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「でね、私がセリフを言ったら、みんなが笑い出してね」
少しうわの空で小湊マリノの言葉を聞いている。
案内された店は何とも雰囲気のあるイタリアンレストランだった。
今日着ていた服が細身のYシャツに少しばかり仕立てのよいチノパンでなかったら、入店を断られていたかもしれない。
もちろん彼女は、ドラマの中から出てきたような清楚なイメージのワンピースを着ている。
店全体の照明は最小限にまで暗く、各テーブルの上に明るいライトが灯っていた。
やわらかい照明に照らされた彼女の顔は全てが瑞々しく、若さではちきれそうだ。
(今、19歳って言ってたっけ?9歳下か……)
遠い昔を見るような目で彼女を見ていた。俺にもそんな頃あったな。
「カズキさん、私の話、聞いてる?」
「あ、あぁ、聞いているよ」
頬をぷっと膨らませて、彼女が身を乗り出してきたのと同時に大きな胸も迫ってきて、俺は目のやり場に困ってしまった。
そこにタイミングよく料理が運ばれてきてほっとする。時間がないので2人とも単品のパスタとサラダ。
「君のマネージャー、遅いね」
話を変えようと今さら意味のないことを言ってみた。
「相原は来ないわ。私、カズキさんと2人でお食事したかったの」
意味あり気な瞳と大人びた口調に改めて彼女を見た。
黒く縁取られた切れ長の目は微かに潤み、透きとおりそうなほどの茶色の髪は完璧に巻かれて色っぽさを強調している。ふくよかなくちびるに豊かなバストともなれば、普通の男なら、彼女の言葉に舞い上がり何かを期待するかもしれない。
俺は彼女の瞳からすっと視線を外した。
伏せ目がちに少しほほえんでいたかもしれない。彼女がどうとるかは別として、『君の駆け引きには乗らない』という無言の意思表示だった。
彼女のことは嫌いではない。でも、好きでもない。
「さぁ、食べよう。料理が冷めちゃうから。……いただきます」
彼女がこちらをじっと見つめていたのがわかったが、構わず食べ始めた。
「カズキさんはお酒は召し上がらないんですか?」
少しの間があっただろうか?その声に彼女を見た。
もう飾らない普通の笑顔を見て、少しだけ心の緊張を解いた。
「いや、飲まないことはないけど、時と場合によるかな。今日は君は未成年で、俺は帰ってから仕事をしたいと思っているから。いくら俺でも酒を飲んで仕事はしないよ」
「お酒、大好きなんでしょ?」
彼女の言葉に苦笑した。
「もう、昔ほどは飲まなくなったな。毎日は飲まないし。かなり飲むのも年に1,2回あればいいほどだよ」
佐原一樹イコール大酒飲み。
かなり手広く知られている事実ではあるが。
「へぇ、昔、たくさん飲んでいたってことは、おいしいお酒よく知ってるんですよね?
じゃ、私が20歳になったら、お祝いに飲みに連れて行って下さいね」
屈託のない笑顔と明るい口調でそう言われて思わずこちらも笑顔になった。
「君が20歳になってお酒になれた頃に考えておくよ」
「わぁ、うれしい! 絶対約束ですよ。じゃあ、誕生日来たら連絡するんで携帯の番号とアドレス教えてください!」
些細なことで子供のように楽しそうにはしゃぐ彼女を見ていたら、なんだか微笑ましい気持ちになった。
「……あぁ、いいよ」
気がつけば、いいように彼女のペースだったが、それも心地よくて携帯を取り出し、赤外線通信で情報を交換し合った。
店にそぐわないことをされたのが目に付いたのか、店内の隅で待機している店員から派手に咳払いをされて2人して含み笑いをした。
誰かとこういう風に笑うのも、時には悪くない。




