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今日何度目のため息をついただろう?
「カズキさん、しっかりしてくださいよ。撮影中にそんな顔してちゃ、ダメですよ。プロなんですから」
山本君は丁寧な車の運転をしながら、少し厳しい口調で俺を諭した。
しかし、わかっているよ、と言ったそばから大きなため息が出る。
「カズキさんっ!」
「はいはい」
「返事は1回です。クセになってベテランの方々の前でそんな返事をしてしまったらどうするんですか」
「はーい」
「……」
いじけて、拗ねたような子供の返事に山本君は、しばし無言になる。
俺のやる気のなさを見て、今日の山本君は意地悪な姑並に口うるさい。そして、いつもなら現場まで自分で行くのだが、逃げ出しはしないかと心配した山本君自らの送迎つきだった。
今日は例のドラマの収録がある。
なぜこんなに気が重いのかといえば、李乃役の小湊マリノとのキスシーンがあるのだ。
彼女とはこの前のドライブ以来会っていない。
何か言いたそうだった彼女を置き去りにして美佳を捜しに走ってしまったことも気分を重くさせている。
美佳とのメールのやりとりは続いてはいるが、あのドライブの日のことははぐらかされたままだ。もちろん、会う約束も。
「とにかく、しっかりしてくださいね、仕事なんですから」
「わかってるよ」
キス、という言葉から、美佳のくちびるを思い出してみる。彼女に口づける場面を想像してみる。
一緒に過ごした冬の季節を思い出す。少し切なくて、冬の陽だまりのように優しかった日々。
求めるように空を見上げたら、今をひとりで生きる真夏の空しか見えなかった。




