神の娘、光の少女 10
その夜。
フィオーリアはいつものように、夕方からずっと礼拝所にこもっている。
一度、夕飯にトマスに呼ばれて台所まで出てきたが、食べた後、そそくさと戻っていった。
おそらく、例の祈祷台の陰で、瞑想にふけっているのだろう。
まだ、子供だというのに、何が楽しいのか・・・・・・
一日中、日の当たらない暗い場所で、印を結んで座っているばかりで、ピクリとも動かない・・・・・・
オイラは少々あきれながら、中庭にでて、夜空を見上げていた。
今日も星はきれいだ。
さっき、北の空を大きな流れ星が駆け抜けていった。
東の空に黒い小さな雲がいくつか見えるが、明日の天気に影響するようなものではないだろう。
と、不意に・・・・・・
「ねぇ、アイツ、ガシューの家の裏口を抜けて、こちらに向かって来てるわよ」
シルフさんの声だ。
シルフさんのいうアイツとは、もちろん、レオンのこと。ジョゼフィーヌと組んで、なにかよからぬことをフィオーリアに企んでいるから、シルフさんに監視してもらっていたのだ。
「そう、分かった。こっちへまっすぐ来る?」
「ええ、暗闇づたいだけど、ほぼまっすぐね」
つまり、なるべく目立たぬように、それでいて、すばやくことを起こせるようにってことか。
「なにか、得物をもっていた? 例の大剣とか?」
「ええ、それに、いくつか小刀も」
ってことは、やっぱり、フィオーリアを暗殺するために?
でも、なんで、ジョゼフィーヌがフィオーリアを襲う必要があるのだろうか?
昼以来、なんども考えてみたのだけど、全然思い当たることがない。
一体、なんなのだろうか?
ともあれ、そうこうするうちに・・・・・・
裏木戸が音もなく開いた。
いつもなら、ギーッと大きな音が鳴る木戸だというのに。
予め、油でも差しておいたのだろうか?
そういえば、授業の間中、レオンは中庭の井戸のそばにいたのだっけ。そのときに、ついでに。
開いた裏木戸を通って、覆面をした男が中庭に侵入してくる。
まるで影か何かのように神殿の壁に張り付き、中の様子を伺うが、やがて、足音を立てることもなく、バルコニーから廊下に入り、掃除道具入れの陰に隠れた。
それから、慎重にあたりの気配をうかがいながら、神殿の奥へと・・・・・・
って、フィオーリアは、反対の方角、礼拝所の中にいるのだけど、それには全然気がついていない。
なんだか、マヌケな暗殺者。
って、普通、こんな時間に少女が一人で礼拝所にこもっているなんて、だれも思わないか。
大抵は、こんな時間には自室にこもって、お人形遊びとか、もっと女の子らしい遊びをしているとか考えるものなんだろうな。
もちろん、この暗殺者もそう考えているようで、昼の間に確認しておいたフィオーリアの部屋の入り口までたどり着くと、静かにドアを開き、音もなく中へ飛び込んでいった。
一瞬、部屋の中で、金属質のものが、月明かりを反射したように見えたが・・・・・・
しばらくして、入ったときと同じように、暗殺者が出てきた。
不首尾だったようで、盛んに首をひねっている。
さらに、奥へ。
エリオットの部屋の中、トマスの部屋、トイレなどなど、順次、気配を消しながらさぐっていったが、やはり目的の人物は見つからなかったようだ。
しかし、それぞれの部屋には、エリオットやトマスだっていただろうに、特に騒ぎをおこすことなく出入りするなんて、このレオンって冒険者、案外凄腕なのかもしれない。
最後に台所を調べて、戸惑った様子で廊下に戻ってきた。
フィオーリアがいないのだ。
しばらく、物陰にこもって、何かを考えるようなそぶりだったが、もう一度、フィオーリアの部屋に戻って、調べなおした。
もちろん、フィオーリアは見つからなかった。
ようやく諦めたかして、首を振り、しぶしぶという形で中庭へでようとした暗殺者だったが、ふっとまだ調べていない扉があるのに気づいたようだ。
中庭へ向かう途中で、きびすを返し、ついに礼拝所の方へ歩を進め始めた。
「そろそろやばいのじゃない?」
「ああ、そうだな」
オイラは、慌てて呪文の詠唱に入った。
もっとも呪文が簡単で、詠唱時間が短くて済む攻撃魔法。
「・・・・・・ディガ、ムンディア!」
オイラの詠唱が完了した途端、目と鼻の先ぐらいの近さで、光の粒が現れた。
そして、その光の粒が急激に膨張し、巨大な火球へ!
そう、オイラはファイアーボールの呪文を唱えたのだ。
オイラが生み出したファイアーボールの中では、腹ペコそうなサラマンダーが舌なめずりしている。
明らかにオイラの全身を嘗め回すように眺めてやがる。
鳥肌が立った。寒気がした。
この魔法を使い続けると、いつかオイラ自身が犠牲になってしまうかも。
とにかく、オイラの生み出した火球、人の背丈ぐらいの大きさで、音もなく空間を飛びぬけて行き、背後から今まさに礼拝所の扉に手をかけた暗殺者へ向けて襲い掛かった。
コレがぶつかったら、体中が火に包まれ、大火傷負ってしまうだろう。暗殺者には、ふさわしいバツだ。
だが、火球がぶつかろうとした瞬間、攻撃に気づいた暗殺者、とっさに鞘から抜く手も見せず、ブンッと剣を一振り、水平に薙ぐ。
シュウゥゥゥゥ~~~~
一瞬にして、火球が消えた。
えっ!? 剣の一振りで、火球を切り捨て、消し去るとは・・・・・・
火球が消えた途端、レオンはタンッと地面を強く蹴り、火球の飛んできた方へ跳躍してくる。つまり、オイラの目の前へ。
うっ! やられる!
いつでも振り下ろせるように剣を構え、自分にファイアーボールを打ってきた魔法使いを切り捨てるつもりで殺気を全身にまとってオイラの目の前に降り立った暗殺者。だが。
レオン、驚きで目を丸くしている。
「ん? そんなばかな。逃げられるはずはなかったのに・・・・・・」
そう、自分に向かって攻撃してきた魔法使いがいるべき場所に、その姿はなかった。
「ど、どういうことだ・・・・・・」
呆然と立ちすくんでいる。
今のファイアーボールの消失、そして、レオンの反撃、ずい分大きな音がしていたはず。
たちまち、神殿の中から、口々に「どうしたの?」「なにがあった?」などと叫び交わしながら、エリオットとトマスが様子を見にやってくる気配が伝わってきた。
「チッ! 仕方ない」
レオンはマントを翻し、入ってきた裏木戸から走り去っていった。
た、たすかったぁ~~~
オイラは、その場に、ヘナヘナとくず折れるのだった。