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オレと呪いと幼女と青春  作者: 碧空澄
第二幕 記憶
11/22

九話 幽霊って何?

                ◇ ◆ ◇



「あの……オレは何か悪いことしましたか?」

「当たり前でしょ……あ、あたしの……あたしのあたしを見たんだし!」

 初姫の発言がやや意味不明になっていた。

 一応、初姫は下着を穿いていた。下だけ。上は……うん、脱いだんだろうね。何でだろうね。

 あの後、オレは初姫に何度もぽかぽか殴られた。幼女の連続パンチなどただのご褒美でしか無かったが、それを言うとそこら辺にある道具を使われる可能性があったので痛がるフリだけしておいた。なんせ近くに包丁の売り場があったんでね……

 結局。初姫はあのワンピースは諦め、清楚な白のワンピースとか、カットソーとか、アレとかソレとかを購入。ファッションに疎すぎて、ろくに服の名前すら言えなかった。でもね、白っぽいものが多いということだけはオレにも分かったんだ! それで十分!

「つかさ、無意味に背伸びしてあんな大人っぽいモン選ぶからいけないんだろ。無難にプリ○ュアがプリントされたTシャツとかにしとけば良かったのに」

「どこが無難!? アンタあたしを何歳だと思ってんのよ!」

「えと、八~十の間くらいかと……」

「高校生だから! アンタと同い年だから!」

「あ……え? 嘘だよね? だって、それ……」

「あたしの胸を見て露骨に苦笑いすな! 仕方ないじゃん成長しなかったんだもん! ちゃんと風呂あがりに牛乳飲んだりレタスいっぱい食べたりしたのに!」

 あ、一応努力はしたんですね。しかも有名どころのキャベツではなく生で沢山食べられるレタスをチョイスしているあたりガチだ。

 いや、でもさっきの光景から察するに、一切効果は出ていないかと……っていかん、これ以上はやめておこう。

「てゆか、マジで何であんなワンピース選んだんだよ。オレから見てもサイズ合ってないって分かったんだから、初姫も最初から無理だって分かってたろ」

「だ、だって……」

 すると、初姫は少しいじけたように顔を背けて、

「あたしだって、周りの皆みたいにオシャレしたいもん。大人な服着たいもん……」

「あぁ……」

 周りを見渡す。そこには、今をときめく若くて綺麗な女性がいっぱい。年齢的には初姫とは然程変わりなさそうだ。しかし見た目が幼女な初姫には、その女性たちがさぞかし『大人』に見えているだろう。なるほど、そういうことか。

「まぁ気持ちは分からなくもないが、初姫に『大人の女性』は無理だぞ。現実を見ろよ」

「そ、そんなにはっきり言わなくたって……。その、慰めて、くれないの?」

「え、何で?」

「何でって……この、バカ。鈍感」

 初姫はしゅんと俯く。

「浅葱は何にも分かってないよ」

「いやいや、分かるはずねーだろ。初姫がそんなに落ち込む理由も必要性も」

 だって、

「お前、そこら辺の女子に負けてるとでも思ってんの?」

「だって、見た目が……」

「それに拘ってんのはお前だけだっつーの。今どき家事全般こなせる女子高生なんてそうはいねーし。さっきティッシュくれた時もそうだけど、気配りできるし。初姫は、女の子としては殆ど完璧なんじゃねーの? 幼女だけど」

「……最後の言葉で何か色々打ち砕かれたんだけど」

 アレ? 完璧なフォローのはずだったんだけど。何かおかしな点でも?

「浅葱って、あたしをそんな風に見てたの?」

「どんな風にだよ。ただ思ったことを口に出しただけだっつーの。ほれ、調理用具買いに行こうぜ」

「……おや? もしかして、浅葱照れてる? 照れてらっしゃる~?」

「うっさい、置いてけぼりにされたいのか。全力で初姫を撒いた挙句、迷子センターで呼び出しするぞ」

「何その器のちっさい嫌がらせ!」

 女の子としては完璧に近いかもしれないけれど、すぐ調子に乗るところはまだまだ子供だなとぼくは思いました。



                ◇ ◆ ◇



「ふふん、どうよあたしの腕前は」

「いやはや、おみそれ致しました」

 まさかオレの中学時代全てをつぎ込んだゾンビゲーで、オレとスコアで並ぶなんて!?

 ひと通りの買い物を終えたオレたちは、ゲーセンに寄っていた。オレとしては買い物を終えた時点で帰る気満々だったのだが、初姫が帰りたくないと駄々をこね──もとい、おねだりしてきたのでこうして夜まで時間を潰している。どうやら夜までここにいなくてはならない事情があるらしい。荷物重いんだけどなぁ~。

 只今ゾンビゲーをプレイ中。さっきも言ったが、中学時代友達がいな──もとい、部活に入っていなくて暇していたオレが莫大な資産をつぎ込んでハマりにハマったゲームだ。今も現役であることにビックリした。てっきり撤去されているかと思ったが。

 当然オレはプロ並(そもそもプロとか無いけど)の技術と経験をもってしてゾンビに挑んでいくが、対する初姫も持ち前のセンスを生かした危なっかしくて、しかしどこか安定感のあるプレイでゾンビを薙ぎ倒していく。

 結局三戦し、スコアの合計はオレが僅差で勝利。だが初姫が初めてプレイしたことを考慮すれば、勝敗は見えていた。

「お前、すげぇな。反射神経が良い」

「でしょ? こう見えても初姫ちゃんは天才なんだからね!」

 だから自分で言っちゃうのはどうなのよ。オレが初姫の新しい一面を発見っていうフラグ折っちゃってるからねそれ。

「う~ん、これはアレか。元々身体に行くはずだったエネルギーが脳に……」

「……って、しれっと身体のことディスってくるのやめて! もうそのイジリ飽きたから!」

「そうか? オレはまだイケるぞ」

「あたしはもうお腹いっぱいだし……」

 どうでも良いけど、今のセリフ穿った視点で見ればエロいよね。断じてオレの性格が歪んでいるとかではないし、それを仄めかしたわけでもない。断じて。

 気づけばオレは、初姫との時間を目一杯楽しんでいた。一人になると色々と嫌な想像をするが、初姫が隣にいると、何故かそういう想像は心の奥深くに押しやられるのであった。

 そう。まるで、何らかの力が関わっているかのように。奥深くへと、無理やり……

「ねぇ。今何時?」

「ん? 今は──」

 七時ちょっと前。そう告げると、初姫は数回頷く。そして、

「じゃあ、そろそろ探しましょっか」

「うん。何を?」

「決まってるでしょ」

 初姫はパチりと、あざとくウインクをしてから、

「ユ・ウ・レ・イ」

 ……身体が、硬直した。



                ◇ ◆ ◇



 欲望と陰謀が渦巻くこの世界。それを照らす昼の覇者、太陽がとうとう地平線にその身を堕とし、夜の帝王たる月がその身を夜空という名の闇に晒す時。

 呪いの力を右腕に宿したオレは、今宵も獲物を探して独り、ネオン街を彷徨う。

 その時だったのだ。『奴』に、出会ったのは……

 ──な~んて中二的な描写をすれば気が紛れるかと思ったが、むしろ逆だった。不安感倍増。大丈夫か、オレの精神状態。

「ちょっと、ビビリすぎじゃないの? まだ幽霊を見つけてすらないってのに」

「できれば見つけられずにそのまま諦めて帰りたいね今すぐね」

 

 ショッピングモールを出たオレたちは、幽霊を探す為に何故か繁華街をうろうろしていた。

「あのさ。初歩的な質問っていうか、疑問があるんだけどさ」

「何よ。幽霊って何? とか?」

「いや違う。幽霊ってさ、こんな賑やかな場所にいるはずなくね?」

 だって繁華街だぜ? 出店いっぱいだぜ? 美味しそうな匂いがしてついお腹が空いちゃうんだぜ?

「……もしかして、浅葱ってば幽霊は病院とか工場とか廃屋にいるって思ってるタイプ?」

「いや、オレに限らず誰だってそう思うだろ」

 そうじゃないなら何。本当に繁華街にいるっての? 街中でおっさんと飲んでる幽霊とか想像できないから。

「浅葱。先入観を抜きにして、『普通』に考えてね」

「あ、あぁ」

「あのさ。もし浅葱が幽霊になったとするわよ。もしそうなったら……浅葱、アンタ、どこへ行く?」

「どこへ……?」

 そんなの、考えたことも無かったが……答えるのは、難しくない。

「じゃあ月並だけど、女湯で」

「月並じゃないから! さも当然といった風に答えないで!」

 え? でも、それが普通じゃないの? 夢見る高校生男児なら当たり前だと思うんだが。誰しも一度はそういう妄想したことあるよね? 無いか。

「ま、まぁ、気持ちは分かんなくもないけど……でも、正解に近いわね」

「正解に近い? 正解じゃねーの?」

「半分正解ってトコ。確かに男の幽霊はよく女湯に行くことがあるみたい。でも、そんなに長い間は留まらないわ。一週間も滞在しないみたいだけど」

「え、何で!? 覗き放題パラダイスだってのに!?」

「……ホント、浅葱って変なところで素直よね」

 初姫がジト目でオレを見ていた。てか呆れてた。素直で何が悪い。

「あのね、幽霊ってのは詰まる所魂なわけ。肉体を持たないの。だから、女湯行ったって見てることしかできないのよ。何を言いたいのか、分かる?」

「……あぁ、なるほどな。つまり女の人を見ながらオ」

「はいストーップ! もう良い、正解で良いわ!」

「まだ何も言ってないのに! ってか、すげーな初姫。よくあれだけでオレが言おうとしたこと分かったよ。アレか? 予測してたってか?」

「あんまりソコについては突っ込まないでくれるとありがたいんだけど」

「うわ~、初姫ちゃんったらえっちー」

「どの口が言ってんの!? って違うっ。下の話はもう良い! あたしがしたいのはこういう話じゃないの!」

 少し、初姫は息を切らしていた。一々オレの発言全てにツッコミを入れるからそうなる。

「それで話を戻すけど……見てるだけだったらこれほどつまんなくて虚しいものは無いわけよ。だから、幽霊は楽しそうで、なおかつ人の多いところへ向かうわけ」

「そこが──ここってことなのか?」

「そう。この繁華街も、楽しそうで人が多いでしょ?」

 確かに。繁華街という名に恥じず、ここは賑やかだ。人も多い。今日が休日という理由も手伝っているだろうが。

「でも、何で人の多いところに?」

「決まってるでしょ? 生き返りたいからよ」

 きょろきょろと周囲を見渡しながら、初姫はぶっきらぼうに言う。

「知ってると思うけど、幽霊はこの世に未練があるから存在する。でも、幽霊単体では何もできない。だから、人に取り憑こうとするの。容れものをね、奪うのよ」

「容れもの?」

「肉体のことよ。察し悪いわね……」

 だから、そろそろオレのスペック理解しろ。オレは受動的なの! 能動的に情報収集はできないの!

「予め言っておくけど、浅葱、幽霊を怖れちゃダメよ。弱った心──つまり魂──を持つ者を幽霊は狙ってくるの。普通の人間を狙ったって、勝てやしないから」

「勝てない? どうして。幽霊って人知の及ばないというか、とにかく勝てないっていうイメージがあるんだけど」

「逆よ。肉体と魂の両方を併せ持つ生者に、魂しか持たない幽霊がガチンコ勝負したって勝てるはずがないの。だから、魂の弱った生者をつけ狙い、魂を肉体から追い出そうとする。それが成功したら──幽霊が身体を乗っ取るの。これを『取り憑く』っていうのよ。幽霊を怖れる風潮は、幽霊には好都合なのよね」

「ごめん、途中から訳分かんなくなった」

「嘘でしょ……?」

 唖然とする初姫。話についていけず呆然とするオレ。きっと、似た者同士。違うか。

「……なら、幽体離脱の話は知ってる?」

「馬鹿にすんなよ!? それくらい知ってるわ!」

「……プライドが高いってか、ウザ……」

 とうとう、ウザがられてしまった。呆れられている内はまだマシなのだとその時初めて気づいた。

「それで幽体離脱っていうのは、何らかの原因で意図せず魂が肉体を離れてしまう現象のことなんだけど、実は長い間幽体離脱していると危ないって話は聞いたことある?」

「無い!」

「もう突っ込まないんだからねっ! ……で、その理由は、この世を彷徨ってる幽霊が魂の脱けた肉体に入っちゃうからなの。幽霊は魂だから、例え他人の肉体だったとしても、入れちゃうのよね」

「ほうほう」

「……分かってる?」

「まだ許容範囲だ」

「そう…つまり、幽霊は魂。そして人は普通は幽霊には負けないんだけど、ちょっとしたきっかけで簡単に幽霊に乗っ取られたりする。それだけ分かってれば及第点とするわ」

「なるほどなるほど。バッチリだぜ!」

「あ、そ」

 超適当な初姫の返事。このやりとりの間でどうやらオレは彼女を失望させたらしかった。

「とにかく、幽霊を探しましょ」

「どうやって?」

「結構簡単よ」

 さらりと、初姫は言ってのけた。

「幽霊に襲われかけてる人を、探せば良いのよ」

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