四話 ロリコンキラー
◇ ◆ ◇
「ふぅ~、ただいま」
「あ、お帰り~」
家に帰ると、そこには当たり前のように初姫がいた。何故だ。何故家に初姫がいるという事実に、こんなにも違和感が無い。それが当然とばかりに、初姫は料理を作っていた。♥の模様が散りばめられたエプロンがあざと可愛かった。
「もうちょっとしたらご飯できるから、それまでそこら辺で待ってて」
「ここオレん家だよね?」
普通ならそのセリフ、オレが言うトコだぞ?
とはいえ、ご飯を作ってくれることに不満は一切無いので、オレは素直に部屋に行き、座る。そしてノートパソコンの電源を入れた。
パソコンが立ち上がるのを待つ間、オレはずっと初姫の後ろ姿を眺めていた。背が低いので、ダンボールを足場にしている。あの中には読まなくなった漫画がぎっしりだ。取り敢えず、中身を見られないことを祈っておこう。
右へ左へ、せわしなく身体が動く。身体が小さいからだろう。その度に、頭に生えた二つのしっぽが揺れる。いかん、可愛い。どうしよう。いや、どうもしなくて良いんだけど。
──思えば、オレは初姫のことを何も知らない。初姫もオレのことを殆ど知らないはずだ。だとしたら、この状況は随分と不自然なんだよなぁ。
パソコンが立ち上がったので、オレは先輩から借りたエロゲーのディスクを読み込ませる。勿論、初姫からは見えないように。ちゃんと音量はオフにしている。その点は抜かりない。
──そういえば、初姫は何で料理ができるんだ?
結構しっかりした性格のようだが、見た目は小学生だ。今どき小学生って料理もできんの?
パソコンの画面が切り替わった。相変わらずド直球なイラストだ。……って、え? ボイス付き!? どうしよう、音量オフはもったいないな……
オレは近くに転がっていたイヤホンを手に取る。そしてパソコンに端子を接続。音量をオンにした。
それからは、暫くオレはゲームに集中していた。いや、テキスト読んでイラスト見るだけなんだけど。つかこれ、抜○ゲーだろ。ストーリーがほぼ皆無なんだが。やっぱりハズレじゃねぇか。無駄に文章巧いけど。
だから、気づかなかったんだ。
「ご飯、できたよ?」
ひょいっと、視界に入り込む金色のしっぽとくりっとした目。
まさに目の前に、初姫がいた。
「てゆか、そんなに熱中して何して──」
「あ、初姫ッ!」
オレと彼女のセリフは、重なった。オレは慌ててパソコンを閉じようとして──
誤って、イヤホンの端子が抜けた。
それはつまり、スピーカーから音が出ちゃうということで。
『んんッ、やぁッ! あっ! あっ! あっ!』
「……え?」
初姫の表情が固まる。
『ひゃっ!? だ、ダメッ! そんなトコ……ッ。こ、これ以上はやんッ! も、もうイ──』
ぷるぷると、初姫の身体が震える。
「ド──」
初姫は、手に持ったおたまを振り上げた。
「ド変態ぃぃぃいいいいい!」
「ぐはあッ!」
見事に顔面に直撃。オレは倒れる。顔を真っ赤にした初姫は、乱暴にノートパソコンを畳んで床に落とす。
そして、どかどかと大股でキッチンへと戻る。その後、料理を持ってきて、これまた乱暴に置いた。
「ん、ご飯ッ!」
顔の赤みは、引いていなかった。というかぶすっとしている。
「う……、わ、悪かったよ。さすがに女の子のいる所でやるのは間違ってた」
というか、ならオレはどこでやれば良いんですかね? 十七歳なんだからそもそもやってはいけないとかいうツッコミは受け付けない。
「うぅ~。作戦失敗した……」
初姫はどこか悔しそうだ。作戦?
そう思って料理を見ると、それは肉じゃがだった。……あ~、なるほど。これはまたあざといチョイスだな。というかそんなにあざとさ強調して何がしたいのか。
「い……いただきます」
初姫は答えない。気まずい沈黙の中、オレは肉じゃがを口にする。
「あ……美味い……」
ちゃんと味が染みてる。ただ、美味いんだけど……なんだろう。どこか懐かしい味がした。こういうのをほっとするっていうのだろうか。
オレの声を聞き、初姫は一瞬表情をぱぁっと明るいものにしたが、オレが初姫の方に向き直ると、露骨に目どころか身体ごと逸らされた。まぁ当然だよな……
オレは、テレビを点ける。それはバラエティで、芸人やタレントがクイズに答えるという、ありきたりな番組だった。
肉じゃがを口にしながら、オレはぼーっとテレビを眺める。仲直りって、どうやってするんだろう。友達と喧嘩したりした覚えの無いオレには、分からないことだった。
肉じゃがはあっという間に食べ終え、手持ち無沙汰にテレビを眺めていた時だった。
「その……さ」
初姫がおずおずと口を開いた。
「浅葱は……その、さっきのみたいなえっちぃゲーム、よくやるの?」
「よくはやらないな。人から借りた時だけだ」
さすがに自分で買いに行ったりはしないってかできない。オレ背が低いから誤魔化せないんだよね。基本的にオレがエロゲーをプレイする場合、そのエロゲーは決まってくるりん先輩のものだ。
「じゃあ、さっきのも誰かから借りたもの?」
「ん、あぁ。部活の先輩から布教されてな」
「布教?」
意味が分からなかったようで、初姫はきょとんとする。くりっとしたエメラルドグリーンの瞳がオレを見つめていた。ロリコンキラーだなお前。
「オタクが人に自分のお気に入りの作品を勧めたり貸したりすることを布教っていうんだよ。そうしてその作品の信者……まぁ、ファンを増やそうって魂胆だな」
「? そんなことして何になるの?」
「何って……自分の好きなものを他人にも気に入ってもらえると、嬉しいだろ? あの……ほら。仮に初姫に彼氏がいたとするぞ?」
「へっ!?」
ピンときていなかったようなので、分かりやすい(と思われる)例を出すと、初姫は虚を衝かれたように狼狽える。少し顔が赤くなっていた。……何なんだ?
「まぁ仮に、だ。それで、初姫が他の女の子から『初姫ちゃんの彼氏カッコいいね』とか言われると、嬉しいだろ? そんなモンだ」
「う……ん……」
煮え切らない返事だな。
初姫は少し上目遣いに、オレをじぃっと見ていた。ロリコンキラーな上に、何故そんなにもじもじとする必要がある。
「でも、私は……その……」
「ん? 何だよ」
「もし彼氏ができたら……独り占めしたい……かな。その人のかっこよさも、あたしだけのものにしたいっていうか……」
「お前……ヤンデレ属性も持ってたの?」
「? ヤンデレ?」
「いや……分からないなら良いけど」
ちょっと目の前にいる幼女の将来が不安になっただけです。
「じゃあ、あのゲームは浅葱が選んだものじゃないってこと?」
「そうだな。実際、ああいうの趣味じゃないし」
「? じゃあ、何が趣味なのよ」
「え? そ、そりゃあ小さめの、できれば見た目は小学生くらいの女の子が──ハッ!」
いかん、本音が口を衝いて出てしまった。
暫く初姫はぽかんとしていたが……オレの言わんとすることが分かったらしく、はっと口を開く。
「そ、それって……ロリコン?」
「そうとも言う……」
実際そうとしか言わないけどな。いかん、これを幼女相手に言ってしまってはマズかった。
「……ふ、ふ~ん? そうなんだ。いや、全然興味なんてないけど」
そう言いながらも、初姫はどこか嬉しそうだった。いやいや、何でだよ。
「昔から、変わってないのかな……」
「ん? 何か言ったか?」
「何でもないわっ」
強気な口調で、しかし少しにやけながら初姫は言った。もう訳が分からん。考えるのを放棄してやろうか。
「浅葱ってさ、いつからロリコンなの?」
「い、いつから……?」
変な質問だった。ロリコンに目覚めた時期を聞かれても……
「……あ。もしかして、アレかな」
「『アレ』? アレってどれよ」
「いや……。殆ど覚えてないんだが、昔オレは好きな子がいたはずなんだ。たぶん、その子の面影だけが心に残って……気づいたら、その子と同じような体型──つまり幼女──が好きになってたんだ。たぶん」
殆ど覚えていない。でも、確かにオレの過去には、一人の少女がいた。見た目も覚えていないが、確かにオレは、その子と小学生──たぶん低学年──の間、過ごしていたはずなんだ。実は低学年というのも、オレの憶測に過ぎないが。だって高学年ならもっと覚えてるだろ?
告白したかどうかも覚えていない。だが、物心ついた時にはもう、その少女はオレの隣から姿を消していた。だが、無意識下にオレはその子を思っていたのかもしれない。いや今思い出したくらいだからよく分からんが。
「そ、それって……」
すると、何故か初姫が口をあわあわと動かす。どうした。
「……? 何か思い当たる節でも?」
「え? い、いや……何でも」
初姫は露骨に目を逸らす。その行為には、何か重要な意味が含まれていそうだったが……さっぱりその意味は分からなかった。
初姫はそのまま、食器を片付けにキッチンへ向かう。結局、彼女の謎の反応については詳細不明なままで終わった。
「あ、そーいえば、言い忘れてたんだけど!」
「ん? 何だよ」
キッチンから戻ってきて、ひょこっと開いたドアの隙間から顔だけを出す初姫。仕草があざといね。
「麗光学園だっけ? 明日、あたしも浅葱と一緒に行くから」
……そういうことは、もっと早く言って欲しかった。