あま雲とゆき雲
「はぁ……」
深いため息をつきながら、あま雲は控え室の扉を開けました。
「お、おかえり! よし、じゃあ次はオレの出番だな」
あま雲が入ってきたのを見ると、太陽が立ち上がり、あま雲と入れ違いに出て行きました。
そんな太陽を目で見送りながら、あま雲はそばにあった椅子に力なく座ります。
「おつかれさまです、あま雲さん。ため息なんかついて、何かありました?」
あま雲の浮かない顔を見て心配したゆき雲が、声をかけました。
「いや、最近、出番が多くてね……」
「でも、お疲れの原因は、それだけじゃなさそうですね。何がありました?」
ゆき雲に確信をつかれ、あま雲は、ぽつりぽつりと答えます。
「だってね……。僕は出番が多くて、大変で、でも僕がどんなに頑張っても、誰も喜んでくれないしね……」
あま雲は知っていました。
自分がどんなに頑張っても、ちゃんと働いても、地上の人間たちはちっとも嬉しそうにしないことを。
「そんなことないですよ。あま雲さんがいなければ、大地を潤すことはできません。秋の収穫の時期には、人間たちもあなたに感謝しているじゃありませんか」
ゆき雲は、あま雲を力づけるように、そう言いました。
でも、あま雲は、しょんぼりしたまま言います。
「確かに、その点では僕は望まれているのかもしれないけど、収穫祭の日が僕の出番だと、かなり嫌がられるよ。まあ、普段から僕は嫌われ者だけどね。ほら、この間届いた、『みんなの声』にだって」
そう言うと、あま雲は、机の上に置いてあった新聞紙を広げました。
「ほら、ここ。僕宛の声は非難ばかりでしょ?」
「どれどれ?えっと……」
そこには、こう書かれてありました
『雨のせいで、えんそくにいけなかった。 小がく一ねん あき本大き』
『豪雨で土砂崩れが起き、村民二人がなくなりました。 村長 石橋治』
「ね?」
「そう……ですね」
読み終わった雪雲はそう答えました。
あま雲が、ちょっとすねたように言います。
「だいたい、僕のスケジュールを決めているのは、僕じゃなくって、神なのに……。でも、まぁ、雪雲さんはいいですよね。ほら」
そういうとあま雲は、さっきの新聞紙の違うページを開きました。
そこにはこう書かれています。
『みんなでゆきだるまをつくったよ!』
『彼氏の誕生日に雪が降って、とてもロマンチックな時間を過ごせました』
「同じ雲なのに、僕と雪雲さんでは、評価が違いすぎますよ。雪雲さんは、ほとんど感謝か喜びの言葉じゃないですか」
あま雲は、羨ましそうに、そう言いました。
「いやいや、そんなことはないですよ? よく豪雪で困らせちゃいますから……」
「でも、東北地方ぐらいでしょう? 僕は全国各地から嫌われていますよ。降らせるものが、液体か固体かくらいしか違いがないのに、こんなに好感度が違うなんて。僕も、ゆき雲に生まれたかったですよ」
あま雲は思っていました。
僕だって、みんなから好かれたい、と。
「…あ、雨雲さん! ちょっとここ見てください!」
ゆき雲が新聞紙を広げながら言いました。
「うん?」
そこにはこう書いてありました。
『雨のあとに、きれいな、にじを見つけました。雨さん、ありがとう。また見せてください。 小学三年 佐伯美花』
「虹を出すことができるのは、雨雲さんだけですからね。だから、虹を、雨雲さんを楽しみに待ってる人間がいるんですよ」
にっこりと笑って、ゆき雲がそう言いました。
「僕……」
あま雲が言葉を続けます。
「僕を嫌う人が多いことは事実で、歓迎されないことは分かっているけど。……でも、僕の働きを、虹がでるのを、楽しみに待ってくれる人が一人でもいるなら。僕は僕に任された仕事を」
その時、扉を開ける音がしました。
太陽が戻ってきたのです。
「おい、雨雲! 次はお前の番だぞ!」
太陽にそう言われ、あま雲は慌てて、だけど明るく返事をしました。
「あ、はい、わかりました! 行ってきます!」
「いってらっしゃい」
元気に出て行ったあま雲を、ゆき雲は笑顔で見送りました。
不思議そうな顔をしていた太陽は、扉がしまると、そっとゆき雲に尋ねます。
「何あいつ? 何かあったの?」
「いえ。特には何もありませんよ。ただ」
「ただ?」
雪雲は嬉しそうに答えます。
「彼に任された仕事を、彼にしかできないことを、一生懸命やってくれそうです」
最後まで読んでいただきありがとうございます。
いつも暗い話ばっかり書いてる気がするので、たまにはほのぼのする話をと思い、ボイスドラマ用に作った台本を小説化しました。
でも、これは童話と言っていいのかどうか……。