神の娘、光の少女 7
「ねぇ? ところで、あそこのむさくるしいのナニ?」
礼拝所の中では、まだ地理の授業が続けられている。どの子も、真剣なまなざしで、トマスが掲げる地図に見入っている。
もちろん、シルフさんがむさくるしいと表現したのは、礼拝所のトマスのことなんかじゃない。礼拝所の外。井戸にもたれかかりながら、外した大剣を鞘ごと抱え込むようにして座り込んでいる男のことだ。
見たところ30代ぐらい。なめし皮の胸当てをつけ、ボサボサの長髪を首の後ろで束ね、薄汚れた茶色のマントを羽織っている。
明らかに冒険者のなり。
さっきからジッと座っているばかり。身動きひとつしない。すこし伏せた顔が陰になっているが、両目は閉じられているみたいだ。でも、明らかに礼拝所の気配をうかがっている様子だ。
監視しているのだろうか?
でも、特別、殺気のようなものを感じないところを見ると、危険な人物というわけでもないみたいだが・・・・・・
「なんだろう? 分からない。さっきからずっとあそこで座り込んで、ああしているんだ」
「なんなんだろうね? ヘンなの? ホント見てるだけで汗臭くなるわね。どっかいってくれないかしら?」
我々が見ていると、ペーターが現れた。
裏の木戸の陰からひょっこり顔を出した途端、固まった。
見慣れないヤツが中庭の中にいるのだから、当然なんだが。
ペーター、警戒しながら、中庭に入り、その男を遠巻きにして神殿の方へ移動しようとしたのだが・・・・・・
突然、男が身動きした。
ペーター、ビクッと逃げ腰。
男は右手をポケットの中へ突っ込んだかと思うと、何かを取り出した。
ジャーキー?
その男、ジャーキーを取り出すと、ペーターに見せびらかすようにして、左右に小さく振る。
ペーターも、男の手の中のものがジャーキーだとすぐに気がついたようで、手の動きに合わせて、視線もユラユラ。いまにもヨダレを垂らしそうな表情。
と、ジャーキーが男の手を離れた。放物線を描いて、ペーターの足元へ。
一瞬、ペーターは飛びのいたけど、すぐに落下地点へ向かってダッシュ。
前脚でジャーキーを押さえると夢中になって食べ始めた。
ったく! 毎日、トマスから肉の切れ端とか、魚の尻尾とか、もらっているくせに、コイツは・・・・・・
ジャーキーを投げたその男はというと、目を細めて、満面の笑みでいるし・・・・・・
さっきまでのクールな冒険者の雰囲気は跡形もない。
顔をくしゃくしゃにして、ペーターがジャーキーをかじっている様子をうれしそうに眺めている。
なんなんだ、コイツは一体・・・・・・
やがて、礼拝所の中の授業は終わりの時間を迎えた。
「はい、では、今日はここまで。みんな午後からもしっかりお父さん、お母さんの言いつけをきいて、いい子で、元気にすごしてね」
「はーい」
いつものエリオットの終わりの言葉に、子供たちの元気な返事が聞こえてきた。
やがて、
「ジョゼフィーヌちゃん、ジョゼフィーヌちゃんって、どこからきたの?」
「ジョゼフィーヌちゃん、お人形さんごっこ好き?」
「ジョゼフィーヌちゃんって、兄弟いるの?」
などなど、女の子たちがさっそくジョゼフィーヌに群がって、質問攻めにしている。
それに対して、ジョゼフィーヌはいやな顔ひとつせず。
「私? 私、ニハデの街から来たの」「うん、好きよ」「ううん、私、一人っ子」などなど、丁寧に答えていた。
ホント、ジョゼフィーヌはいい子だ!
それに引きかえ、どこぞのクソガキは・・・・・・
フンッとジョゼフィーヌの周囲に早速出来た小さな一団に冷たい目を向けると、足早に奥の扉へ向かっていった。
そのフィオーリアに、トマスが「フィオーリア、悪いけど、その地図持って行って」などと声をかけるのだけど、もちろん、無視。
乱暴に奥の扉を開けると、さっさと、その隙間へ消えていくのだった。
その背後に残されたのは、いつものトマスの舌打ちと、なぜか凍りついたように立ちすくむ少女がひとりだった。