新月の夜 5
「ラララ~♪」
神殿の奥から、間の抜けた鼻歌が聞こえてきている。
エリオットだ。
ときどき、機嫌がいいと、こうして鼻歌を歌うのだが、あまり上手とはいえない。いや、はっきり言って、音痴だ。
調子っぱずれで、音程もめちゃくちゃ。トマスといい、フィオーリアといい、いまだかつて、エリオットがなんの曲を歌っているのか、正確に当てたものなどひとりもいなかった。
今日も、ナゾの歌をハミングしている。
それとも、誰かを呪っているのか?
中庭に面した窓からは、カーテン越しに、エリオットが部屋の中で踊っているシルエットが見えている。
相当、上機嫌なようだ。
そういえば、今日は新月。
例の黒マントの男が忍び込んでくる日だ。
うむ・・・・・・
気をつけないと、黒マントの男とレオンが鉢合わせになったり、あるいは、オイラが間違えて攻撃してしまうなんてこともないとは・・・・・・
いつもなら、シルフさんが周囲を警戒して、レオンの足取りなんかを報告してくれるのだが、今日はどうなんだろうか?
シルフさん、戻ってきてくれるのだろうか?
ちょっと心配になってきた。
タッタッタッ――――
しばらくして、裏通りを駆けてくる足音が聞こえてきた。
オイラは一瞬レオンかと疑ったが、でも、よく考えると、レオンがこんな風に足音も高く駆けてくることなんてない。
暗殺行為をしようというのに、わざわざ自分の存在を相手に勘付かれかねない、間抜けなマネをする刺客なんていないだろう。
さっきの足音、裏木戸のところで、ピタリと止まった。
やがて・・・・・・
ギィィィ~~~~
中庭の奥、裏木戸が開いた。
裏木戸を通って、男が一人走りこんでくる。
レオンではないだろうとは思うのだが、一応念のため、気構えはしておく。
不意打ちにあったりしたくないもんね。
オイラは身構え、建物の陰から、その男の様子をうかがった。
中庭に入り込んできたその男、いつものレオンとは違って、大剣を持ち歩いてはいない様子。
エリオットの部屋から漏れる明かりに照らされた姿を見た限り、20代前半の若い男。動きやすそうな軽装に、腰に護身用の小さな剣を帯びているだけ。まったく殺気のようなものは感じられない。
髪型も、レオンのようなボサボサの長髪ではなく、さっぱりと短く刈り上げている。
見慣れない若者。
一体、コイツは?
その男、中庭に走りこんでくると、しばらくは腰をかがめるようにして、両膝に両手をつけて、荒い息を吐き出していた。
よっぽど長い距離を走り通しだったのだろう。
やがて、かたわらに井戸があるのを見つけると、さっそく水をくみ上げ、あごから水をしたたらせながら、ゴクゴクと飲み干した。
ふっと見ると、エリオットの部屋の窓のカーテンに、中庭を覗き込むかのような体をかがめているシルエットが浮かんでいた。
さすがに、井戸水を汲む、バシャバシャという音で、誰かが中庭にいることに気がついたようだ。音痴な歌もすでにやんでいる。
「だれ? だれかいるの?」
エリオットの不審そうな声が聞こえてきた。
その男、一瞬ビクッと体を震わせたが、すぐに声のした方向を向き、片膝をついた。
「あ、あなたは、エリオット様ですか?」
「ええ、そうよ」
「わが主より、コレを預かってまいりました」
そういって、懐の中をゴソゴソと探す。
やがて、手紙を取り出した。
「手紙?」
「はい、主より、あなた様宛てでございます」
「そう、分かったわ。どなたからかしら? あちらのバルコニーからお入りになって、この部屋までお越しください」
「はい。分かりました」
男は立ち上がって、中庭の奥のバルコニーへ向かった。