魔女の言うことは信じるな! 4
フィオーリアは、オイラを手放すと、ジョゼフィーヌにまたがり、胸倉をつかんだ。
そして、右手を大きく振りかぶると、ジョゼフィーヌの頬に、
バシンッ!!!
さらに、引き際に手の甲で、
バシンッ!!!
往復ビンタ。い、いたそう~
「ほらっ! おきなさい! なんなのよ、アンタは!」
ジョゼフィーヌ、頬の痛みで目が覚めたみたいで、
「うっ、うう・・・・・・」
「おらっ! どういうつもりよ、いきなり襲い掛かってきたりして!」
もう一度、往復ビンタ。
ようやく、はっきりと目が覚めたようだった。
さらにもう一発と構えるフィオーリア。
「わっ! よ、よせ! それ、ムチャクチャ痛い!」
もちろん、容赦するフィオーリアではなかった。
「で、なんで、あたしを襲ったの?」
「う・・・・・・ 悪い魔女だから」
「ああん! なにか言った?」
鋭い目でにらむ。怯えるジョゼフィーヌ。
「お前は、お母様を奪った悪いヤツだから・・・・・・」
「お母様? だれよ、それ?」
「ボクは悪くないんだ! ボクは広い屋敷で一人ぼっちなのに、お前が、悪い魔法でお母様をたぶらかすからいけないんだ!」
「なによ、それ?」
「ボクがお母様の本当の子供なのに、お前がお母様の子供のフリして! 絶対、許さない!」
ジョゼフィーヌが憎々しげにフィオーリアを見つめる。
「・・・・・・」
「絶対、お前を殺して、ボクはお母様を取り戻すんだ!」
えっと、どういうことだろう?
オイラの頭の中は疑問符でいっぱい。
フィオーリアが誰かの母親を奪ったことってあっただろうか?
まして、ジョゼフィーヌの母親らしき人を?
「あっ! わかった! フフフ」
このタイミングで素っ頓狂な声を上げたのは、シルフさんだった。
「え? だれ? ジョゼフィーヌの母親って、だれ?」
「フフフ、そうか、そういうことだったのね?」
ジョゼフィーヌ、一瞬、驚いたような表情を浮かべたが、フィオーリアをにらみつけなおす。
「だれよ? アンタの母親って?」
「フンッ! いいだろう、教えてやる!」
ここで、一旦、十分な間を取る。案外、芝居がかったヤツ。
そして、精一杯、厳かに告げた。
「お前の育ての親、エリオット司祭様だ!」
ガーンッ!!! 衝撃の事実!!!
なんてことだ! エリオットの子供がジョゼフィーヌだというのか!?
「・・・・・・」
でも、驚いているのは、オイラだけみたいで。
「フン! やっぱりね。そんなことだろうと思ったわ。このとっちゃん坊やめ!」
「あはは、やっぱりそうか。私の思ったとおりだわ!」
ジョゼフィーヌは、どうだ驚いたか!? みたいな顔をしていたのだけど、フィオーリアの方はまったく動揺の色なし。
「だいたいね、なんで、あたしが、アンタの母親を盗らなきゃいけないのよ! バカじゃない? エリオットは、あたしの乳母であって、あたしの母親じゃないわ!」
「・・・・・・!?」
動揺しているのは、ジョゼフィーヌの方。自分の発言で目の前の悪い魔女が動揺し、怯えるとでも思っていたのだろう。でも、実際には、そんなことなんてなく。
そんなジョゼフィーヌの動揺をつくように、早口でフィオーリアが言う。
「いいこと? アンタのエリオットは、あたしが魔法で奪ったからアンタの元を離れたんじゃないわ! アンタのことを思って、自分から離れていったのよ! 分かる? エリオットの気持ち?」
「・・・・・・ど、どういうことだ?」
「自分が、卑しい庶民の娘、商人の娘で、アンタは大貴族の跡取り息子。身分が違うわ! だから、アンタが将来、そのことで苦労することのないように、だれからも後ろ指差されないように離れていったんじゃない! 全部、アンタのためを思ってしたことよ! そんなことも分からないの?」
「な・・・・・・ そ、そんなはずは・・・・・・!! う、ウソだ! 全部でたらめだ! お前が考えたウソっぱちだ!」
フィオーリア、軽くため息。
「ホント、アンタってバカね。そんなわけないじゃない! 大体、なんで、あたしがそんなウソつかなきゃいけないのよ?」
「お前が悪い魔女で、魔法でみんなを操っているのを隠すためだ!」
「ハァ~? アンタ、なにとち狂ってるの? あたしがみんなを操ってるのだったら、とっくに、アンタもレオンもあたしの思い通りに操っているわよ!」
「ぅ・・・・・・」
「そもそもあたしぐらいになると、アンタが今考えたみたいなこと、絶対思いついたりしないようにだって魔法でできるのよ」
「・・・・・・!?」
ジョゼフィーヌ、激しく動揺している。
「いい? あのエリオットはね、あたしがここに来たとき、毎日泣いていたわ。来る日も来る日も、泣いて泣いて泣いて。『アンタに会いたい! アンタに会いたい!』って。でも、会いに行ったら、アンタに迷惑かけることになるから、我慢して会いにいかなかったの! ううん、行けなかったの!」
「そ、そんな・・・・・・」
って、あれ? そうだっけ? 可愛いフィオーリアの面倒を看れるって、結構楽しげに、毎日笑ってすごしていたような気がするのだけど・・・・・・
「全部、アンタのためじゃない! それなのに、まるであたしが悪いみたいに言って!」
目を怒らせて、ジョゼフィーヌをにらむ。
その眼を直視できず、ジョゼフィーヌはうつむいていた。
「いい! アンタは、今でもエリオットに愛されているの! エリオットに思われているのよ! エリオットは、アンタのことを忘れてなんかいないの! エリオットは、だれにも奪われてなんかいないの! エリオットは、今でもアンタのものなの! あたしのものなんかじゃないわ! ヘンな誤解しないで!」
「う、うう・・・・・・」
「エリオット、毎朝、なんて言って祭壇でお祈りをあげているか知っているの?」
「・・・・・・」
「『あの子が幸せでありますように! 今日も健康で健やかでありますように!』って泣きながら祈っているの! 分かった? アンタは今でもエリオットに想われているの!」
って、そうだっけ? たしか、『あの人がいつまでも私を忘れないでいてくれますように!』とかいうのが、いつもの祈りの言葉だったような気が・・・・・・?
ともあれ、とうとう、ジョゼフィーヌは大粒の涙をその眼からこぼすのだった。