新月の夜 7
ふっと、バルコニーにつながる廊下の方を見ると、誰かが暗がりに潜んでいるのが見えた。
白いトーガのようなものを着たモジャモジャ頭の男・・・・・・
影の形だけで誰だか分かる。
トマス。
トマスは、暗がりに潜んで、オイラと同じように、エリオットの部屋の中の気配を探っていた。
と、その背後に、小さな影が、足音もなく忍び寄り・・・・・・
ニャゴォ~~~!!
大騒ぎを始めた。
ペーターだ!
ペーターがトマスにシッポを踏まれて、抗議の悲鳴を上げたのだ。
「イタッ! ペーター引っ掻くな!」
ギャギャ! グーッ!!
うなり声がトマスの声に重なる。
と、エリオットの部屋のドアが開き。
「ペーターどうしたの? トマス、何があったの?」
たちまち、トマスは飛び上がった。
「は、はい! あの、その・・・・・・イタッ!」
トマスを引っ掻いたペーターは、一目散に開いたドアから、エリオットの部屋へ飛び込んでいった。
「なに、こんな時間に・・・・・・」
「あの、その、僕が廊下を歩いていて、知らずにペーターのシッポを踏んじゃったみたいで・・・・・・」
トマス君、うそつきは泥棒の始まりという言葉をしらないのかね?
でも、まあ、まさか、エリオットの部屋の気配をうかがっていて、ペーターを踏んづけたなんて、正直に言えるはずないか。
「そ、今度から、気をつけなさい」
「はい」
「じゃ、トマス、おやすみなさい」
「あ、はい、おやすみなさい・・・・・・」
そのまま、エリオットがドアを閉めようとした。
トマスは、一瞬、切なげな表情を浮かべた。ま、今日は新月で、エリオットのもとへ男が忍び込んでくる日。トマスが気をもむのも仕方がないこと。
トマスが、必死に表情を殺して、ドアを閉めようとしているエリオットに話しかける。
「あの? お師匠様、お客様ですか?」
「え? ああ、はい、そうよ」
「そ、そうですか・・・・・・」
もう少しで、『どちらさまですか?』って口に出しそうな様子だったけど、
「お茶菓子でもお持ちしましょうか?」
「え? ああ、いいわ。すぐにお帰りになられるみたいだし」
「そ、そうなんですか・・・・・・」
「ええ、気を使ってくれて、ありがとうね、トマス」
「い、いいえ。では、おやすみなさい」
「おやすみ」
エリオットがドアを閉めた。
一瞬、物を考えるそぶりを示したけど、急にトマスの表情が明るくなった。
どうやら、今日はいつもの男ってわけではないらしいと気がついたようだ。
そうなると、現金なもので、ちょっとスキップしながら、自分の部屋の方へ戻っていった。
「それじゃ、ジャン・ルイによろしくお伝えください」
「はい。承りました」
エリオットは、手紙の返事を書いて、その青年に渡したようだ。
それから、二人して中庭へ出てきた。
その青年が帰っていくのを見送るためだろう。
エリオットが裏木戸を開けた。
「では、私は、これで」
「はい。今日は新月で夜道は暗いですから、これをお使いください」
そういって、持っていたランタンを差し出す。
「あ、いや、私は夜目が利くものですから」
「でも、街中ならともかく、暗い中、王都まで戻られるのでしょう?」
「はい」
「それほど明かりもないでしょうし、ぜひ」
「は、はぁ~」
って、よく考えてみれば、来るときも、この青年、明かりなしで来たのだから、そんな心配する必要はないのだけど・・・・・・
エリオットは、やわらかく微笑み、有無も言わせず、ランタンを押し付けた。
「で、では、お借りいたします」
「はい。では、お気をつけて」
「はい、ありがとうございます」
青年は、ぺこりと一礼すると、体を翻し、走り去っていくのだった。
一方、エリオットは、空になった右手を上げて、その背にちいさく手を振っていた。
やがて、ランタンの明かりが裏通りの角を曲がり、見えなくなると、フッと一息はきだした。
「ジャン・ルイ・・・・・・」
ポツリとつぶやく。そして、
「セバスチャン・・・・・・」
切なげな吐息がもれた。
かすかな星明りで、その頬を流れる水滴が光って見えた。