神の娘、光の少女 3
「ホント、エリオットったら、いい玉だわ。かわいい顔して、男を部屋に連れ込むんだから」
トマス、頭にたんこぶを作って、祭壇の隅で膝を抱えて丸くなっている。
そして、オイラは祈祷台の横に乱暴に投げ捨てられていた。
ったく! いくらトマスがうるさいからといって、オイラでトマスを殴らなくてもいいだろうに!
一瞬、オイラの柄が折れたんじゃないかって、本気で心配したじゃないか!
幸いなんともなかったけど。
「お師匠様は、そんな人じゃない・・・・・・ お師匠様は、そんな人じゃない・・・・・・」
祭壇の隅から、なにかブツブツBGMのように聞こえてきているけど、フィオーリアの独白は、つづく。
「大体、トマス、アンタだって、気がついてたんでしょ? エリオットって、子供を産んだことがあるって。することはしている女だって。大体、あたしが来たときに、エリオットがおっぱいくれたんだもの」
「お師匠様は、そんな人じゃ・・・・・・!?」
言葉の途中で、なぜか息を飲む。驚いたような気配が・・・・・・
その様子に目を丸くして、
「え!? トマス、もしかして、全然気がついてなかったの?」
トマスが首を縦にひとつふった。
「ったく! なんて、バカなの。普通なら気がつくでしょ? 女がおっぱいを出せるんなら」
「う、うううう・・・・・・」
「エリオットは、あたしが来る直前に、どこかで子供を産んでいたのよ!」
トマスは完全に石化した。そして、粉々に崩壊。
「でなきゃ、おっぱいなんてあげられるわけないでしょ?」
「お、お師匠様は、神に仕える身、きっと奇跡をおこして・・・・・・」
弱々しい抵抗の声。
「フンッ! どこの世界にそんな都合よく奇跡なんておきるのよ! っていうか、もしあれが奇跡なら、あたしこそが神の子ってことよ! 神の子! あたしは東の山の魔女だっての。ケッ、胸くそ悪い!」
女神フィオーレの娘という意味の名をいただく少女の瞳が妖しく光っている。
「ホント、ゾッとするわ! あたしが神の子だって! なんで、神の娘でなくちゃいけないわけ? まして、フィオーレなんて、元々ど田舎の緑色の藻がわき、汚らしい虫どもがうじゃうじゃ這いずりまわってる沼の名前じゃない! 汚らしい! おぞましい!」
フィオーリアは、心底いやそうにブルブル体を震わせ、悪態をつき続ける。女神フィオーレへの侮辱の言葉からはじまって、この世界の大地の神をののしり、世界の平和と安定を司る秩序の神をあざけり、やがて、この世のありとあらゆる神々に向かって、バチ当たりな罵詈雑言を並べ立て、罵倒し続けた。
たっぷりと5分間。
ゼェーゼェーハーハー
フィオーリアは肩で息をしている。
「と、とにかく、トマスいい?」
「・・・・・・」
「女なんてね、子供を産まなきゃ、おっぱいはあげられないの。常識だから覚えておきなさい!」
トマスますます小さく、小さく・・・・・・
「それによく考えてみなさい。フィオーレの教団がいくら弱小だからといって、どこの世界に30にもならない小娘に神殿をひとつポンと任せる教団があるっていうの? エリオットがどこぞの大貴族の娘だっていうのなら、それもありえるかもしれないけど、エリオットは、この町の商人の娘でしょ?」
コクリとうなずく。
「ならありえないことだわ」
フィオーリアは形の良い頭をひねっている。
「そういえば、この町は、ガスペール大公の領地内にあるんでしょう? それに、エリオットのお父さんのやってるガシュー商会も、ガスペール大公家に出入りしているんでしょ?」
二度つづけて、コクリ。
「なら、おそらく決まりね。ガスペール大公なら、国王のいとこで、国の中でも一、二を争う大貴族だから、フィオーレの教団にあれこれ指図して、小娘に神殿のひとつや二つ寄付するぐらい、簡単なことだろうしね。きっとエリオットはどこかでガスペール大公か、それに近い人間と出あって、子供を産んだのよ。それもおそらく跡継ぎになる男の子」
ギュッと眉根を寄せている。
「だってそうでしょ? 女の子を産んだのだったら、エリオットをお払い箱にするときに、金握らせて、子供ごと厄介払いしただろうから、きっと男の子だったのね。でないと、後々の面倒までこんなにキチンと見るはずないだろうし」
「・・・・・・」
「ってことは、あの黒マント、もしかして、そのときのエリオットの相手? そう考えると、なんだか、つじつまが合うわね。あの黒マント、絹製の結構いい仕立てのモノを身にまとっていたみたいだし」
フィオーリアが盛んに首をふって考えている間に、トマスは目立たないように、這うようにして、じりじりと入り口へ移動していた。
そして、入り口についた途端、転びながら出て、走り去っていった。
「うわ~ん!! みんな、みんな、嫌いだぁ~!! ウソつきの大人もバチ当たりなクソガキも、みんなみんな大ッ嫌いだぁ~!!!」
少年の心からの叫びが、神殿の廊下にいつまでもこだましつづけるのだった。