襲撃 9
「それと、アンタ、腰に差している方の剣も貸しなさい」
フィオーリアは、テーブルナイフを両手に持って、嘆き悲しんでいるレオンに言う。
途端に、ビクッと全身を震わせ、腰を全力で押さえて、わさわさと逃げ出そうとした。
まあ、目の前で大切な家宝の剣がああなってしまったのだしね。
そんなレオンをジト眼でにらみ、
「なにやってるのよ! はやく、渡しなさい! 時間ないんだから!」
奪い取ろうと近づいていく少女フィオーリア。
「や、やめてくれ! こ、これだけは、これだけは!」
「なによ? これだけはって?」
「これは、祖父の形見なんだ。これだけは、見逃してくれ!」
「ハァ~? アンタ、なに言ってるの?」
フィオーリアは、片眉をあげ、さも馬鹿にしたように、
「アンタのそれ、それも魔剣だってわけじゃあるまいし。って、それ魔剣なの?」
途端に、レオンが大きく何度も首を左右に振る。
「なら、心配いらないわ、アンタのその剣に魔法を掛けてあげるだけなんだから」
「ま、魔法・・・・・・?」
「ほら、早く寄越しな!」
そう言って、強奪していく。
「あ、ああ・・・・・・」
レオンが切なげな声を上げる。ちょっと、気持ち悪い。
「心配なら、そこで大人しく見ていなさい、いい?」
レオンが心配そうな表情を浮かべて、見つめている中、フィオーリアは手に握った剣をじっくりと鑑賞しはじめた。まるで、値踏みでもしているかのような目で。
いや、フィオーリアのことだから、心の中で値段を計っているのかも。
「あら!? 意外に、いい剣じゃない。無名だけど、腕の確かな刀鍛冶が全身全霊を込めて鍛えた一振りって感じね。これなら、いろいろできそうね」
フィオーリアは剣を床に置くと、オイラを握ったまま、もう一方の手の平で、その剣をなでていく。両目を閉じ、なにかの呪文を唱えながら。
なんだか、オイラの中から、何かが少しずつ抜け出ていくような・・・・・・
しばらくして、剣から手を離した。
レオンの剣には、特に変わった様子はなかった。
床に置いたときと、同じ大きさ、同じ刃の輝き。
レオンは、何事もなかったので、ホッと息を吐く。
「もう、いいか?」
フィオーリアは、ウンとうなずいた。
そこで、レオンが無造作に剣を持ち上げようとすると・・・・・・
「ムッ・・・・・・!?」
なにか、異変があったのだろうか?
「おい、剣、重たくなってるぞ?」
フィオーリアは勝ち誇ったように、
「当たり前じゃない。アンタのその剣に、スプラッシュの魔法を10回分付与してあげたんだから」
「・・・・・・!?」
「それで、火の方を切れば、スプラッシュの魔法が発動して、消火してくれるわ」
得意げに顔の横で人差し指を立てて言う。
「あ、もちろん、さっき言ったように、魔法が発動するのは、10回までだから、気をつけなさいよ! 10回発動したら、元の剣に戻っちゃうから」
レオンは、目をパチクリとさせ、胸に抱くようにして剣をひったくる。
「ま、元の剣に戻るって言っても・・・・・・」
なにか、フィオーリアが口の中でゴニョゴニョ言っているようだが、だれにもうまく聞き取ることはできなかった。
レオンは、長剣(『スプラッシュ-10』)を手に入れた。
ようやく、準備が整ったようで、フィオーリアはジョゼフィーヌとレオンの顔を見回し、
「じゃ、行って、外のヤツラ蹴散らしてきてあげるわ。みてらっしゃい」
それから、オイラにおもむろにまたがった。
エリオットとジョーンはその頃には、手当ても情報交換も終わったようで、祭壇にあるフィオーレ女神の神像に向かって熱心に祈りをささげている。
二人とも、オイラたちの様子は眼にも耳にも入っていないようだ。
やがて、フィオーリアは口の中で、
クカタラソ、ベート、キウホ・・・・・・
オイラもよく知っている飛翔の呪文。
もちろん、いつものように、まわりを風が渦巻くこともなく、少女の髪の毛が逆立つこともない。
あたりの景色はなにも変わらない。
ジョゼフィーヌもレオンも何かを期待して、ワクワク顔で、フィオーリアの姿を見ていたが、何も変化が起きないことに、しだいに失望の表情を浮かべ始めた。
「お、おい? お前、なにやってんだ?」
そんなジョゼフィーヌなんて、完全無視!
「お、おい!」
ついに痺れを切らして、ジョゼフィーヌがフィオーリアの肩をつかんだ瞬間だった。
――――ベート!
呪文の最後が唱えられた。そして、フィオーリアが地面を思いっきり蹴る。
「うおっ!?」
オイラたち、礼拝所の中を浮き上がった。
「と、飛んでる!?」
なにか、余分な声がオイラの上から聞こえるような。
「ち、ちょっと、アンタ、どこ触ってるのよ! 手、放しなさいよ!」
「と、飛んでる! ボク、飛んでるよ! イタッ!」
オイラの上では、オイラにまたがっているフィオーリアとその肩に手を置いているジョゼフィーヌがいた。そして、ジョゼフィーヌがフィオーリアに頭をはたかれている。
「な、なにするんだ! 痛いじゃないか!」
「なにするのってのは、こっちのセリフよ! 勝手に、人様の体に触れて! いい加減、その汚い手を離しなさい! 虫の分際で、この魔女様に手をかけるなんて、100万年早いわ!」
「な、なに! この腐れ魔女が! 調子に乗るな!」
「フンッ! その手をとっととお放し! そして、そのまま、墜落して、首の骨を折って、死んでしまいなさい!」
途端に、ジョゼフィーヌ、心配そうな表情になる。
「えっ!? この手放したら、落ちるの?」
「だから、そう言ってるじゃない! お放し、虫!」
もちろん、そんな状況で手を放すバカはなかなかいないもので。
「って、アンタ、なに、私に抱きついてきてるのよ! き、気持ち悪い! 放れろ! 放れろ!」
じたばた暴れるフィオーリアの抗議もむなしく、結局、ジョゼフィーヌは礼拝所の天井までついてきてしまった。そのまま、開いていた天窓から、屋根の上へ、さらに、尖塔の天辺へ。
さあ、いよいよ攻撃の開始だった。