川下り 7
日が暮れた。
オイラは、こっそりと掃除道具入れから抜け出して、夜の道へ出た。
小さな人間たちへの授業が、一日二回、午前と午後の一回ずつあり、まったく同じ内容の授業を繰り返していた。
もちろん、午前と午後とでは、メンバーが違って、午後からの人間たちの方が、すこし体格が大きかったようだ。
オイラは、飽きもせず、同じ授業を聴き、すっかりアルファベットというものを覚えてしまった。
もともと言葉は理解することができるし、さらに、文字とその発音まで覚えたならば、ご主人の小屋にある書物を読み解くことが出来るに違いない!
オイラはそう考えて、ワクワクしていた。
思わず、石畳の道をスキップしてしまう。
箒のスキップ。
まるで、道を掃き清めているかのようだ。
けれど、なかなか進んでいけない。行けども行けども、まだまだ先の道のりがある。
村を抜け、道を離れて、川沿いをすすみ、星明りを頼りに河原を歩いていく。
オイラたちは、川をずっと流れ下って、村までやってきた。
ということは、この川に沿って、上流へ上っていけば、ご主人の小屋まで戻れるはず。
だから、河原伝いに行くのがよいのだろうが、石がゴロゴロしていて、歩きにくい。
時間がかかるわりに、距離がかせげなかった。
ともかく、早く小屋まで戻らないといけないし、早く小屋に戻りたい!
気ばかり、急く。
急がなきゃ!
しだいに疲れで足が重くなり、なかなか次の一歩が踏み出せなくなる。
川を吹き渡る夜風は気持ちいいが、今はそれどころではない。
やがて、疲れがピークに達し、オイラは、近くの岩かげに座り込んだ。
かなりの時間を歩いてきたわけだし、相当な距離をこなしたはず!
でも、振り返ると、月明かりに照らされて、遠く小さくフィオーレ神殿の尖塔の影が見分けられた。
「う~ん・・・・・・」
「あら? どうしたの? なにか考え事?」
シルフさんの声が聞こえる。
「なんか、河原を歩くのって、時間かかるというか、疲れるのだけど・・・・・・」
「それは、そうでしょうねぇ~ こんなに、大きな石がゴロゴロしているのだし」
「うん、もっとこう、早く歩いていく方法ってないのだろうか?」
「ん? それなら、人間が作った道を使えばいいじゃない?」
「ああ、でも、それだと、川と別の方向へ道が伸びているから、ご主人様の小屋へどういけばいいか分からなくなっちゃいそうで・・・・・・」
「それも、そうね」
「だから、考えているんだ」
「ふーん、飛べないって、不便ねぇ~」
ちょっぴり、困惑気味の声。
「ああ・・・・・・」
「私なら、ビューンって飛び上がって、一気にあの小屋まで行っちゃえるのだけど・・・・・・」
「いいなぁ~ シルフさんは」
「ふふ、いいでしょう?」
「ああ、いいなぁ~ もっとも、ご主人がいれば、オイラだって、空を飛べるんだけどな」
「あら? そうなの?」
「うん、なんてたって、オイラ、魔女の箒なんだし。ご主人に魔力を込められているからね」
「へぇ~ そうなんだぁ~」
「ご主人が、オイラに呪文をとなえれば、オイラの体が勝手に浮き上がって、とんでいけるのだけど・・・・・・ ご主人がいればなぁ~」
シルフさん、なにか気づいたみたい。
「ん? 呪文? 呪文を唱えさえすればいいの? 飛べるの?」
「ああ、飛べるよ」
「どんな呪文? アンタ、魔女の呪文、覚えてないの?」
「ん? 空を飛ぶたびに、何度も聞かされたから、全部とっくに覚えちゃってるよ」
オイラ、魔女が唱えていた呪文の前半分をつぶやいてみせた。
「ねぇ? なら、アンタ、自分で呪文を唱えてみたらどうなの?」
「え!?」
「自分で呪文を唱えれば、飛べるんでないの?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
かなり長い間、沈黙が続いたと思う。
考えたことすらなかった。オイラが魔法を使ってみる、魔法の呪文で空を飛ぶ、なんて。
「で、どうなの? やれそう?」
「そ、それは・・・・・・」
オイラ、戸惑っていた。
も、もし、オイラが魔法を使ったりしたら、使ったことが知れたりしたら、ご主人様を不愉快にさせたりすることはないのだろうか?
きつく当たって、オイラを折檻したり、消したりすることはないのだろうか?
オイラ、折角、魔法でとはいえ、命を得たのだから、ぜひとも長生きしたい。
つまらないことで、この命を失ったりしたくない。
今、疲れたというだけで、なかなか小屋へ戻れないっていうだけで、魔法生物の分際で、魔法など使っても大丈夫なのだろうか?
すごく、すごく心配になった。
あ、いや、それでも、このペースで河原を歩き続けるのであれば、今日・明日中に小屋にたどり着くなんて、不可能かも知れない。
大体、途中、あの滝があったわけだし。オイラ、あの滝のあった崖なんて、登れる自信ないし。
そのとき、ハッと気がついた。
そういえば、もし、今晩のうちに小屋に戻れなければ、畑の魔法植物たち、本当にピンチになるに違いない。
雑草たちに栄養や魔力を全部吸い取られ、枯れてしまうに違いない。
そうなれば、ご主人が戻ってきたときに、確実に、オイラ消される!
役立たずのただの箒に戻される!
柄を寒気が駆け上がった。
是が非でも、今晩中にもどらなければ・・・・・・
「で、どうなの? 空をとべるの?」
「わ、わからない。や、やってみる」
そういえば、オイラ、魔法を使った後のことばかり心配していたけど、そもそも、オイラの呪文で、空を飛べるかどうかなんて、わからないんだよねぇ~
それが今、一番の問題だというのに!
なんで、そのことを心配しないのだろう?
オイラ自身、すごく不思議に感じた。