神の娘、光の少女 6
しばらくして、奥の扉から、授業に使う道具を抱えたトマスとエリオットが入ってきた。
さっきの騒ぎでまたざわついていた子供たちも、またピタリと静まった。
エリオットは祈祷台に立ち、子供たちに向き合う。
「はい、みなさん、おはようございます」
「おはようございます」
子供たちは声をそろえて、返事した。
「はい、いいお返事でした。今日もみなさん、いっぱいお勉強しましょうね」
「はい」
「では、授業を始める前に、みなさんに新しいお友達を紹介します。さあ、入ってらっしゃい」
奥の扉の方を振り返って、エリオットが声をかけると、扉の陰から、随分小柄なほっそりとした人影が・・・・・・
豊かな金髪の髪をなびかせた少女。
少女は礼拝所の中をキョロキョロと見回し、おずおずとした足取りで入ってきた。
「わぁ~ すごくかわいい子じゃない」
オイラの隣からシルフさんの声が聞こえてくる。
そのシルフさんの感想、礼拝所の中の子供たちも同じように持ったようで、あちこちから、ため息が聞こえてきた。
「ああ、そうだね」
「フィオーリアが夜空に輝く月だとしたら、あの子は、昼の太陽ね」
「ああ、そう見えるね」
「みなさん、あたらしいお友達のジョゼフィーヌです。これから仲良くしてあげてね。分からないことがあったら、親切に教えてあげてください。いいですね」
「はい」
やけに力強い返事が子供たち、特に男の子たちから返ってきた。
エリオットは、ぐるりと礼拝所の中を見回し、フィオーリアの隣に目を留めた。
「ジョゼフィーヌ、そこが空いているわね。今日はあそこに座りなさい」
『はい』と鈴が鳴るようなかわいい声で答えて、ジョゼフィーヌはさっきまでレオナルドの子分たちが腰掛けていた席のひとつへ向かった。
途中、子供たちから、『こんにちは』とか、『よろしく』なんて、声がかけられるたびに、『こんにちは』とか、『こちらこそ、よろしくお願いします』なんて、返事をするし。
ホント、どこぞの性悪なガキとは、大違い。
そして、フィオーリアの隣に立ち、挨拶した。
「こんにちは。これから、よろしくお願いします」
右手を差し出す。
でも、その挨拶も、出された手も無視して、フィオーリアはそっぽを向いたまま。
フィオーリアは、ほかの子と同じようには歓迎するつもりがないのは明らかだった。
仕方なくジョゼフィーヌは手をしまうと、黙ってそっと腰掛けた。
そのとき、だれかがポツリとつぶやいたのが、オイラにははっきりと聞こえていた。
「ジョゼフィーヌですって? フンッ、性悪女にありがちな名前ね」
どこか陽のあたらない、暗い席の方からの声のような気がした。
「だから、大地の神は、その愛娘フィオーレを、たびたび氾濫を起こして、人々を苦しめていた川に封じて、人々を洪水の被害から守ったの」
エリオットはトマスが掲げる地図を指差しながら、この町の近くを流れる大河について話していた。
子供たちは、一生懸命その話の内容を、ノートに書き取っていく。
そんな中で、相変わらずそっぽを向いている少女の口からポツリとこぼれた言葉をオイラは聞き逃さなかった。
「フンッ! なにがフィオーレ川よ。あたしが子供だったころは、この川はエフェールって呼ばれていたわ。フィオーレなんて、上流の方の辛気臭いちっぽけな沼の名前でしかなかったのに、ホント、すごい出世だこと」
ん? 一体なんのことだろうか?
エフェール? 沼? 出世?
う~む・・・・・・
その皮肉のこもった陰口が聞こえなかったかして、エリオットは説明を続ける。
「いい? このフィオーレのおかげで洪水が起きなくなり、人々が安心して暮らせるようになったから、川の神フィオーレに感謝して、人々は川沿いの各地に神殿を立てたの。そのひとつが、今私たちが勉強しているこの場所なの」
「フンッ! だから、アンタたちも、大きくなったら、私たちフィオーレ教団に感謝の気持ちをこめて、お金を寄付しなさいってことね」
なにか、ブツブツ言っている声が、オイラの鋭敏な耳にまた聞こえてきた。
と、突然、
「先生! ひとつ質問があります」
甲高い声が礼拝所にあがった。
全員の視線がその声の主に集まる。フィオーリアも思わず、そっちを見ている。
「はい、ジョゼフィーヌ、なんでしょう?」
その声の主はジョゼフィーヌだった。ジョゼフィーヌはハキハキとした声で、質問を始めた。
「大地の神は、確か5人の息子がいて、それぞれをこの国の大河に封じて神にしたハズですが、どうして、この川だけ娘を封じたのでしょうか?」
ジョゼフィーヌは質問を終えて、まっすぐにエリオットを見つめた。
一瞬、エリオットも思わぬ質問にたじろいだ様子を見せたが、すぐに気を取り直して、
「それは、大きい順に男の神たちを封じていった結果、この国で6番目の長さのこの川は、大地の神の5人の息子たちだけでは足りなくなったからですね」
余裕を見せるように、エリオットは笑いかける。
「なるほど。あっ、でも、こないだ派遣されていた国の奥地探検隊が都に戻ってきて、このフィオーレ川は今まで考えられていた以上に長いって報告していたとおもったのですが?」
「え? そ、そう?」
「ええ、そういうふうにお父様が・・・・・・」
自分でお父様という単語を口にした途端、ジョゼフィーヌ、なぜかハッとした表情を浮かべ、口ごもった。
「い、いえ、なんでもないです・・・・・・」