちらはクラリッサ。そしてこちらが彼女の息子のエドモンドだ。今日から私たちは家族だ」
エドモンド…前世で私の兄の瑛一は慌てて「よろしく」と言って頭を下げたので、私もハッとして「こちらこそ」と頭を下げた。
「…お兄様。少しお外でお話でもどうですか?」
「僕もそう思ってたよ」
お父様に「朝食を食べてからにしなさい」と言われたが、馬鹿兄貴が目の前にいるのに優雅に朝食なんて食べていられるか!とも言えるはずがなく、私は「私はお兄様との親睦を深めていますのでお父様はお母様とお二人でもっと親睦を深めては?」と言うと、それもそうだなと2人は照れてお話しだしたので、兄の手を取りシルヴェストル邸の庭へ出た。
庭へ出るまでは兄も私も始終無言で一言を話さなかった。
それは庭に出ても変わらず、静寂を破いたのは兄が先であった。
「せーちゃん、会いたかったっ!僕ずっとせーちゃんに謝りたかったんだ!ごめんね…」
「謝っても私の人生は戻ってこないんだからね」
ふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向くと、兄は土下座をしてまで謝り倒してきた。私もそこまでして謝っても欲しくなかったので慌てて立ってと言ったら「せーちゃんは優しいね!」と抱きつかれた。
抱きつき癖をやめろ!と腹パンをきめると瑛一お兄ちゃんは「やっぱりせーちゃんはせーちゃんだね」と言いへへっと笑った。
「僕ね、血は繋がっていなくともせーちゃんとまた兄妹になれてとても幸せだよ」
「私はまた瑛一お兄ちゃんに振り回されると思うと気分がどん底よ」
そう言うとあからさまに表情を曇らせる兄だが、やはりどんな最低な兄でも私の大切な家族なので再会できて嬉しくないことはないのだ。
たとえ過保護すぎて登下校は必ず兄同伴だったけど、弁当は兄が必ず毎日愛妻弁当みたいなものを作って友達に笑われたけど、勝手に私の布団に入ってきて一緒に寝てる兄だけど、私の大切な家族の1人だ。
ハッ!?待てよ!お父様は兄を一つ上だと言っていた。そうすれば兄は8歳。まだまだ教育してまともな兄に育てられるのでは!?私は納得してうんうんと頷く。私が真面目な兄に育ててやろう。
とりあえずまともな兄に育てることが私のこの人生での目標となる。
「私がエドモンドお兄様を立派な男として育ててみせるわ!まず、せーちゃんと呼ぶのはおよしなさい。セシルと呼んで」
「せーちゃんじゃだめなの?」
「グッ…ダメよ…セシル。セシルが私の愛称なの」
そんな美少年顔で上目遣いをされたら許してしまいそうだ。だが、私は心を鬼にするのだ…
「じゃあ僕のことはエドって呼んで。…2人の時だけでもせーちゃんって呼んだらだめなの?」
「……………………2人の時だけ…ね」
心を鬼にするのはあえなく失敗してしまった。だって美少年の上目遣いは半端なく強いんだもの!
これからどう兄を教育しようかと考えていると、兄はふと真剣な顔つきになり、私に言ったのである。
「せーちゃんは気づいてた?この世界が僕らが死ぬまでにやっていた乙女ゲームの世界だって」
ーーそう、この世界は乙女ゲームの世界なのだ。私はその事を思い出し、涙した。