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はじまりの実験 6

「それより、シルフさん、うちのご主人どこへいったか知らない? それと、この小さいヤツは、一体なにもの?」

 いつのまにか、リズミカルな寝息を立てて、隣でそいつは眠っていた。

「あなたのご主人のことは知らないけど、その小さいのは、私、見たことあるわ」

「え?」

「人間の赤ん坊よ。その小さいのが大きくなって、人間になるの」

そ、そうなのか?

 人間というのは、この世に誕生したときから、オイラの倍以上も背丈のある生物ではなかったのか?

 いままでオイラが見たことのある人間といえば、ご主人の仲間の魔女や魔法使いぐらい。

 子供の魔女や魔法使いなんて、まずいないだろうし。オイラが驚いたのも無理はないのかもしれない。

 どうしたものだろうか?

 ご主人がいなくなって、代わりに人間の赤ん坊とかいうものが出現した。

 魔法で生み出された擬似的な生物でしかないオイラの勝手な判断で、この赤ん坊を客人として遇した方がいいのだろうか? そんなことをして、人間嫌いのご主人の機嫌を損ねることはないだろうか? ご主人が小屋にもどってきたときに、この赤ん坊を見つけて、オイラをいじめるなんてことはないのだろうか?

 やっぱり、この赤ん坊を小屋の外へほうり捨てる方がいいのでは?

 オイラは散々に悩みぬいていた。

 クシュン!!

 と、横で、裸で眠っていたはずの赤ん坊が、くしゃみひとつ。

 赤ん坊は起きだして、キョロキョロとあたりを見回す。

 やがて、何かを見つけたかして、すごい勢いで、這い始めた。

 さっき、この赤ん坊が出現した場所へ。ご主人の服があったところへ。

 赤ん坊はご主人の服のところまで這っていくと、その服の中へもぐりこんだ。そして、大きな頭を服の間から出して、オイラを見つめる。

「バブー バブブ。バブ、ババブブ、バブー」

 相変わらず、理解できない言葉を口にした。

 んん・・・・・・

 この人間は、何が言いたいのだろうか?

 まったく分からない!

 オイラには、理解できないけど、そういえば、この場には、もう一人いる。この奇妙な生物を人間の赤ん坊と教えてくれたぐらいだ、もしかすれば、もしかするかも!

「シルフさん、これ、なに言ってるか分かる?」

 オイラはシルフさんに助けをもとめた。

「ふふふ。いいわ、なにしゃべったか、教えてあげるわ」

 お!? ちょうどいい、シルフさんは、赤ん坊の言いたいことが理解できるようだ!

「ぜひ教えて、おねがいします」

「ふふふ、いい? 耳の穴をかっぽじって、よーくお聞きなさい!」

 シルフさんは自信満々の声だった。

「いい、そいつは、今、『バブー バブブ。バブ、ババブブ、バブー』って言ったのよ!」


 結局、オイラにもシルフさんにも、赤ん坊が、何を言いたかったのか、分からなかった。

 赤ん坊は、その後も、何度も、何度も話しかけてきたけど、最終的に、オイラが自分の言いたいことを理解できないと、渋々ながら納得したようだった。

 やがて、話しかけるのを止めて、勝手に行動するようになった。

 まずは、ご主人の残していった服を自分の体に巻きつけ、台所へ向かって、這い始めた。

 もちろん、その後をオイラとシルフさんが興味津々でついていく。

 赤ん坊が目指した台所は、普段から綺麗に使ってなんかいなくて、流しには、洗い物の皿が山になっている。

 流しのまわりには、滅多に食器が収納されているところを見かけない食器棚や、ご主人が作った魔法の箱が置かれている。

 どうやら、赤ん坊が目指していたのは、その魔法の箱だった。

 ご主人がかつて作り、魔力をこめた箱。

 赤ん坊は、魔法の箱の前まで這っていくと、箱の側面に手をかけて、立ち上がった。

 そして、小さな手で箱の蓋を開けようとしたが、蓋をあけるのに十分な力を発揮できなかったようだ。

 箱の蓋はビクともしない。

 赤ん坊は、助けを求めるように、背後を振り返った。もちろん、背後にはオイラしかいない。いや、もう一人いるはずだけど、オイラと同じように、赤ん坊には見えてはいないみたいだ。

「そいつ、その箱を開けてほしいのじゃない?」

「ああ、みたいだな。なにするつもりなんだろうな?」

「さあ? とりあえず、開けてあげれば、何したいのか、分かるんじゃないかしら?」

「まあ、そうだね」

 というわけで、オイラが自分の長い柄を使って、魔法の箱の蓋を動かした。

 途端に、箱の中から冷気が・・・・・・

 ブルッ!!!

 赤ん坊が、その冷気をまともに浴びて、震えた。でも、そんなことにひるみもせず、開いた蓋から、箱の中を覗き込み、小さな指で、中に収納されているビンを指差した。

 白いどろりとした液体の入ったビン。

「ん? ミルクがほしいの?」

 オイラがそのビンに毛をかけると、赤ん坊は盛んに首を上下に振る。

 ミルクビンを取り出し、赤ん坊の前におく。赤ん坊、途端に、むしゃぶりついた。

 のどを鳴らして、満足げに、ごくごく飲みだしたのはいいのだけど、赤ん坊の力では、ミルクビンを支え、持ち上げるなんて出来ない。

 たちまち、ミルクがビンの外へ流れ出し、赤ん坊の体を汚した。

「っ! 汚いなぁ~ こんなところをご主人に見つかったら、オイラ、命がいくつあってもたりないよ!」

 やがて、赤ん坊は満足したのか、軽くひとつゲップをすると、寝室へ向かった。

 台所の床を慌てて掃除し始めたオイラを残して・・・・・・


 こぼれたミルクを綺麗にふき取り、ついでに流しに山とつまれた汚れ物の皿を洗って、ご主人の寝室の様子を見にいった。

 ご主人の寝室には、ベッドと着替えの入った籠が置かれており、どうやって上ったのか、赤ん坊が、ベッドで毛布にくるまって、小さな寝息を立てていた。

「一体、なんなんだ? こいつ! 台所で、勝手にミルクを飲んだり、ご主人のベッドを勝手に使ったり!」

 不満げな声を上げるオイラの横から、シルフさんの冷静な分析が聞こえてきた。

「まあ、せめて、こいつと話が出来ると、どういう事情か理解できそうだけどね」

「そうだな。でも、どうやったら、こいつと話せるんだろう?」

「さあ? この家は魔女の家なんだから、なにか、そういう魔法を書いた本とか、ないのかしら?」

「う~ん、どうだろ? でも、あったとしても、オイラ、字が読めないし・・・・・・ シルフさんは?」

「あら。奇遇ね。実は私も・・・・・・」

 まったく頼りにならないもの同士だった。



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