神の娘、光の少女 8
いつの間にか、井戸のそばにいた男も、いなくなっている。
いや、それどころかシルフさんの気配も。
もしかすると、あの男を追いかけていったのか?
オイラは、なおしばらく窓の外から、子供たちに丁寧に受け答えするジョゼフィーヌの横顔を眺めていた。
実にかわいい。素敵な笑顔だ。
何人かの女の子たちが、ジョゼフィーヌに一緒に帰ろうっと誘ったが、エリオットとまだ話すことがあるとかで、ジョゼフィーヌは礼拝所の中に残っていた。
もう、あらかたの子供は家路につき、礼拝所の中にいるのは、たった二人。ジョゼフィーヌと・・・・・・レオナルド!?
礼拝所の中で二人きりになった途端、レオナルド、ジョゼフィーヌに近づいていく。
なんか、険悪な雰囲気。
ま、まさか、レオナルド、ジョゼフィーヌに悪さでもしようというのか!?
と、とめなければ!
オイラはご主人の書斎で読んだ、攻撃魔法のひとつの詠唱に入った。
「おい! お前、さっき、フィオーリアのことにらんでいただろう?」
レオナルドは、厳しい声で話しかけたが、ジョゼフィーヌはとびっきりの天使の笑顔で、
「え~? なに~? 私、わかんな~い」
うう、あんな風な笑顔で話しかけられたら、どんな人間でも蕩けてしまいそうだ。
それでも、レオナルドは態度を崩したりもせず、
「なに、しらばっくれてんだ! 俺、ちゃんと見てたんだぞ! フィオーリアが出て行くとき、お前がすごい顔して後姿をにらんでたの。お前、なんのつもりだ?」
さっきの天使の笑顔はそのままなんだけど、途端に、何かが抜け落ちたみたいな、冷ややかな空気が漂いだした。
「ええ? なぁに? 私、わかんな~い」
目が笑ってない・・・・・・
そんなジョゼフィーヌに、指をポキポキ鳴らしながら、迫るレオナルド。
「なに、するつもりだ? もし、フィオーリアにひどいことする気だったら、俺が絶対、許さないからな!」
「ええ~ この人なに~? ヘンだよ。こわ~い」
相変わらず、口調はかわいらしい女の子のものなんだけど、目が細まって、厳しくするどい視線でレオナルドを見つめているし・・・・・・
思わず、オイラ、呪文の詠唱を中断してしまった。
レオナルド、さらに一歩詰めより、両手でジョゼフィーヌの胸倉をつかんだ。
「いいな! わかったな! フィオーリアには手をだすな! もしなにかあったら、ただじゃすまさねぇ!」
前後に揺さぶる。
「おい、ゲス野郎! その汚い手を放しな!」
どこかから低い氷のような声が聞こえてきた。
えっと、今だれがしゃべったんだ?
たしか、ジョゼフィーヌの方から聞こえた気がするのだけど・・・・・・
「放せって言ってんだろが!」
ジョゼフィーヌの口が『ハナセッテイッテンダロガ』と動いていた。
その直後だった。
胸元にかかっていたレオナルドの両手が、ジョゼフィーヌの腕のたった一振りで弾き飛ばされた。一瞬、少女の体が地面に沈んだかと思うと、宙に跳ね上がり、残像を描いて、縦に回転した。
そして、気が付けば、レオナルドのこめかみに少女のかかとが入っていた。
飛び上がり、前転の回転力を加え、威力が倍増したかかと落とし・・・・・・
レオナルドは、一撃に沈んだ。
「フンッ! ゲスが!」
白目を剥いて足元に倒れている少年にそう吐き捨てるジョゼフィーヌがそこにいた。
「お見事です」
オイラが目の前の光景に、呆然として、立ち尽くしていると、奥の扉の陰から、声が聞こえてきた。
男の声。
その陰から現れたのは、先ほどの冒険者風の男。
「レオン、この虫どこかに片付けといてくれる?」
つま先で、レオナルドの体を蹴飛ばす。
「急所は外しておいたから、そのうち息を吹き返すと思う。どこか玄関脇にでも」
レオンと呼ばれた男は、うなずいた。
「それと、確認した? 黒髪のチビ」
「はい、先ほどエリオット司祭様と話しているのを見かけました」
「そ、ならよろしくね」
また、くったくのない天使の笑顔。
「は、はぁ・・・・・・」
でも、レオンはなぜか、浮かぬ顔。
黒髪のチビ? エリオットと一緒だった? それって、一体・・・・・・
「よろしいのですか? 本当に」
「ああ、いいよ。構わない」
「しかし・・・・・・」
「ん? なに? なにか問題でもあるの?」
不機嫌そうに片眉を上げて見せるのも、なかなかかわいい。かわいいのだけど・・・・・・
なにか、こう、オイラの胸にモヤモヤした不安が。
「は、はぁ~」
「大丈夫だよ。なにかあっても、お父様に頼めば済むことだし、事件のひとつやふたつ、もみ消してくれるよ」
「し、しかし・・・・・・」
「とにかく、お前は私のためにお父様がつけてくれたのだから、私の命令は、ちゃんときかなくちゃいけないの。わかった?」
「は、はぁ~」
う~ん、この二人、一体何をするつもりなんだろうか?
二人の密談の後、レオンは、レオナルドの体を担いで外へ運び出し、ジョゼフィーヌは、奥の扉から神殿の奥へ歩き去った。
だけど、一体、何をするつもりなんだろうか?
エリオットと一緒にいる黒髪のチビといえば、もちろんフィオーリアのことだろうし。
話の雰囲気からすると、ろくでもないことをしでかそうとしているのだけは確かだが。
う~む。
ま、考えていても仕方がないか。
とりあえずは、これからしばらくは、ジョゼフィーヌとレオンの様子をしっかり見張っていなければ・・・・・・
オイラは、そう結論付けて、ジョゼフィーヌの後を追うことにした。
やっぱり、美少女の後をつける方が、むさくるしい冒険者を観察するよりもたのしそうだしね。
そういえば、シルフさん、あの冒険者の後をつけてどこかへ出かけたのではなかったっけ?
どこへ行ったのだろう?