魔女の言うことは信じるな! 7
「ほら、セバスチャン、アンタ、今日はもう帰ってもいいわよ。あたしは魔法をたくさん使って疲れちゃったから、寝るわ」
「・・・・・・」
「こんなに真夜中にハードワークしちゃうなんて、お肌に毒だわ! ホント、今日はロクでもない晩だったわ。じゃ、お休み」
「・・・・・・」
呆然と立ち尽くしているジョゼフィーヌを残して、フィオーリアはサッサと自分の部屋へ戻っていった。
そのジョゼフィーヌの頬を風がなでた。
「あら、ボーっとしちゃって、よっぽどショックだったのね。うふ、かわいい♪」
「って、シルフさん、そういうのが好み?」
「ふふふ、母性をくすぐられるわ。あは!」
風の精霊に母性本能みたいなものがあるかどうかは、大いに疑問だけど・・・・・・
でも、その声でジョゼフィーヌ、気がついたみたい。
そして、大粒の涙を目の端に浮かべて、
「・・・・・・く、腐れ魔女のバカァ~~~!!!」
そう叫んで礼拝所の方へ駆け去っていった。
「あら? あの子、カツラ忘れていっちゃったわよ」
シルフさんの言うとおり、中庭には、金髪のカツラがいつまでも取り残されているのだった。
ジョゼフィーヌが礼拝所に泣きながら飛び込んだとき、礼拝所では、フィオーレ女神の神像に祈りをささげている女がいた。
エリオット司祭。
ジョーンとともに町の人々の救助を開始したエリオットだったが、途中、船頭たちを連れて戻ってきたガシューやトマスを加え、今回の襲撃でほとんど被害を受けなかった町の西側や南に住む人々の協力もあって、救助・救援作業、順調に進んでいた。
しかも、この町のあちこちで火の海が発生したというのに、町の人々で命を落とした者もなく、軽い火傷をおったものが数名だけ。
幸運だった。
これはすべてフィオーレ女神の加護のおかげだろう。
フィオーレ女神が、この町を守護し、町のあちこちを火の海に変えるような極悪非道な襲撃者たちから、この町を守ってもらえただけでなく、ほとんど人的被害を出さずにすんだ。
これは奇跡だ!!
エリオットは感動していた。
そして、町の人々に代わって、女神に感謝の祈りをささげ、これからもこの町を守ってくれるように願っていた。
バタンッ!!
不意に、奥の扉が開き、金髪の子供が飛び込んできた。
腕に顔を埋め、泣きながら。
「あら? ジョゼフィーヌ? どうしたの? なにかあったの?」
この近辺で金髪の子供なんて、そうそういないし、着ている衣装は、さっきまでジョゼフィーヌが着ていたもの。
当然、その子供をジョゼフィーヌだと認識したエリオットだったが・・・・・・
その子供が泣き顔をあげた。
「うぐっ! うぐっ!」
涙に濡れたその端整な顔は、ジョゼフィーヌの長い髪で縁取られるものではなく、短く借り上げた頭の少年の顔。
「えっ!?」
エリオットの驚く顔を眼にして、ジョゼフィーヌ自身も、自分が今カツラを被っていないことにようやく気がついたようで、
「あっ!」
慌てて、頭を押さえる。
「あ、あなた、もしかして、せ、セバスチャン?」
エリオットは自分が見ているものが信じられないというような驚愕の表情を浮かべ、眼を瞠っている。
「じ、ジャン・セバスチャン・ガスペール?」
ことここにいたっては、観念せざるを得ない。
ジョゼフィーヌは、小さくうなづいて、微笑を浮かべようと努力した。
その途端、エリオットの眼に大粒の涙が・・・・・・
「せ、セバスチャン! おお、セバスチャン!」
涙をボロボロこぼし、両手で顔を覆った。
「は、母上?」
ジョゼフィーヌ=セバスチャンも、涙を浮かべたまま、エリオットを心配そうに見つめている。
その声に、顔をあげると、エリオットは両手を大きく広げ、さっきまでの祈りの体勢でひざまずいた姿勢から、2,3歩いざって近づいていく。
ジョゼフィーヌ=セバスチャンは、思わず駆け寄っていった。
そして、二人はしっかりと抱き合ったのだった。
お互い激しく呼び合いながら。
「おお、セバスチャン! セバスチャン!・・・・・・」
「母上! 母上! 母上!・・・・・・」
そんな二人をフィオーレ女神の神像だけが、微笑を浮かべて温かく見守っていた。
「ね? シルフさん?」
「ん? なあに?」
「シルフさんは、魔女の魂の契約って知ってる?」
「ふふふ、そんなの私が知るわけないじゃない!」
「あっ、やっぱり! 悪魔の魂の契約なら知ってるけど、魔女の方は聞いたことないよね?」
「うん、それに、悪魔の魂の契約でも、契約にそむいたからって、死んじゃうなんて、ないはずだけど・・・・・・?」
「ああ、そうそう。それに、もうひとつ。騎士の忠誠の誓いは、成人して、キチンと騎士として、認められた人物でないと無効だったんじゃ?」
「うん、たしかそうよ」
「・・・・・・ハァ~」
シルフさん、深い深いため息。やがて、
「ジョゼフィーヌって、前々から思ってたのだけど、バカ?」
「かもね」
それから、これだけはひとつ言えるだろう。
――魔女の言うことは、信じちゃいけない!