第3話 酒豪
「へぇ〜んなことあったんだ?」
「そうなのっ!信じられなくない!?わざわざんなこと言いに来る!?」
「ひっでー、ありえないってっ!」
「でっしょー!!」
数時間後。
奏司おすすめの居酒屋にきて数時間。
二人はすっかり出来上がっていた。
二人とも普段なら酒に飲まれる質ではないのだが…、どちらも同じような酒豪の為に、杯を運ぶ手が止まることはなく…この調子である。
しかも二人とも好きなものは日本酒と来ている。
二人で二升は空けただろうか。
生憎と男女で飲みに来た二人に店員が気を利かせ、個室に案内しているため、その飲みっぷりに舌を巻く観客はいないが…。
「別れて正解だって!んな男っ!」
「だよねっ!ぅんっ!!」
「よ〜しっ!奈美の門出に乾杯〜」
「乾杯〜」
気分よく祝杯をあげる二人だが、一体何回乾杯したのか二人とも記憶には残ってないだろう。
ちなみに今のが記念すべき10回目になる。
「奈美付き合い安いな♪言いたいことはいうし」
些細な。
とてもありきたりな一言だった。
奏司としては褒め言葉であった言葉だが、それを聞いた奈美は見る間に表情を硬くした。
まるで冷水でも浴びせられたかのように…。
「奈美?」
「――私…、…そんなに女らしくなぃかなぁ」
その声は今までと違い、――何処か泣きそうな…けれど精一杯耐えている――という感じだった。
その変わりように動揺し、奏司は酔いが覚めたかのように頭がスゥーっとなるのを感じた。
――『さっきまでとは違う』――
それは肌に感じる空気からも読みとれる。
多分奈美はまだ酔っている。
その目は焦点を結ぶ事なくさ迷っているから。
「――奈美…?」
「…振られた時に言われたんだ…」
呼び掛けた声も、奈美には届いてないかのよう――。
声が届いてないと判断すると、奏司はもう呼び掛けはしなかった。
過去に。
似たような感じになった奴を知っているから。
「――男と付き合う趣味はねぇ…って」
「…!」
瞬間的に頭に血が上る。
二の句が言えなかった。
まさかそんなことを言われてるとは思ってもみなかったから。
もちろん怒りの矛先はそれを言った男に対してなのだが。
「あいつから告って来た癖にねぇ。それでね。もう一つ言われたの」
いい話ではないだろうと直感的に悟る。
「私のね、親友と付き合うことになったんだって…。親友はね、ちっちゃくて、可愛くて…私と正反対――本当に理想の子って感じなんだって…。私…何だったんだろうね…」
気持ちが手に取るようにわかるのは、失恋したばかりだからだろうか。
短い付き合いではあるが、そうやって嘆く様は何処から見ても女だというのに…相手の男は気付かなかったのだろうか。
確かに容姿に女の子という感じはない。
タッパがあるために可愛いらしいという単語は当て嵌まらないし、しおらしいとも思えない。
けれどそれは可愛いが当て嵌まらないというだけだ。
代わりに当て嵌める言葉は『綺麗』だろう。
肌は綺麗だし、髪は短いが傷みは感じられない。
行動にしたって、細かい気配りをさりげなくしているのは、その辺りの女より女らしいと思う。
「――…?奏司?」
――ほぼ無意識だった。
奈美を抱きしめたのは。
接触によって我に返ったんだろう奈美が、不思議そうに間近にある俺の顔を見上げる。
「奈美?」
「ん?」
呼び掛ければ返ってくる。
それがとても愛しく感じて。
見上げてくる表情がキョトンとしていて、先程自分で否定していながら可愛く思えて――。
奏司は触れるだけの――キス――をした。