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木曜の当日まで友人や知人にまで声をかけたが、誰も都合が悪く、その日の午後、山本君に相談したら彼が付き合ってくれることになった。
「なんだか、仕事の延長みたいで彼女に悪いよな。山本君も何か予定があったんじゃない?」
「失礼ですね、プライベートではうるさく言いません。今日の夜は大丈夫ですよ。カズキさん、おいしいお酒のお店詳しいし。僕は個人的に三人でおいしいお酒飲めるの楽しみです」
仕事は厳しいが、プライベートでは一緒に楽しく打ち解けられる山本君は苦楽を共にする仲間のようで好ましかった。
山本君は本当に楽しみらしく、それからニコニコしながら夜まで仕事をしていた。
夜7時にマリノを迎えに行き、最初はお気に入りのイタリア料理の店に入る。
外観も室内のインテリヤや雰囲気、そして料理の味も申し分ない店だ。
あらかじめ予約しておいた角の席に通される。さりげなく葉が多い観葉植物で仕切るようにしてあり、同じ空間にいながら少し他の空間と切り離されたような、個室のような席だ。
「僕なんかがついてきちゃって、仕事みたいで気を遣わせたらゴメンね」
席について改めて山本君が切り出す。よく見ると昼間と服が違っている。
夏らしく、麻の白いジャケット。薄青の開襟Yシャツとあわせて粋に着こなしていた。
「そんな、今日は私のためにありがとうございます。気になんてしませんよ、山本さんとは一度ゆっくりお話してみたかったんです。ご一緒させていただけて光栄です」
マリノから爽やかな笑顔でそう言われて、山本君の鼻の下が少し伸びていた。
仕事だったら絶対に崩れない山本君のそういう姿を見て、俺はプッと吹きだす。
「なんです?」
「いや、山本君がデレデレになってるから」
「はっ?」
「なんだかオヤジモード全開だなぁ、なんて」
「失礼な……オヤジだなんて。僕、カズキさんより年下じゃないですか」
俺たち2人の軽快なやりとりをみてマリノもプッと吹きだした。
そこにあらかじめ頼んでおいたワインを持ってホールスタッフがやって来た。
「比較的飲みやすいの頼んでみたけど、口に合うかな」
あまり年代にはこだわらず、酸味の少ないフルーティな食前酒的なワイン。
スパークリングワインでもよかったんだけど、炭酸は好き嫌いがあるのでこっちの方が飲みやすいだろうと思い選んだ。
3人の目の前にグラスが置かれ、琥珀色をした白ワインが注がれる。やわらかい照明に透明な輝きがとても綺麗だ。
「じゃ、小湊さんの二十歳とお酒解禁のお祝いに乾杯」
カチリ、とグラスを鳴らして乾杯した。
マリノはグラスに注がれたワインを一気に飲み干した。俺と山本君はギョっとする。
「マリノちゃん、ワインは一気飲みするものじゃないよ。カズキさんのマネしちゃダメだよ」
「甘くて……喉がカッとするわ」
慌てて山本君がとめようとしたが、もう遅かった。
「おい、誰がワイン一気飲みするって?いいんだよ、そういうムチャしながらお酒覚えていくんだから」
「カズキさん、ダメじゃないですか。女性にそんな飲み方勧めたら」
「あれ? プライベートではうるさく言わないんじゃなかったっけ?」
俺はニヤニヤして、山本君はうっと言葉に詰まった。
彼が正論を言うのをわかっているから、俺は突飛ないことを言える。プライベートな場ではちょっとからかいたくなる彼だ。
マリノが声を上げて笑い出した。ざわめきは止まっていないものの周囲のお客さんの視線が少し集まったのがわかる。
ハッとして子供のような表情で口を押さえ、それでもクスクス笑っていた。少し落ち着いたのを見計らって、マリノは喋りだした。
「ごめんなさいね。なんだかとても楽しそうだし、楽しいから。私と相原はそんな風になれないわ。仕事もプライベートも事細かに干渉するし、全てのスケジュールを分刻みで監視するの。まるで籠の中の鳥だわ」
先日の相原さんの執拗な言いがかりを思い出し、マリノが少しかわいそうになった。
「それはさ、相原さんがマリノちゃんのこと心配しているからだよ。心配していない人に干渉したりしないからさ」
山本君がフォローに入ってくれた。
「先日は本当に申し訳ありませんでした。度合いは違ってもいつもあんな干渉をしてきて。でも、あの言いがかりは度を越えて酷かったですわ。本当に申し訳なくて、お二人には折りをみてきちんと謝らなければと思ってました」
相原さんの話をして、先日のことを思い出したのだろう。俯き加減のマリノの華やかな顔立ちに陰が落ち、まるで頬をなぞる涙のようにワンピースについたスパンコールがキラっと光った。
「あれは、終わったことだしもういいよ。しかし、そういうマネージャーだと小湊さんも大変だな。でも、相原さんが一生マネージャーって訳じゃないだろうし、社長とか幹部に替えてもらうように言ってみるのもひとつの方法だと思うよ。君もそういう点では大変だろうけど、それは長く続かないから、踏ん張ってがんばりなよ」
何気に山本君を見た。続けてフォローしてほしかったのに何か違うことを考えているみたいで口の端がニッと笑っていた。
「あ、カズキさん、マネージャー替えてほしいんですか?僕だと何かご不満でも?」
「え?! そんなこと言ってないだろ」
「母親とか姑みたいとボヤいているのは知ってますが」
「は?! 誰からそんなこと聞いたんだ」
「否定しないんですね」
「いや、それは……」
山本君に完全にやり返されている。彼のニヤニヤは止まらない。
でも、マリノの様子を見ながら話しているので、彼女を元気付けようとしていることは確かだった。
「まぁ、やんちゃするカズキさんには僕がいないとダメですよね。これからもビシビシ母親の役させていただきますから。でも、一応言っときますけど僕、男ですからね」
「……見りゃあ、わかる」
勝ち誇ったように笑う山本君をみて、マリノが笑い出した。
そこにちょうどいいタイミングで料理が来た。彩りよく盛り付けられた前菜だ。
「ほら、料理も来たし、そういうマネージャー話は置いといて、食べようぜ。今日はお祝いだ」
ちょっとふて腐れたように言うと、山本君とマリノが笑い、それにつられて俺も笑みがこぼれた。




