神の娘、光の少女 9
ジョゼフィーヌは、物怖じしない足取りで、ずんずん廊下を進んでいく。
途中、トマスとすれ違ったときは、にこやかに挨拶を交わしていたが、フィオーリアの自室の前を通り抜けるときには、ドアが開けっぱなしになって、中でフィオーリアがゴソゴソしている姿が見えていたにもかかわらず、それとなく距離をとり、気づかないフリをして、無言で通り過ぎていった。
う~ん・・・・・・
なにか、気に入らないことが?
たしかに、さっき礼拝所でフィオーリアはジョゼフィーヌに冷淡な態度を示し、侮辱するようなことをボソッと口にしたりしたけど、そのことの報復を企てているのか?
ん? でも、レオン自身は、中庭にいて、フィオーリアとジョゼフィーヌとの間で、そんなことがあったなんて知らないはずだろうし。
にもかかわらず、レオンは、予めフィオーリアのことを認識し、なにかよからぬ行動の対象にしようとしているようだ。
ってことは、礼拝所の中でのことが原因というわけでもないだろう。
なにか、それ以前、過去にこの二人の間であったのか?
オイラは、フィオーリアが現れてから、今までの出来事を順に思い出していった。
ご主人の小屋での出会い。箱舟に乗っての川くだり。フィオーレ神殿での生活。礼拝所での勉強。
オイラの記憶のどこにもフィオーリアとジョゼフィーヌが出会った記憶なんてないし、もちろん、争ったこともない。
う~む、一体・・・・・・
ジョゼフィーヌは、司祭の部屋のドアの前に立った。
とはいえ、半分開いていたので、中にいるエリオットの様子は外から丸見えなのだが。
エリオットは、ドアに背を向け、机に向かって、なにか熱心に書き物をしていた。
そのエリオットの背中を、ジョゼフィーヌはジッと見つめる。
身動きもせず、むさぼるように・・・・・・
えっと? ジョゼフィーヌはなにをしているのだろう?
と、エリオットの足元から鳴き声がきこえた。
ニャー!
ペーターだ。さっきレオンからジャーキーをもらって、幸せな気分でエリオットの机の横で寝転がっていたのだろう。そして、ジッと部屋の中を覗いている少女に気がついて声をあげたのか?
エリオットは、机から顔を上げることなく、手を伸ばしてペーターの頭をなでただけだが、ジョゼフィーヌは、ハッとして、慌ててドアをノックした。
――――コンコン
「はーい」
エリオットが振り返った。
「あ、ジョゼフィーヌ。中へ入って。そこ座っていいわよ」
「はい、失礼します」
伏目がちに、ジョゼフィーヌは部屋に入っていく。
エリオットが指したソファーに脚を揃え、行儀よく腰掛けた。
「どう、初日の授業は? 慣れそう?」
「はい。大丈夫そうです」
「ニハデから来たのじゃ、ずい分とレベルの低い授業に感じたのじゃないかしら?」
「いいえ、そんなことないです」
「そう? ならいいけど・・・・・・」
まだ小さいのに、社交辞令をキチンとこなすとは・・・・・・
「あ、これ、ガシューおじさまから、司祭様に」
ジョゼフィーヌは、ポケットの中から2通の手紙を取り出した。
「それと、こちらはニハデの神父さまから」
「はい、確かに。えっと、まずは、さっきお付きの人が、とてもたくさんの金額を神殿へ寄付してくださったから、あなたにもお礼をいいますね」
「あ、いいえ。そんな・・・・・・」
「あと、ノートとか、鉛筆とか、必要なものがあったら言ってね。用意しておくから」
「ありがとうございます」
「授業は二日に一度。あなたは午前のクラスよ。次の授業はあさってね。それはニハデの町と一緒のはずよね」
「はい」
「あと、ここはなにぶんにも田舎の町だから、都会のニハデと違って、乱暴な口調や態度の子も多いけど、みんな特に悪気があるわけではないので、あまり悪く取らないであげてね。それでも、もし困ったことが起きたら、遠慮しないで、なんでも言ってね」
「はい、そうします」
「はい、では、今日はこれで。さっきの人、え、えーと・・・・・・」
すこし口ごもる。名前をど忘れしたのかな? でも、すかさず、
「レオンです」
「そう、レオンさんは、表で待っているのかしら? 帰り気をつけて帰っていってね」
「はい、ありがとうございます」
「じゃ、また、あさって」
「はい、失礼します」
「はーい」
そういって、エリオットは、また机に向かった。ジョゼフィーヌは、一瞬さっきと同じように、むさぼるようにエリオットの背中を見つめていたけど、今度はすぐに首を振って、ペコリとお辞儀し、なにかを振り切るように足早に部屋を出てきた。
「あーら? この二人、なにかあるのかしら?」
突然、オイラの耳元でシルフさんの声がする。
「うをっ!? ビックリした」
「さっきの冒険者も、この部屋へ来て、エリオットに挨拶していったわよ」
「そ、そうなんだ」
「あの二人、前からの知り合いだったみたい。なにか親しげに話してたもの」
「へ、へぇ~」
そうか、エリオットとレオンが昔からの知り合いか。
・・・・・・
ん? なにか引っかかるものが・・・・・・
え~と・・・・・・
そ、そうか! さっき、エリオット、レオンの名前を忘れていた様子だったのでは?
「フンッ! 相変わらずバカね! あれは知っていて、口にしなかったのよ。というか、ためらったのよ」
「え!? なんで?」
「そんなの決まってるじゃない! フフフ」
なぜか自信たっぷりな口ぶりなのだけど、含み笑いをもらすばかりで、その理由を全然オイラに教えてくれようとはしない。
一体、なぜなんだ?
ジョゼフィーヌとレオンとの会話、フィオーリアとの関係、そして、エリオット。今日はナゾだらけだ。どこへいってもナゾに出会ってばかり。
どうなっているのだか。
今日はミステリー記念日だとでもいうのだろうか?