新月の夜 3
授業が終わった。
フィオーリアはいつものように、とっとと自分の部屋へ戻り、子供たちは、それぞれ家路につく。
礼拝所に最後まで残っていたのは、今日もジョゼフィーヌだった。
なんだか、深刻なそうな表情を浮かべ、考え事をしている。
近寄りがたいオーラを全身にまとっている。おかげで、今日は他の子供たちも一緒に帰ろうなんて、誘ったりしてこなかった。
不意に、足音もなく、レオンが扉から礼拝所へ入っていく。
「そろそろお帰りになられませんか?」
「ああ、レオン。うん、そうする。けど・・・・・・」
椅子から立ち上がろうとすら、なかなかしない。
「あのチビ、もしかしたら、本当に魔法使いかもしれないな」
「と、いいますと?」
授業中のフィオーリアとのやり取りについて、レオンに詳しく話して聞かせた。
「あいつ、確かにファイアーボールの呪文を知ってた。それも、ボクより詳しく」
「とすると、一昨日や昨日、私にファイアーボールを投げつけてきたのは、あの子だと、おっしゃりたいのですね」
「うん、そうかもね」
「なるほど、それなら、一昨日や昨日の攻撃のナゾ、一応は説明がつきますね」
「知ってるか? アイツ、自分のことを東の山の魔女だと言ってるんだと」
「東の山の魔女?」
「ああ、今朝ジェシカが、そう教えてくれた」
「なるほど、ですが、山の魔女が、あんな子供で、しかも、こんな街中で神殿学校の授業を受けているのですか?」
「ああ、そこが引っかかるところなんだけど」
ジョゼフィーヌとレオン、盛んに首をひねっている。
「とにかく、このこと、お父様に知らせておいた方がよくない?」
「と申しますと?」
「だって、こんな街中を我が物顔で魔女がウロウロしているんだよ。絶対、よくないよ」
「う、う~む・・・・・・」
「アイツ、何を考えているか分からないし、そのうち、町の人たちを乗っ取って、この町や国を支配しようなんて考えているのかも。そうならないうちに、退治しておかなくちゃ!」
「い、いや、しかし・・・・・・ まだ、魔女だと決まったわけでも・・・・・・」
「なに言ってるの? お前だって、問答無用で攻撃されたのでしょ?」
「そ、それはそうですが、私の場合、私の方にも非がないとは・・・・・・」
少し恨みがましい目でジョゼフィーヌを見つめる。
ジョゼフィーヌ、ちょっと咳払いして、
「と、とにかく、魔女なんて、この世にいちゃいけないんだ。だから、退治しなきゃ! お父様に頼んで、魔女退治のエキスパートを派遣してもらわなければ! ね?」
「う、う~む・・・・・・」
「だから、お前、お父様に連絡をとってよ」
「し、しかし、あなたのお父様からは、あちらから連絡をとるまでは、こちらから接触しようとするなと、ご厳命をいただいておりますのですが・・・・・・」
「そ、そうだけど、でも、現に今、悪い魔女がこの町にいるんだよ。退治しなくちゃ! ね?」
無邪気な天使の笑顔での説得工作。
って、悪い魔女って、なんか釈然としない。フィオーリアは、確かに性悪で無慈悲でいけ好かないクソガキだけど、自分からなにか悪事を企てたり、他人を操ったりしたことなんて一度もない。
いつも、フィオーリアにちょっかいをかけてくる子供たちを手ひどく痛めつけることはあっても、なにも手出しをしてこない相手を、痛い目にあわせたりなんかは絶対にしない。
むしろ、どういう理由があるのかしらないが、問答無用で暗殺しようと毎日襲撃してくる方が、はるかに悪質だと思うのだけど、オイラ的には?
ともあれ、ジョゼフィーヌの説得、効果があったみたいで、最後にはレオンも不承不承うなずいた。
「分かりました。私が直接、お父様に連絡をとるってわけにはいきませんが、ガシュー殿と相談の上で、なにか連絡をとる方法がないか、考えてみます」
「そ、分かった。よろしくね」
「はい・・・・・・」
ところで、そういえば、なんでジョゼフィーヌとその父親、直接連絡をとりあっちゃいけないのだろう?
まるで、ジョゼフィーヌの身柄を何者からか隠して保護しているかのような扱い。
ジョゼフィーヌには、敵でもいるのかな? もしかすると、その父親の周囲の人物で、ごく近しい間柄だとか?
そもそも、ジョゼフィーヌって、何者? 本人はニハデの街から来たといっているが?
一昨日、エリオットにニハデの神父さんからの手紙を渡していたのだから、それは間違いなさそうだけど・・・・・・
とすると、ニハデの商人の娘なんだろうか? それも、大商人の?
でないと、魔剣を所持しているような高い能力をもった冒険者・レオンを雇えるはずはないし。
ってことは、大商人の財産相続をめぐる争いか?
でも、そういえば、シルフさんとも話ができたし。ってことは、精霊使いの素質をもっているってこと。
ジョゼフィーヌの父親はジンと契約したとかも言っていたな。
上位精霊のジンと契約できるぐらいだから、ジョゼフィーヌの父親は高い精霊使いの素養をもっているはず。この国で有力な精霊使いといえば・・・・・・
昔、建国の大王が4大精霊の力を借りて、この国を興した話が有名だから、王家に近しい人物ってことになるのだろうが。でも、そもそもニハデの街に住む王族なんて聞いたことがないような。
いや、そもそもニハデの街自体、自由商人の町で、どこの国であれ、王家や貴族たちの力は及ばないはずなんだけど・・・・・・
なんだか、ナゾが深まるばかりだ。