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「東京駅って広いんだけどな」
次の日の朝9時。俺はJR東京駅の正門前にいた。
美佳からは今に至っても具体的な時間や場所の連絡がなかったが、とりあえず、九州方面発着の新幹線ホームへ行ってみる。
ラッシュは過ぎたとはいえ、人は多い。間を縫うようにして、美佳の姿を探した。
この時間にこの場所にいるとは限らないけれど、しかし、何かしら行動していないと落ち着かない。
(こんなに人はいるのに……)
なぜ、この中から美佳を捜しだせないのだろうか?
人が忙しなく行き交う空間を見つめていると、不意に寂寥感が襲ってきた。
君をいつまで想えばいい?
見つからない君を捜して俺はどこにたどり着くのだろう?
ぼんやりしながら、視線をずっと遠方にやる。
と、ふと、川の流れのような人の動きの中、立ち止まってこちらを見ている人を見つけた。
女性?随分華奢だな……。
ドキリ、と胸が鳴った。必死に目を凝らしてみる。
長い髪、白いノースリーブから出た細い腕。一目でわかる華奢な身体つきと儚い雰囲気。
細かいところまではわからなかったけれど。
「美佳……」
思わず呟いた。間違いない彼女は美佳だ。
立ち止まった俺に後ろから流れてくる人たちが迷惑そうな顔をして避けていくのにも構わずに、お互い随分長い間見つめあった。でも、そんな気がしただけなのかもしれない。
突然彼女は翻って逃げ始めた。俺に見せる背中が少しずつ小さくなっていく。
「美佳!」
ハッとした俺は慌てて彼女の後を追った。
あまりにも多い人波にもどかしさを覚えながら必死に進もうとするのだけど、なかなか思うようにいかなかった。
それは向こうも同じことだったらしく、小さかった背中がだんだん大きくなり、美佳との距離が縮まってきて。
もう少し、あと、もう少し……。
多少強引に突き進みながら、必死に手を伸ばした。
長い髪、細いけれどここにいる確かな存在感。
もう、小さな幻影ではなかった。もう少しで手が届く。
「美佳!」
俺の声が聞こえたのだろうか?
美佳はビクリとなり足を止めた。その間に俺は追いつき、彼女の右腕を掴んだ。
振り返ることなく少し、抵抗したと思ったのは気のせいだったのかもしれない。
でも、この手を振り切られれば、また逢えなくなると俺は動揺した。
人ごみの中だとか、俺がミュージシャンで、なんて一切考えなかった。
俺は佐原一樹という一個人で、目の前の愛しい人をただ失いたくなくて、強引に後ろから力一杯抱きしめた。
「美佳……」
切ない呟きが零れ落ちた。
どれほどの時間、君を捜し、待ったのだろう?
やっと、やっと巡り逢えた。
もう、離さない。




