第5話 殻
合コンのメンバーと顔を合わすたびに、色々と聞かれ、頭痛が酷くただでさえ機嫌が悪いのに、3時を過ぎる頃には誰も話し掛けられないぐらいに話しかけにくいオーラがただよっていた。
それに負けじと話し掛ける奴もいたわけだが…。
それでもなんとか定時までに仕事を終え、帰ることが出来そうだった。
「…お先に失礼します、お疲れ様です」
「お大事に〜」
四方八方からそんな声が聞こえるのは二日酔いだと知れているからだろう。
平日の終わりである金曜日に定時に上がるのは久しぶりだった。
時間が早い為か、いつもほど寒くはなかった。
といっても今年はそこまで寒かったという記憶自体がないのだけど。
暖冬だったために勘違いしてしまった梅が至る所で目につく。
まだ2月も半ばだというのに満開になっている梅の木が家の近くにあった。
蕾の時から花が咲くまでを毎日見ていた。
季節は春に変わろうかとしている。
それを肌で感じていた。
現在だと思っている今は思った時には過去に変わり、また新たな今を迎えている。
あの失恋も…季節と共に忘れられるだろうか。
日常の喧騒が遠くに聞こえる。
幸せだと感じた時期もあったはずなのに…不意に思い出すのは辛い過去だけ。
(いい事より悪い事の方を覚えているなんて猫みたいだな…)
猫は自分の身を守るために、一度恐怖や危険を感じたものには生涯拒絶を続けるという。
そのあとどんなにいい事があったとしても上書きされることはない。
一度の傷が生涯続く…。
(そんな風には……なりたくないなぁ〜)
そう思う。
辛いことがあったからといって、いつもそうなるわけではないのだから。
――臆病に――なる。
それはきっと仕方のない事だろう。
誰しもがそうなるのだから。
その期間に差はあれど、殻を破る時期を待っているのだから。
けれどやはり、留まるのではなく、待っているだけなのだ。
また、飛び立つために。
傷ついた羽根を癒して――。
そんな事をつらつら考えている奈美を、朝と同じ着信音が現実に連れ戻す。
途端に街の喧騒が戻ってくる。
主張を続ける携帯を取り出し画面をみると、小さな画面には奏司と表示されていた。
「もしもし?」
「おつかれ〜仕事終わった?」
「終わらないと電話出れないよ」
「そりゃそうか(笑)体調平気そうならなんか食いにいかね?」
「……お酒はなしでしょ?」
「まぁさすがに…飲み過ぎてるからなぁ」
「今何処?」
「ん?新宿」
「んじゃ東口で。20分ぐらいで着くと思うから」
「了解〜」
二日酔いのせいで荒立っていた気分が面白いように波を引く。
嬉々として、奈美は電車に乗り込んだ。