新月の夜 4
それから一週間が過ぎた。
今日は新月の晩。月は昇らない。
襲撃をするのであれば、月明かりがなく、真っ暗な新月の晩こそ、もっともふさわしいだろう。
オイラとシルフさんは、今日も油断なく中庭で待機していた。
でも、あれ以来、レオンの襲撃ピタリと止んでいる。
ジョゼフィーヌの父親から連絡があるまで、フィオーリアを襲うのは、中止することにしたのだろうか。
とはいえ、油断は大敵だから、襲撃に備えておかないと。
あれから、もちろん、二日に一度の神殿学校でも、フィオーリアとジョゼフィーヌ、お互い口をきくことはなかった。フィオーリアは、ジョゼフィーヌを完全に無視しまくっているし、ジョゼフィーヌは、ジョゼフィーヌで、フィオーリアを危険な悪い魔女として、それとなく敬遠しているようだった。
さらに、ジョゼフィーヌがシルフさんに再び契約を迫ることもなかった。
もう、シルフさんと、精霊魔法の契約を結ぶことをあきらめたのかな?
なんか、違うような気もするのだけど・・・・・・
とりあえず、この神殿では、平和に時間が流れていた。
でも、あのジョゼフィーヌのこと、なにか裏で企んでいそうな気がする。
オイラたち、油断なく監視は続けていかなくちゃ!
「しかし、ジョゼフィーヌの父親って、何者なんだろう?」
「さあ? だれなんだろうね?」
オイラとシルフさんは、あれこれ想像して頭を悩ます。
「上級精霊のジンと契約するなんて、よっぽどのことだわ。普通の人間がジンに出会うなんて、十年に一度あるかどうかだし、まして、契約をするなんて・・・・・・」
「百年に一人いるかどうかってぐらいの精霊使いってこと?」
「うん、もしかしたら、千年に一人とか、それぐらい珍しいことだわ」
「へぇ~」
「大体、精霊に人間が出会ったとしても、それに気づけるのは、精霊使いの素質を持ったものだけだし、そんな人間なんて、滅多にいないもの」
「ああ、そうみたいだね」
「この国でジンと契約できるような精霊使いの素質をもった者といったら・・・・・・」
「・・・・・・?」
「う~ん・・・・・・?」
「・・・・・・?」
「・・・・・・」
「もしかして、いないの?」
「うん、というか、よく知らないわ」
「・・・・・・」
「だって、そんなに人間たちの世界をあちこち行って、話しかけたりとかしたことないもの」
た、たしかに・・・・・・
ここ数年、大抵、オイラのそばにいて、オイラと一緒に、フィオーリアの成長を見守り続けてきたわけだし・・・・・・
というか、オイラのそばにばかりいて、シルフさん、大丈夫なんだろうか?
なんだかんだいっても、風の精霊なのだから、なにか自然界の役割みたいなもの、持っているのじゃないだろうか?
たとえば、春には暖かいそよ風を南から送ったり、冬には、冷たい木枯らしとなって吹き荒れたり。
もしかして、これまで、そういう役割を放り出して、オイラたちのそばにいてくれていたのだろうか?
そうだったら、すごく申し訳ないような・・・・・・
「あら、私たち精霊は、みんな自由気ままにすごしているばかりで、そんなご大層な役割なんて、だれも持っていやしないのよ」
そ、そうなのか・・・・・・
「そういうのは、私たち風の精霊の仕業というより、季節の神様たちの仕事ね。季節の神様が神通力でそれぞれの役割をこなしているだけなのよ。私たちにはあんまり関係ないわ」
だそうな。
ん? 待てよ。大体、自由気まま過ごすだけの風の精霊のはずなのに、なんで、好き好んで、オイラのそばにいるのだろう?
オイラ自身、一緒にいて楽しい愉快な生活を送っているなんて、思えないのだけど?
むしろ、クソガキの面倒をみたり、畑仕事に精をだしたり、主のいないご主人の小屋を守ったり、すごく地味でつまらないことばかりなハズ。
う~ん・・・・・・ これは、一体?
オイラ、考えた。一生懸命考えた。
そして・・・・・・
ハッ!? も、もしかして!!
その途端、頭の中に、シルフさんの氷のように冷たい声が聞こえてきた。
「アンタ、バカ? そんなわけないじゃない!」
「え? まだ、オイラ、なんにも結論を出していないのだけど・・・・・・」
「考えなくても、分かるわよ、それぐらい」
「て、ことは、やっぱり、シルフさんは、オイラのことを・・・・・・」
オイラ、体中が熱を帯びてきたように感じていた。
「バ、バカね! どうして、私がアンタなんかを!」
なんだか、すこし早口で急いでいるような口ぶり。さっきのひややかな口調よりも、あきらかに温度が違う気が・・・・・・
「大体、私が好きでどこにいようが、アンタの知ったことじゃないわ!」
「ムゥ~~~」
確かに、それを言われちゃ、言い返せない。その通りなだけに。
ん? 待てよ。
――私が好きでどこにいようが?
「って、ことは好きでオイラのそばにいるんだ・・・・・・」
「バ、バカじゃないの!」
声に焦りが。フフフ
「じ、じゃ、どうして、いつもオイラのそばにいるの?」
「そ、それは・・・・・・」
「ねっ、どうして?」
「・・・・・・」
「・・・・・・?」
オイラは、期待を胸に、シルフさんがなにか素敵なことを言ってくれるのを待っていた。
でも、
「バ、バカッ!!」
不意に、オイラの毛をそよがせて、突風が吹き抜けていった。
「シ、シルフさん?」
オイラの呼びかけに、いつまで経っても、だれも応えてはくれなかった。