神の娘、光の少女 5
「じゃ、エリオット、私は、これで帰るから、ジョゼフィーヌの件、よろしく頼むな」
「うん、分かった、パパ」
「おや、エリオット、その手は?」
「ああ、さっきペーターが・・・・・・」
「そっか、気をつけるんだぞ」
「うん、パパも帰り道、気をつけてね」
「ああ、そうする」
掃除道具入れの近くの窓から、中庭で別れの挨拶をしている男女の声が聞こえてきていた。
エリオットとその父親のガシューの声。
おそらく、ガシューが中庭の井戸の横の裏木戸から出て行くところなのだろう。
ってことは、今度くる女生徒というのは、ジョゼフィーヌという名前なのだろう。
なんだか、上品な名前。
「あら、アンタ、そういう名前がすきなの?」
さっそく、オイラの思考を読んだシルフさんの声が・・・・・・
「い、いや、そういうわけでは」
「ふふふ、隠さなくてもいいのよ。どうせ、私には隠せやしないのだから」
「・・・・・・」
ジョゼフィーヌ。なんだか、高貴な女性の名前のようだ。
オイラがご主人の小屋で呼んだ書物の中にも、ジョゼフィーヌという名前が何度も出てきた。もちろん、魔法についての書物ではなく、歴史や物語の本の中で。
あるジョゼフィーヌは、国民からの信望の厚い良い王に、自分の父である宰相を汚職の罪で殺された。その復讐のために、フィアンセの暗黒騎士の力を借りて、王を暗殺した。
また、あるジョゼフィーヌは、貧しい職人の娘として生まれたが、生来の美貌と権謀術策を駆使して、ライバルたちを次々に蹴落として、王妃の地位にまで上り詰めた。
そして、あるジョゼフィーヌは、周りの人間を次々と毒殺し、最後には、町の広場で火刑にされたという。
ご主人の家にあった物語の中のどのジョゼフィーヌも、ろくな女ではなかった。
「あら? そうなの?」
「そう! ジョゼフィーヌといえば性悪女なんだよ!」
そう、一人を除いては・・・・・・
そのジョゼフィーヌは、すばらしい美女で、あるとき、大地の神の娘と美しさで勝負することになった。そして、勝ったのはジョゼフィーヌ。色仕掛けの誘惑が審査をする他の神々の心をとらえてしまったのだ。その結果、当然、大地の神の怒りを買って、暗い森のねじれた樹に姿を変えられたという。
「って、そんな女のどこがいいのよ!」
シルフさんのツッコミが頭の隅に聞こえている。
でも、オイラはこう思うのだ。
木製のヤツには、悪いやつなんていない!
ジョゼフィーヌ、本当にいい名前だ!
「ふん! 木なんかより、空気で出来た存在の方が、何百倍もマシだわ!」
5日後の朝。
礼拝所は、少年と少女たちでいっぱいに混みあっていた。
今日はフィオーレ神殿での学校の日。
神殿では、一日ごとに学校が開かれる。授業料は無料だから、町に住む少年や少女たちだけでなく、近郊の農場・牧場の子供たちも、学校のある日は、フィオーレ神殿に集まってきていた。
今日も、オイラは中庭で窓のそばの壁にもたれながら、子供たちと同じように授業を受ける。
毎年同じような内容の授業なので、オイラにはちょっと退屈だが、フィオーリアも出席しているので、見守るためにも、そこにいる必要がある。
実に面倒くさい話だ。
学校がなければ、ご主人の小屋に閉じこもって、ご主人の蔵書を読みふけったり、畑仕事をしていたりしたいのだが・・・・・・
そうこうするうちに、フィオーリアが奥の扉から入ってきた。
何人かの子供たちは、おはようと声をかけるが、フィオーリアはいつものように、まったく無視。
ほんと、いけすかないガキ!
そして、いつものように、礼拝所でもっとも奥まった暗い席へ歩いていく。
だが、その席には、先客が・・・・・・
「レオナルド、いつもいっているように、その席はあたしの席よ、どきなさい!」
子供たちの私語でざわついていた礼拝所の中が、一瞬で静まり返った。子供たちの視線が一斉にフィオーリアとレオナルドに集まった。
当のレオナルドはというと、
「フンッ、チビが! 今は俺様が座っているんだ! お前こそ、どこかへ行きな!」
鼻でせせら笑う。
「あたし、荷物を置いて、場所とりしてたでしょ? だからあたしの席なの。そこ、おどきなさい!」
「さあな? そんなこと俺のしったことじゃないな、チビ!」
フィオーリア、かなり危険な目をしてレオナルドをにらんでいる。
「そう、ならいいわ。そこをどかないのだったら、痛い目をみてもしらないわよ」
「ほう、どう痛い目にあわしてくれるんだ? チビのくせに」
依然として薄ら笑いを浮かべたまま、レオナルドは左右を振り返って、子分の子供たちに余裕のあるところを見せたのだけど・・・・・・
次の瞬間、フィオーリアのパンチがレオナルドの顔面にヒットした。
でも、フィオーリアよりも体が大きく、体つきがガッチリしているレオナルド、そんなパンチごときで沈むはずもなくて・・・・・・
すばやい身のこなしで立ち上がると、こぶしをボキボキ鳴らしながら、フィオーリアを見下ろす。
礼拝所の中が、子供たちの騒ぎでうるさくなった。
だが、この勝負自体は、あっけなく終了した。
レオナルドが殴りかかるよりも前に、フィオーリアの蹴り上げた脚が、レオナルドの股間をまともにとらえたから。
レオナルドは股間を押さえ、苦痛に顔を歪ませて、その場に崩れた。その顔を容赦なく、フィオーリアの二撃目、三撃目のキックが襲う。
「ふっ、毎度、毎度、つまんない手間、取らせるんじゃないわよ! まったく」
フィオーリアは軽蔑をこめた一言をうずくまるレオナルドの背中に浴びせ、今の一連の動きで乱れた髪を後ろに払った。
「ほら、そんなところで転がってないで、どっか行きなさい、通行の邪魔よ!」
その声を受けて、よろよろと立ち上がったレオナルド。もう戦意も消失したみたいで、とぼとぼとその場を離れていった。
「で、あんたたちも、痛い目みたいの?」
レオナルドが去っていくのを目の端で捉えながら、フィオーリア、冷たい視線をレオナルドの子分たちにも浴びせる。
レオナルドの退散で半分腰を浮かしかけていた子分たち、たちまち転がるようにして、レオナルドの後を追っていった。
ようやくいつもの席を確保して、フィオーリアはなにごともなかったかのように腰掛けた。
「ったく! ゲスがっ!」
一方、敗れたレオナルドは、礼拝所の一番後ろまでいくと、やっぱり、いつもの席に腰掛けている。でも、なんだか様子が・・・・・・
チビの女の子に完敗したというのに、悔しさを顔に浮かべたりなんかせず、机に頬杖をついて、フィオーリアの方を眺めていた。
どこか恍惚とした表情を浮かべて。
「今日もかわいいなぁ~ しゃべっちゃったよ。触られちゃったよ」




