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オレと呪いと幼女と青春  作者: 碧空澄
第三幕 鬼
18/22

十五話 愛し合いましょう?


                ◇ ◆ ◇



「おかしいと、思ってたんだ。お前の作戦は殆ど完璧だった」

 冷静に考えれば、矛盾点は沢山ある。それは、さっき語った通りだ。

「オレは、本当はお前に騙されるはずだったんだよ、うらら」

 彼女──うららは、不気味な笑みを顔面に張り付け、立っている。

 地面には、彼女が狩りとった命が横たわっていた。まだ──身体は消えていない。

 なるべく『それ』を見ないようにしながら、オレは言う。

「そう──くるりん先輩という、存在が無ければ」

「ふふっ。そこまで気付きましたか。ま、当然ですかね。い~っぱいヒントは散らしましたから」

「やっぱり、お前はわざと矛盾を作ったんだな」

 うららなら、きっとオレに疑われるような証拠を一つも作らないことだって可能だったろう。だって、誰にもバレずに今日まで生きてきたんだから。

「くるりん先輩がオレにアドバイスしてくれなければ、オレはきっと初姫を化物だと思い込んで、縁を切ってたと思う。そして……呪いで死んでただろうな。きっとオレ一人だけじゃあ、呪いのノルマは達成できない」

 もっとも──目の前の人間みたく、『殺人鬼』へと変貌した可能性も否定はできないが。

「そしてくるりん先輩をけしかけたのは……紛れもなく、うらら、お前だ」

「そうですね。私がくるりん先輩に朝霧先輩が悩んでいることを話さなければ、きっとくるりん先輩は朝霧先輩を呼び出すことなんてしなかった」

「呼び出したってことまで知ってるのか……。まぁ良い。たぶん、オレはくるりん先輩に相談するなんて選択肢、浮かばなかったと思うよ」

 うんうんと、満足そうにうららは頷く。右手の中指にはどす黒い指輪が嵌まっており、その手は剣を握っていた。

 ──あれは、西洋の剣?

 中二病をこじらせたオレなら分かる。あれは、斬るというよりは突くに特化したものだ。

「たぶん、うらら。お前の最大の目的は、オレに矛盾を気づかせ、お前が神隠し事件の犯人だと気づかせること」


「止めて欲しいんだろ? この一連の事件を」


 すると──

「ふふっ。やっぱり朝霧先輩、頭の方はよろしくないですね。間違いですよ? それ」

 うららは笑う。嗤う。嘲笑う。

 その口元に、冷徹で非情で酷薄な笑みを、滲ませて。

「私の目的は、この手で朝霧先輩、あなたを殺すことです」

 ニヤッと上がった口角。気温が数度、下がったような気がした。悪寒がする。でも……汗は、止まらなかった。

「実は私、朝霧先輩のことが好きなんです。もう分かってると思いますけど、私って『殺人鬼』です。人じゃあ無いんですよ。だから、雰囲気も独特で、あまり人も近寄ってこないんですよね~。でも朝霧先輩は違ったんです」

 うららの顔に、影が差した。暗い、昏い、影が。

「馬鹿で鈍感な朝霧先輩は、私の雰囲気に気づいていなかった。気づいていて敢えて普通に接してきたくるりん先輩とは違って。それが普通に嬉しかったんですよ。可笑しいでしょう? 殺人鬼が人に恋するなんて」

 だからね? うららは優しい声音で、笑って言った。

「先輩を殺したいんですよね……ダイスキだから!」

 雰囲気が変わった。指輪は黒く輝きだし、その笑みが何か、邪悪なものへと変わる。

 ──これは……ヤバい!

「冥土の土産に、良いものを見せてあげます。何故神隠し事件では血と服は残り、肉体だけが消えるのかを」

 ぺた。ぺた。ぺたん。

 すると、どこかから足音が聞こえてきた。地面が砂でできた公園で、そんな足音は出ないはずなのに。

 うららの後方に広がる闇。そこから、人影が現れる。

 それは──『うらら』だった。

「────〰〰ッ!?」

 布を一切纏わない、生まれたままの姿。でも、扇情的などとは決して思わない。何故なら──身体が、腐っているからだ。

 鼻を突く異臭。あまりの臭いに、オレは鼻をつまんだ。うららは……笑ったままだ。

 そのうららに似た化け物は、うららのすぐ傍で横たわる命を見て、ニタリと笑う。

 化け物が、膝を付いた。そして、顔を近づけて────…

 グチャリッ!

 食べた。

 グチャッ! バキゴキグキンッ! ビシャッ!

 肉を噛み、骨を砕き、血を飲む。物凄い勢いで、化け物は人間を喰っていた。まるで何かに取り憑かれたかのように、どうしようもない飢えを満たすかのように、一心不乱に人間を喰う。

「う……あ……ッ!?」

 人類最大の禁忌、カニバリズム。それを目の当たりにしたオレは……

「浅葱! 見ちゃダメ」

 ぐいっと、袖を引っ張られる。振り向くと、そこには初姫がいた。

「あんなもの、見ないほうが良い」

 初姫も、目を逸らしていた。そう。あんなもの、見ないほうが良いんだ。

「『あんなもの』とは失礼ですね~殺人鬼さん。あなたも私と同じ種類の生き物でしょう?」

「! 何を、言って……」

「本当は朝霧先輩も、気づいているんでしょう? 初姫先輩の正体を。なんせ、私の正体を暴いたんですから」

「やめろ、もう言うな……」

「せっかくですから、先週の夜に女性が何故初姫先輩を『鬼』と呼んだのか、教えてあげますね。簡単です。女性は視えてしまったんですよ。初姫先輩の正体が」

「やめろ……!」

「初姫先輩は、殺人鬼。人間じゃ、ないんですよ……!」

「〰〰〰〰〰〰ッ!」

 オレは何も言えなかった。ただ、歯ぎしりをすることくらいしか。

 もう、分かってるんだ。過去の、緑眼の少女の正体は。初姫が目の前に現れたのも、何も偶然じゃあないんだって。

「あ……さぎ……」

 初姫はオレの名を呟く。その綺麗な顔は少しくしゃくしゃになっており、今にも泣き出してしまいそうだ。否定、しないのか……

 やがて、響いていた食事の音が止む。見ると、化け物が満足そうに笑いながら、闇へと歩き出していた。そのまま姿が見えなくなる。

「さて。では、始めましょうか」

 うららは、一歩、踏み出した。

「愛し合いましょう? 先輩っ!」

 そのまま、彼女は走りだす。こちらへと向かって、全速力で。

「──ッ!」

 オレが身構えるのと、初姫が走りだしたのはほぼ同時だった。

 ガキンッ! 生じた剣戟の音。うららの剣と、初姫の包丁がぶつかっていた。

「それ、ただの包丁ですよね? 殺し合いを舐めてるんですか?」

 強引にうららは剣を振り抜き、そのまま突く。初姫はそれを交わして包丁を差し向けた。

 だが、決定的にリーチが足りない。それが届くよりも前に、うららは前蹴り。初姫を蹴り飛ばした。

「は、初姫!?」

「人の心配をしている場合ですか?」

 うららは目の前に迫っていた。オレは慌てて……尻もちをつく。

 さっきまでオレの頭があった場所を、剣が突き刺した。あ、危ねぇ! 死ぬところだった!

「させない……絶対にさせない……!」

 そのまま剣をオレに刺そうとしてきたうららに、横から初姫が割り込んだ。包丁を振る。

「あぁ、ごめんなさい。『人』ではなくて、殺人鬼でしたね。間違えました」

 包丁をいとも容易く躱し、いなしながら、うららは喋る余裕すら見せる。

「初姫先輩、殺し合いに慣れていませんね? そんな型にはまった体術では、化け物を殺すなんて無理ですよ?」

 すると突然、うららは自身の得物である剣を初姫に向かって投げた。え? 自分の武器を……!?

 当然初姫は避けられず、それをもろに受ける。刀ではないので皮膚が切れるなんてことはないが、普通に痛いはずだ。

 殺人鬼は、その隙を見逃さない。

 腰から備え付けていたらしいナイフを抜き、振り抜く。初姫の顔面が、斬られた。

「……っ!」

 更に、心臓に向かってうららはナイフを一突き。ぐりんとその刃を回すと、すぐに引き抜いてバックステップ。初姫は膝から崩れ落ちた。

「初姫!」

 オレは駆け寄ろうとして……しかし、初姫はすぐに立ち上がる。

「つッ。痛ったーっ! あ~あ。死なないからって、痛くないわけじゃないのよねー」

 そこにはいつもの初姫の姿があった。服は破れているが、傷跡はない。

「うわっ、本当に化け物ですね~。何回殺せば良いんですか? それとも、全身小分けにでもすれば動けなくなります?」

 うららが持っているのは、恐らくアーミーナイフ。あんなもん、どこで入手したんだ……

 先程投げた剣を拾って、ナイフを仕舞う。腰には鞘が備え付けられてあった。超武装してんじゃねーか。殺る気満々らしい。

「この剣だと、斬るのが難しいんですよねー。ハンマーみたいに叩いて叩いて叩いて。腕をぐちゃぐちゃにして千切っちゃうのが良いですかね? 個人的に、ナイフってあんまり好きじゃないんで~」

 無邪気に笑いながら、うららはとんでもないことを口にする。怖れるべきは無垢。そんな言葉が脳裏に浮かんだ。

 うららは跳躍。高く跳んで、初姫に向かって剣を突く。

 当然初姫は回避。後ろに跳んでその凶刃から逃れた。

 だが、その反応がマズかったらしい。

 うららは地面に突き刺さった剣を、思いっ切り振り上げる。少なくない量の土が初姫の顔面に掛かった。

「う、わ……っ」

 視界が覆われ、初姫は一瞬行動が止まる。

 殺人鬼は、その一瞬を見逃さない。

 うららはおもいっきり初姫の太腿に剣を突き刺し、力任せに振り抜く。斬ることを想定していない剣が、肉を裂いた。

「うぐ……ッ!?」

 飛び散る肉片。たまらず初姫は膝を折る。

 うららはナイフを抜き、首に突き刺した。そのまま、胴体と首を分離しにかかる。

 間一髪、というべきか。

 初姫は包丁を振った。それがうららの腕にかすり、うららは距離をとる。満身創痍の初姫は──しかし、数秒で元通り。

「うわー、厄介ですね~。やっぱり切り離すしかないかなぁ。まさか斬った脚がまた生えてくるなんてオチは無いですよね?」

 うららは余裕そうだ。包丁が腕をかすったとはいえ、所詮かすり傷。どうってことは無いらしい。というか料理用の刃物を戦闘に使ったって、すぐに刃がダメになる。きっと刃こぼれしているだろう。そもそも、このままだと包丁は折れる──

「浅葱、逃げて!」

 そう言った初姫の表情は必死だった。それを見たオレは。

「……ッ。くそ!」

 その場から、逃げ出した。

「あー! 先輩、逃がしませんよぉ~っ!」

 殺人鬼の声を、間近に聞きながら──

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