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カズキのマンションを出て階下へ向かった。
今日のカズキはいつもよりぼーっとしていた。というか、九州に行って帰ってきたときはいつもあんな感じ。
多分、まだあの女のこと忘れてないんだろうな。
カズキは美佳、って呼んでたっけ? 髪が長くて華奢で、どこか凛とした感じの。
2人を見た瞬間、カズキが彼女に惹かれているのがわかった。
あの時は無性に彼女が憎らしかったのを覚えている。
彼女がいなくなって、あんなにカズキが荒むなんて思っても見なかった。
あの女のこと一言もいわないけど、辛い気持ちがひしひし伝わってきて。
そんな時、引越しを勧めたのは俺だ。だって、あのアパートじゃ、みんなが仲良くて、俺の入る隙間がなかったもの。
1階のロビーを抜けて外に出た。物陰に見たことのある人物がいる。
足音を忍ばせて近づいた。まだこちらには気がついていない。
いつも俺を追い掛け回している週刊誌の記者たちだった。
「よぉ、毎日お疲れ。いつもカズキのところで悪いな。女っ気がないってわかってんだったら、他のヤツ当たったほうがスクープになると思うけど?」
脅かすつもりで声をかけ、話しこんでいた記者2人はこちらの思惑通りビクッとなり振り返った。
「ア、アサトさん」
驚いた顔がおもしろくてプッと吹き出した。
「見つからないように隠れとかないとダメだろ? そんなんじゃ、すぐ巻かれるぜ?」
口をパクパクさせている彼らをひとしきり笑った後、家路についた。
実際に俺には、今、付き合っている女はいない。
なのに、記者がしつこく追い掛け回してくるのは、後を絶たない噂のせいだ。
恋多き男、それだけに女の扱いが上手で女心のわかる男。優しくて、この人ならたくさんの女性と関係を持ってもしょうがないと裏で演出させている人物。
一体、誰が噂を流しているかなんて探らないでもわかる。
うちの事務所の社長以外に考えられない。売れるためだったらマスコミすら逆手にとる。そんな人だ。
そのことに俺が文句を言ったことはない。彼の苦笑した顔を見ると何もいえなくなるし、何より俺を本当の子供のように気にかけて公私共に育て上げてくれた。そんな恩もあるから。
コツコツと靴音を響かせながら夜道を歩く。
前に人の気配がしてふと顔を上げた。暗くてはっきりとは見えなかった姿がだんだんはっきりしてくる。
どうやら女性らしい。
白いノースリーブから出た腕はか細く、彼女の華奢さを一層際立たせている。
カズキの住むマンションを見上げる彼女の白い横顔は誰にも真似のできない凛とした雰囲気があった。
あの印象、前に感じた事がある……。
(あれは、美佳?)
なぜ、彼女がこんなところにいるのだろう?
カズキが恋しくて、ここまで追ってきたのだろうか?
ありえないことではない……。
知らぬ間に手を固く握り締めていた。
深く息を吸い、緊張している気持ちを落ち着かせて歩き始めた。
靴音に気がついて彼女がこちらを振り返る。俺を見る黒い瞳。
「君は……」
今、この瞬間に気がついたような声音で彼女に近づいていく。
さぁ、どんな言葉と演技で乗り切ろう?
優雅にほほえんだ。




