はじまりの実験 2
5つの房を受け取っても、マーサが感謝の言葉を口にすることはない。いつものことだ。
箒は生きているとはいえ、マーサの魔法で生み出されたもの。マーサに仕えるのが使命であって、命令に忠実に従うのが当然の存在だった。
そして、もちろん箒自身、労をねぎらわれなくても、傷つくような感情をそもそも持ち合わせてはいない。
マーサは、用意しておいた5つのグラスに中身の液を、慎重な手つきでこぼさずに注ぐ。
中身の消化液が半分近くに減っているはずなのだが、そんなことを別に気にしているそぶりはない。
というより、畑の管理を箒に任せきりにしているので、そもそも、通常の龍涎草の消化液の量がどれぐらいなのか、知らなかっただけだろう。
次に、懐から、5つの品物を取り出し、5つのグラスそれぞれの脇にならべた。
冬朝顔の花粉の入った小瓶。トカゲの尻尾だけを食べて育った蛇の脱皮した抜け殻。巨大イナゴの糞。赤子芋の地下茎から採取した赤い水の入ったビン。そして、10年に一度咲くといわれているグリフィンダケの笠。
最初の3つは、この小屋に元々あったものだが、残りの2つは、箒にとっても初めて見るもの。
どうやら、マーサがこのところ忙しく、あちこち出かけていたのは、この2つの材料をあつめるためだったようだ。
「フッ、やれやれようやくだわぇ」
マーサは満足そうに息を吐くと、それぞれの材料の分量を計って龍涎草の液の入ったグラスに漬け込んだ。
と、見る間に、それぞれの材料が溶け出し、赤、青、黄、黒、緑の5つの色の液体が出来上がった。
どのグラスの中身も原形をとどめないまでに溶けたのを確認すると、やがて実験するかのような慎重な手さばきで、それぞれの液体を順に混ぜ合わせていった。
赤い液に黒の液体を混ぜ、さらに、黄色の液を混ぜると、銀色に光る液体が出来た。
残りの青と緑の液体もそれぞれ混ぜ合わせると、真っ白なブクブクとあわ立つ液体が出来る。
マーサは、どこからか真新しい透明のグラスを出してきて、最後に銀色と白く泡立つ液体を注ぎ込んだ。
最初、二つの液体が合わさった瞬間、一気に朱色に変化したが、しだいに赤みが増し、血のように真っ赤な赤に、さらに、赤銅色に変わっていき、ゆっくりとゼリー状に固まり始めた。
その状態を満足そうに確認し、ひとつうなずくと、マーサはそそくさと隣の書斎へ入っていった。たぶん、今作っている薬剤に関する文献を確認するのだろうか?
そのとき、ふっと小屋の窓から風が入り込んできた。
箒の毛をなでるように風が吹きぬける。まるで生きてでもいるかのように。
風もマーサの実験がなんなのか、興味津々なのだろうか?
と、箒の見ている前で、ゼリーがボコリと泡をひとつ吐き出した。
もし、箒が人間と同じような好奇心をもっているのであれば、まじまじと凝視し、これから何が起こるのか観察しているところなのだろうが、所詮は魔法生物。ただ、ボーっと部屋の隅に立っているだけ。
一方、件のグラスの方はというと、さっきの泡などなかったかのように、静まり返ったまま。でも、しばらくして、また、ボコリと泡立つ。また、静まり返り、しばらくして、またボコリ。
ボコリ・・・・・・ボコリ・・・・・・
ボコリ・・・・ボコリ・・・・・
泡が立つ間隔がしだいに短くなり、テーブルの上に、ゼリーから飛び出した飛沫が点々とつき始めた。
ボコリ、ボコリ、ボコリ、ボコリ・・・・・・
ボコボコボコボコ・・・・・・
グラスのあわ立ちはまずます激しくなり、それにつられてグラス自体がピョンピョン飛び跳ねだす。
グラスが跳ねるたびに中身の色が七色に変化して、最初に赤色だった液が、今や金色になってきている。
それを箒は相変わらずボーっと見ている。
グラスは、テーブルの上を跳ね回ったせいで、もう少しで、テーブルの端から今にも落ちそう。
ようやく箒はテーブルの隅に移動して、グラスが落ちないように抑える。
激しくあわ立つグラスが、今や箒の目の前で、暴れまわっていた。
と、突然、グラスの泡立ちが納まった。そのため、もうグラスが飛び跳ねることもない。
この機会に、箒は、テーブルの上に乗り、グラスをテーブルの中心へ運びなおす。
テーブル中央に据えなおされたグラス、なんだか全体がうすく光を発しているようにも見える。
まるで、神秘のオーラをまとっているかのよう。
なんの感動もなく、その光るグラスを箒は眺めていたのだが、不意に、その光が急激に明るさを増しはじめてきた。
最初、かすかに光って見えるかどうかだったオーラの光が、あっという間に、月よりも明るく、ランプよりも輝き、太陽すらも凌駕した。
もし、普通の人間がこの場にいれば、この光の洪水で、確実に失明していたことだろう。
でも、その場にいたのは魔法生物の箒だけ。その魔法の目が失明するなんてことはない。
と、そうこうしているうちに・・・・・・
ボオォォーンンッ!