白い空間
「あ、なんか新しいアトラクションあるんだって。行く?」
「時間たっぷりあるし、行ってみっか」
優柔不断な私は、レイ姉と竜也が仕切ってくれるから楽だなーなんて考えつつも賛成する。
「うん。気になるー」
「そうだね。行こうよ」
そうして向かったのは、新アトラクション『カード・メイズ』。
自分の情報を登録したカードを持ってチェックポイントを回るアトラクションらしい。まずはカードに情報を入れるため、たくさん並んだ機械の前に案内された。
自分で決められるのは、髪の色、目の色、名前、かぁ。
髪はやっぱ憧れの金髪でしょー。目は悩むけど紫でいっか。名前は、本名も嫌だしどうしよう。
「志由莉、決めた?」
隣の機械で同じように入力していたレイ姉が声をかけてくる。
「髪と目は決めたけど…。レイ姉は名前ってどうしたの?」
「私はアレにしたよ。前にみんなで遊んでた時の」
いたずらっぽく口角を上げて言う彼女を見て、小さい頃に使っていた名前を思い出す。
「あー、私もそれにしよ!」
昔、みんなでゲームにはまった時期がある。いくつかのゲームをしたけれど、それぞれ使う名前は決まっていた。
レイ姉はレイーネ。私はシュリ。竜也はリューで、昂君はコウ。
西洋風な世界観に合わせてそれっぽい名前をみんなで考えたんだった。今考えるとまんまじゃんって感じだけど、当時はかっこいいって本気で思ってたんだよね。
そんな思い出に浸りつつも入力完了。
そして、OKボタンを押した私は、足元から溢れてくる目を開けていられないほどの光に包まれたのだった。
「やだ!何これ…。レイ姉?いる?」
突然のことに戸惑うが、みんなもまだ機械の前にいたからそのままなら近くにいるはず。そうは考えても心細くなってレイ姉がいるはずの方向へ手を伸ばす。だけど指は何に触れることもなく、返事が返ってくることもなかった。
「うそ…。竜也!昂君!誰かいないの?」
足は動かさずに手だけで360°探ってみるが、目の前にあったはずの機械ですらそこからなくなっていた。
さらに叫ぼうとすると、いきなり落下する感覚。ジェットコースターなら騒げるのに、どうなるのか何もわからず落ちる今、恐怖で声をだすことができなかった。
おちて、おちて、怖さよりもしんどさが出てきたころにようやく、固めのトランポリンのようなところに着いた。
目の前は真っ白で、自分が目を開けているのかもよくわからない。目の前に手をかざしても全く何も見えなかった。幻覚でも見てるのかもしれない。
なんにせよ固い地面じゃなくて良かったーと思った瞬間、頭の中に響く女性の声。
「白と黒、どちらに進みますか?」
あれ、私幻聴まで聞こえるようになっちゃったのかな。遊園地でいきなり精神病発病とかシャレになんないんだけど。
「幻聴ではありません。黒か白、選んでください」
声に出さなかった思考に返事が返ってきたことに驚く。もう訳わかんないよ。
その時、私が座っていたやわらかい地面が大きくバウンドした。
もしかして、私以外にも誰か落ちてきた?
咄嗟に、レイ姉と呼ぼうとして、声がでないことに気付く。折角一人じゃなくなったかもしれないのに、声がでないって何よー。
仕方ないので地面を押して振動を起こしてみた。誰だかわかんないけど、気付いて!
相変わらず女性の声は黒か白を選べと繰り返していて鬱陶しいが、そんなことよりも他に人がいるならそっちと意思疎通したい。
と、指に温かいものが触れた。反射的に手を引きそうになるが、感触的に多分人の手だ。少し撫でてみると大きくてごつごつしてるから男性だろう。体温は高め。
向こうも私に気付いたようで、もう片方の手も添えてきた。多分この人も声が出せずに周りも見えない状態なんだろう。
緊急事態だし、失礼だとは思いながらも両手で触らせてもらうことにした。
手の甲から肘を通って二の腕、肩。そっと、うなじよりも少し上を狙って手を伸ばして髪の毛を確認し、髪に触るか触らないかのところを触れながら座高を確かめる。
腕は太くて筋肉質。半袖の服。短めの髪。座高は高いから背も高そうだな。
顔を触って目に指でも入っちゃったら困るし、とりあえずそこでやめた。
相手も私の腕を辿って肩まで触れて、そのまま首の後ろから髪の長さを確かめるように撫でられた。
私は髪が長い。腰まではいかなくても背中の中ほどまではある。それを梳かれて毛先までいくと動きが止まった。
もう一度、今度は両手で肩を掴まれる。そこから顔の輪郭をたどるように耳まできて、ピアスに触れて止まる。今日のピアスはレイ姉からのプレゼント。大きめのお花がぶら下がっているデザインだ。それを確認すると、いきなり抱きしめられた。
急な展開に驚いて突き放そうと思ったが、背中を一定のリズムで叩かれてはっとする。
とーんとん、とーんとん、というそれは、よくレイ姉が私を慰めるときに背中を撫でてくれたリズムと同じで、そして私は小さな頃に竜也もこのリズムを使っていたことを思い出した。
竜也なの?
年下のくせに、自分だって心細いだろうに、なに人のこと励まそうとしちゃってんのよ。
悔しかったからこっちもぎゅってしながら頭撫でてみた。不思議だね、誰かと触れ合うことでこんなに元気がでるとは思わなかった。私は一人の時間が好きだったはずなのに、孤独が怖いものだって初めて思い知った。
そんな風にしてるとまた、ぽよんぽよん、と地面が2回続けて揺れた。
そのまま小さな揺れが続く。どうやら今回は2人いっぺんにおちてきたようだ。
しばらく待ってるとその2人も合流できたのか揺れがおさまる。やはり音は何も聞こえず、彼らもしゃべれない状態なんだろうと考えた。
そこでさっきと同じように自分の手元を揺らして振動を送ってみる。竜也が来たってことは、今度はレイ姉と昂君が来たのかもしれない。
私がじっと待ってると、隣で竜也が暴れだした。心配になって繋いでいた手に力を入れてみると、安心させるように強く握り返してくれる。大丈夫そうだ。
するとそのまま繋いでいた手を引っぱられる。導かれた手が触れた先は誰かの頬。距離的に竜也の顔がありそうな位置じゃないし、さっき落ちてきた人だろう。
しかも竜也がこんな風に触れさせるんだからレイ姉か昂君のはずで。
相手に力をかけないように、そっと髪に手を伸ばす。肩まである、きつめのウェーブ。レイ姉だ!
竜也が、私にしたのと同じように彼女の手も私の頭に乗せた。頭を撫でられて、髪を遊ばれて、レイ姉も私だと確信したらしい。竜也にされたのとは比べ物にならないほど強く、抱きしめられた。もちろん全力で抱きしめ返す。レイ姉がいてくれるならどんな所だって怖くない。だけどその安心からか、急に涙が溜まってきてしまった。
そんな風にレイ姉に引っ付いてると、また誰かの手が頭に乗った。昂君だろうね、多分。
4人揃ったことにも安堵する。だけど昂君に髪を撫でられて、溜まっていた涙が一気に出てきてしまった。鼻を啜る音もしゃくりあげる声もこの空間じゃ響かないらしくてそれはそれで好都合なんだけど、肩の震えまでは隠せない。ぎゅっとしてくれてたレイ姉がそれに気付くと腕を緩めていい子いい子してくれて、昂君までが指で涙を拭ってくれる。
こんな時なのに、昂君が天然の女たらしだと言っていたレイ姉を思い出して納得してしまった。
どれくらいそうしていただろう。いつの間にか私達は4人背中を預け合って座っていた。不思議なことに、このありえない状況が現実なのだと、心のどこかが告げていた。
頭に響いていた女性の声も竜也に会ってからは聞こえなくなっている。
あれは何だったんだろう。私達、いつまでここにいなきゃいけないんだろう。後ろにいるのは本当にみんななのかな。いつの間にか怪物と入れ替わってたりしないよね?
考えると何もかも不安になる。だめだ。背中の温もりに神経を集中させて、今は何も考えちゃだめ。考え始めたら潰されるような、そんな気がした。
「選びなさい。ここから出たいのならば。」
と、また急に声が聞こえ始める。
「どちらを選んでも、あなた達はまた出会うことになる。あなたが決断した後、他の者にも順に選択させることになっているのだから」
背中から緊張が伝わったのか、隣にいたレイ姉と竜也が優しく手を握ってくれた。だけど声の主によれば二人には彼女の声は聞こえていないってこと。もっとも、それは握ってくれた2人の手の強さからも感じていた。
「まずあなたが決めなければ、4人とも一生ここから出られませんよ」
その言葉が心に刺さる。
もうちょっと一緒にいたいけど、いつまでもここにいる訳にもいかないし。またみんなに会えるなら、決めるしかないか。
「どちらに進むか選んでください。白か、黒か」
レイ姉と竜也の好みは知っている。闇とか悪とか血とか、二人とも昔からそういうの大好きだったから。
昂君はわからないけど、でもきっと竜也に合わせようとするはず。
だから、黒。
「黒ですね」
うん。早くまたみんなに会わせてね。
「それは、あなた方次第」
どこかに連れ出される前にと、繋いでいた手をほどいて3人まとめて抱きしめる。
声は出せないけど、先に行ってるねって気持ちをこめて。
抱きしめていた手を緩めた途端、今度は目の前が真っ黒になった。