川下り 8
意識を集中させ、心の片隅で飛べ! 飛べ! と念じながら、オイラは、ご主人が毎度詠唱する呪文を唱え始めた。
――――クカタラソ、ベート、キウホ・・・・・・
呪文を唱えている間に、足もとで、風が渦を巻いたりしなかったし、小石が振動したりもしない。
ただ、平和に川の水がさらさらと流れる音が聞こえるだけ。
やがて、呪文の終盤に差し掛かり、
――――ベート!
最後の言葉を唱えた。
その瞬間、オイラの足が地面を離れ、体が空高く舞い上がる・・・・・・
なんてこともなく。
「あ、あれ?」
相変わらず、河原で立ち尽くしているオイラ。
「あら、なーんだ。飛べないのね」
シルフさんの失望の声。
「そ、そうみたい。オイラじゃ空飛ぶ魔法つかえないみたい・・・・・・」
オイラ泣きそうな気分だった。
飛べないとなると、今晩中に小屋に戻れないし、畑の魔法植物が全滅しているかもしれない。
ど、どうしよう・・・・・・
途方にくれていた。
「ほら、しっかりしなさい。ここで嘆いていても、あの小屋に戻れるわけでもないのよ!」
そういいながら、シルフさん、オイラを慰めるように、柄をなで上げたみたい。
その途端、
オイラの足(毛)が地面を離れた。
「え? えっ!? ええ!?」
足(毛)をバタバタさせるけど、全然地面をとらえることができない。完全に空中に浮いている。
「まあ、アンタ、浮かんでいるじゃない!」
「え? ええ!?」
シルフさんがオイラのまわりをくるりと回った。まるで、舞踏会のダンスをしているかのように。
そして、オイラの体も、空中で一回転。でも、その回転の動き、止まることなく、さらに、もう一回転、さらにさらに、もう一回転・・・・・・
結局、シルフさんが止めてくれるまで、延々とまわりつづける羽目に。
おかげで目が回ってしまった。
「オ、オエエエエェェェ~~~」
き、気分が悪い!
なんにせよ、オイラ呪文で浮き上がることは出来たけど、その運動を制御することはできない。
う~ん・・・・・・
「まあ、いいわ。私が、あの小屋まで連れて行ってあげる。感謝しないさいよ!」
シルフさんが、あきれてそういった。
オイラたちは、その夜のうちに、なんとか小屋に戻ってくることが出来た。
夜、上空から見る森は薄気味悪く、フクロウがホーホー鳴いているのも、恐ろしげ。
オイラが上空を飛んでいると、獲物か何かと勘違いした猛禽たちが、何度か襲い掛かってきたが、そのたびに、シルフさんが突風になって、鳥たちを撃退してくれた。
ここ数日の手助け、シルフさんには、感謝してもしたりないぐらいだ。
ただ、少々、口が悪いのが玉に瑕だけど・・・・・・
「ちょっと、なによそれ! そんなこと考えるのだったら、守ってあげないよ!」
あちゃ、シルフさんには、オイラの考えていること、筒抜けだったのだ。
「う、うそ、うそ! シルフさんには、感謝しかありません! どうもありがとう!」
「そ、分かればよろし! 感謝の気持ちは素直につたえるものよ! 余計な但し書きはつけないで!」
「は、はーい・・・・・・」
ともあれ、小屋で一服すると、日が昇る前から、オイラは畑に出て、畑仕事に精を出した。
おかげで、なんとか雑草モンスターたちを撃退することができ、枯れさせることもなく魔法植物たちを守ることが出来た。
その晩、オイラは、ご主人の書斎に入ってみた。
本棚に並んだ本の背表紙の文字を眺めてみる。
・・・・・・!?
オイラ発見した! 全部の本のタイトルを読み上げることが出来る!
ということは、大体の本の内容に予想をつけることができるってこと。
オイラの中で喜びが爆発した!
もし、この爆発が本当のものだったら、その瞬間にオイラの体が、あのご主人の実験に使われたグラスのように、粉々になっていたに違いない。
「や、やったー! やったぞー!!」
心の底からの無音の叫びが、小屋中に響き渡った。