十七話 これで……おしまい
◇ ◆ ◇
「で、どこから話せば良いのかな?」
初姫はオレにそう尋ねた。
「どうすっかな……。取り敢えず、初姫の呪いの話からいくか」
オレはそう返事をする。いきなり本題に入るのは、どうしてだか、躊躇われた。
無事に我が家に到着し、オレと初姫は現在テーブルを挟んで向かい合っている。テレビも点けておらず音が無い為に、やや緊張した。
「じゃあ、呪いの話からするね。あたしにかけられた呪いは不変。変わらないってこと。だから、あたしの身体は十年前、七歳の頃から変わってない」
「だろうな。だから幼女なわけだ」
「ま、まぁそうね。変わらないから身長も伸びないし、体重も増えないし、二次性徴も来ないし……そ、その。アレも来ないわ」
「『アレ』? アレって何だよ」
「いや……だから、アレよ。女の子ならいつか迎える……アレ」
少しもじもじとしながら話す初姫。
「……あぁ、初潮か!」
「言わないで!? あたしが『アレ』って表現した意味無くなっちゃうじゃん!」
そうは言ってもねぇ? 分からないものが分かった時の、あのアハ体験は形容しがたい嬉しさがある。声に出しても仕方ない。いやセクハラとかじゃなくて。
「この呪いのせいで、あたしはこれからもずっとこのままだし、子供も生めないの」
初姫はしゅんと縮こまった。確かに子供が生めないという事実は辛いものがあるだろう。
「いやでも大丈夫だ!」
「え、何が?」
オレは声高に叫んだ。
「初潮が来てないってことはな! つまりは毎晩犯り放題っていうエロゲ的フラグ──」
閑話休題。
「まぁあたしの呪いについては以上ってとこかしら。これに関してはあんまり語ることないしね」
「そうですね。では次に、本題へと参りましょう」
あ。ちなみにオレの後ろにある壁に深々と刺さったナイフは気にしない方向で行きますんで。
「初姫。お前は過去に、何をした?」
それは、オレが一番聞きたかったことで。
オレがずっと、聞けなかったことでもある。
「……。あ、たしは……」
初姫は、その重い口を開いた。
「殺したの。沢山の人を。そして──浅葱も。あたしが殺したようなもの」
「……。やっぱり、か──」
大体、分かっていたんだ。その真実は。どう考えても、そうとしか思えなくて。
「やっぱりって? まさか……覚えてるの?」
「ぼんやりとな。でも、全て覚えてるわけじゃない。だから、聞かせてくれよ。文句は後で言うから」
オレの言葉に、初姫は唇をきゅっと結んで、視線を落とす。やはり話したくはないらしい。
「話せよ。いつまで逃げるつもりだ」
だからオレは、敢えて厳しく言葉を放つ。
「十年も、お前はオレから逃げていたじゃないか。ずっと、寂しかったよ」
寂しくて、寂しくて、寂しくて。
オレは──過去の記憶を海馬の隅に追いやった。あの惨劇を、そして彼女との思い出を、忘れたんだ。そうすることで、寂しさを紛らわせた。
「……。きっかけはね、あたしの家にあるの」
初姫は、語る。オレが忘れてしまった──いや、オレが目を背けた、過去を。
「あたしと浅葱は小さい頃から一緒に遊んできた幼馴染。毎日楽しく遊んでたし、仲も良かったよ。互いの家に遊びに行ったり、一緒にお風呂に入ったり、い、一緒に、き、キ、キ──」
「キスもしたよな。うわー懐かしい」
「!? お、覚えてるの?」
「だから、ぼんやりとだよ。全て覚えてるわけじゃない」
でも、オレは覚えている。あの感触を。あの熱を。あの鼓動とドキドキを。
それは今まで、オレが意図的に忘れた過去で。
そんな大事な思い出まで、オレは仕舞いこんでしまったんだ。
「ま、まぁ。そんなこんなで仲良くしてたんだけど、その仲の良さが仇となったわけ。十年前の七月ニニ日、金曜日のことよ」
その日付には、聞き覚えがあった。そうか。うらら、君は、そのことを伝えたかったんだ────…
「その日はヤクザ同士のいざこざがあった。詳しいことは知らないけど、家にもあたしの知らない怖い人が来たわ。その時あたしの家には、浅葱もいた──」
「……なるほど。オレは、巻き込まれたのか」
「そうよ。とっても暑い日だったわ。浅葱は巻き込まれて、瀕死の状態だった。そしてあたしは、家にあった指輪の能力を使ったの。覚えてない? その時のこと」
「結構、覚えてる。やっぱりあの緑眼の少女は初姫だったんだな」
「そう。呪いのノルマとして週一で人を救うか殺すかするっていうのがあるけど、それは『後払い方式』の場合。あたしは、『先払い方式』を使ったわ」
「先払い? どういうことだよ」
「先に沢山の人間を殺して、生贄にするってこと。殺した人間の数は相当だったわ。そして──その命の数は、浅葱が十年間生きられる分だったの」
その時、オレは思い出した。確かあの時、初姫は次に話せるのは十年後と言ったのだ。あれは、そういう意味だったのか……
「だから十年後の今、あたしはこのD市に来たの。指輪も持ちだしてね。でも、ちょっとした誤算が起きた」
「オレと、ばったり遭遇しちまったってことか?」
「そうよ、びっくりしたわ。そして──またしても、浅葱はあの場で死んでしまった」
「……何でだ。何でオレを守らなかった?」
うららが分からなかった一つの疑問点。何故、オレを守らなかったのか。
「……ごめんなさい。守らなかったんじゃなくて、守れなかったの」
初姫は頭を下げる。鬱金色のビッグテールがふわりと揺れた。
「あんな本職の奴ら五人を相手にして勝てるあたしじゃない。それにね、浅葱はもうすぐ死ぬ運命だったの」
「あぁ……寿命がもうすぐだったってことか?」
「そう。先払い方式の悪いところはね、延命ができないの。最初に払った犠牲の分以上延命させることができない。だから、浅葱が寿命を迎えるのを待ってから、指輪の力を使おうと思ってたの。指輪って一回使ったら二度とは使えないし」
「だからオレに指輪を付けさせたのか」
「そうよ。十年の間に、あたしは人を殺さずに済む方法を見つけ出した。だから、浅葱に指輪を付けさせようって思ったの。そして、ずっとあたしが浅葱を支えるんだって決めてた」
「……」
「これで……おしまい。これが、あたしと……それから、浅葱の過去だよ」
「……」
「……」
「…………初姫」
「何」
「お前……最低だな」
ビクンと、彼女の身体が震えた。オレの言葉はナイフとなり、彼女の心に突き刺さる。
「何百人と人を殺しておいて、よくも今までのうのうと生きてこれたもんだ……。しかも、その理由が死んでしまった人間を生かす為……聞いて呆れる」
「そ、そんな! あたしはただ、浅葱がいなくなるのが嫌で……」
「良いか。お前は、やってはいけないことをしたんだよ」
言葉というものは、様々な形に変化する。人を癒やす光となることもあり、人を傷つける凶器ともなり得る。
「きっと初姫は当時、自分のせいでオレが死んだと思ったんだろう。でもな、どんな理由があっても死んだ人を生き返らせるなんて、やっちゃあいけないことなんだ。そのせいで多数の犠牲が出て……しかも、うららという殺人鬼を生み出した」
そうだ。きっとあの事件が無ければ、うららという殺人鬼は生まれなかったはずなんだ。
「彼女の口ぶりから察するに……たぶん、初姫が殺した人間の中に、うららと近しい人物がいたはずなんだ。父親あたりが有力だけど……まぁそれは良い。お前は、そのことも分かっているのか?」
「……! で、でも……でも……!」
「お前は間違っていた」
はっきりと。
オレは、初姫を否定する。
「死んだら死んだで、悲しんで終わりってのが正しい人間のありかただろ。そこで生き返らせようなんて考えたから……色々と、狂ってしまった」
「……! じゃあ、あたしは、どうすれば……」
「さぁ? どうもしなくて良いんじゃないか?」
そう言うと、初姫の目から涙が零れた。心がチクリと傷んだが、仕方ない。初姫はやってはいけないことをしたんだから。
「これから何をどうしたって犯した罪が消えるわけじゃないし、過去も無くならない。初姫ができることなんて、何もないとオレは思う」
初姫は黙っていた。大量の涙が目から溢れでて、頬を伝う。そう、彼女が犯した罪は大きい。
「だから──好きに、生きたら良いんじゃないかな」
「え?」
初姫は顔を上げた。その目は赤くなっている。落として上げる、じゃないけど、オレは彼女に救いの手を差し伸べた。
「輪廻転生を信じるわけじゃないけど、現世で犯した罪は来世に必ずしわ寄せがいくだろうし、初姫はたぶん、死んだら地獄に堕ちるだろ。罪はその時に償ったら良いさ。初姫が生きている間に罪を償うなんて無理な話だし、だったら好きに生きたら良いんじゃないかとオレは思うけどな」
「そ、そんな……。だって、あたしは……」
「大体、オレも同罪みたいなモンだろ」
「え?」
初姫は赤く腫れた目を丸くする。
「思い出したんだ。オレはあの時、祈ってた。生き返ることを。そして、初姫がオレを生き返らせてくれることに、期待してたんだ。初姫の行為を止めようとなんて、しなかった。オレもたぶん同罪だ」
「ち、ちが……っ。浅葱は何も悪くな──」
「本当に、そう思うか?」
オレはぐいっと顔を近づける。初姫は多少仰け反った。
「幼馴染にこんな罪を負わせて、人生を台無しにさせ、しかも殺人鬼まで生み出した。オレがいなければ、こんなことは起きなかったんだ。本当に、オレに責任が無いと思えるか?」
「だ、だったらあたしがいなかったらこんなことにはならなかったじゃない!」
「そうかな。もし初姫がいなかったとしても、オレはたぶん隣の家の騒ぎが気になって覗きに行ってたと思う。オレの存在が、初姫を狂わせたんだ。だからオレも同罪だよ」
「……っ。なん、で。何で浅葱はそんな風に思えるの? どう考えてもこじつけじゃない。何でそんなにあたしに優しくできるのよ……!」
「……初恋の相手に、そんな冷たく当たれるかよ」
「……へ?」
初姫はきょとんとした。その反応に、オレは気恥ずかしさを覚える。
「やっぱし、どうしたって初姫を悪人だとは思えないんだよな。やったらいけないことを初姫はやったわけだが、それでもオレからすれば初姫は『良い子』だし。家事全般ができる幼女にしか見えないぜ」
「幼女は余計なんだけど……」
そう言った初姫の頬は真っ赤だ。きっと今の言葉は、彼女の照れ隠しのようなものなのだろう。
「だから、これからもオレを支えてくれよ。オレ一人じゃ呪いのノルマなんて達成できる自信ないし。良いだろ?」
「……良い、の?」
「あ?」
エメラルドグリーンの瞳を潤ませ、上目遣いで。
ちょっとしたあざとさも見せながら、初姫はオレに確認する。
「あたしで……良いの?」
「……勿論。なんせオレはロリコンだからな!」
「何故に自慢気だし……」
そうぼやきながら……初姫は立ち上がり、オレの隣に来て、座る。熱を持ったちっこい身体を、オレに預けながら。
それから、数十分後。
初姫が小さく呟いた。
「ねぇ」
「何だよ」
「あたしたち、毎晩別々に寝てたよね?」
「そりゃあな。つかお前の提案だけどなそれ」
「うん。でも、今晩だけなら一緒に寝ても良いよ?」
「ま、マジで!?」
「う、うん。で、でもヘンな意味じゃないのよ!? あくまで睡眠的な意味であって……」
「分かってるって。初姫の身体を触るだけで我慢しとくから」
「……やっぱり今の話ナシで」
「はぁぁああああ!?」
オレは異議を唱える。
「Why!? そっちから提案しといてやっぱナシって何だよ。生殺しだ!」
「いや、だって……アンタ本当に理性保てるの?」
「自信は無い。が、この場では保てると断言しておく」
「うん。やっぱダメね一緒に寝るのは」
「く、くそ……っ」
オレは両手を地面につく。しかしよくよく考えてみれば、一緒に寝てしまえば本当にくるりん先輩が言った通りのR18展開になりかねん。しかも相手は幼女。犯罪臭がプンプンする。初姫がイエスマンじゃなくて本当に良かった。
「じゃあ、あたしお風呂に入ってくるね」
「あぁ、行ってらっしゃい」
「……覗かないでよ?」
「大丈夫。この部屋にいたってシャワーの音聞こえるから!」
「……ナイフ、もう一本イッとく?」
「遠慮しておきます」
今まで気にしない方向できたが、後ろの壁に突き刺さっているナイフを見て、オレは顔を青ざめる。というか、オレがシャワー浴びてる時初姫部屋にいたはずだよな? 初姫も知ってただろそのこと。
初姫はそのまま洗面所へと向かった。オレはその背中を見送って……ふぅと、溜息一つ。
一時はどうなることかと思ったが、無事平和的決着に成功した。オレが願っていた、これからも初姫と一緒に過ごすという目的は達成されたことになる。
シャーと、シャワーの水音が聞こえた。その音だけで何だかドキドキする。
初姫の話の甲斐あって、オレは今、結構昔のことを思い出している。昔からオレは、初姫のことを意識しまくってたんだ。よくラノベなんかで主人公が幼馴染と何も気にせず一緒にお風呂に入ったとか、そういう回想が出てくるが、オレは違う。当時から初姫のことが好きで仕方なかった。今はどうだろう。今は──
ふと、シャワーの音が止まった。ということは、今は身体か頭かどちらかを洗っているということになる。
──やっぱ覗きに行こうかな……
──ってイカン。ナイフで調理される。
大丈夫と言っておきながらこんなことを思ってしまうあたり、この先本当に大丈夫なのか、心配です。主にオレの理性が。




