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川下り 6

 朝の祈りがすみ、人間たちが朝食をとっている間に、オイラは、明るくなった建物の内部をあちこち探検してみることにした。

 シルフさんの報告では、ペーターも人間たちの足元で食事をしているようだし。

 昨日は、真っ暗な中で到着して、2度も掃除道具入れに放り込まれたりしたので、キチンと神殿内部を見ていなかった。今はその絶好のチャンス!

 オイラは、そっと掃除道具入れを抜け出した。

 まずは、掃除道具入れの近くにある扉を明ける。

 扉の向こうは、広い部屋だった。

 扉の近くに、水がめを抱えた女神像を中心に祭壇がしつらえられて、その祭壇に向かい合うように、長ベンチが、何列も並んでいる。

 つまり、礼拝所だ。

 礼拝所の奥には、大きな両開きの扉があり、今は閉められている。

 表通りに面した側だから、町の人たちが礼拝に来たときに、出入りする扉なのだろう。

 オイラは、礼拝所への扉を閉め、反対方向、つまり、昨日、赤ん坊を探しに行った方向へ歩いていった。

 すぐに台所と司祭の部屋とを結ぶ廊下にでた。

 台所の方からは、食器がカチャカチャぶつかる音が聞こえてくる。

 オイラは、昨日と同じように、司祭の部屋をのぞいてみた。

 やっぱり、赤ん坊はいなかった。

 どうやら、司祭が台所へ抱えていったみたい。

 少なくとも、四六時中、一緒にいて、面倒をみてくれる気はあるようだ。オイラは少し安心した。

 後は、いくつか廊下に沿って、トマスの部屋や、物置・トイレなどの小部屋がいくつかある程度の小さな神殿。

 後は、今人間たちが食事をしている台所ぐらいしか、調べるところはなさそうだが、まあ、いいだろう。わざわざ人間たちに見つかるような危険を冒してまで探検する必要はない。

 司祭は、あの赤ん坊を可愛く思っていてくれるみたいだし、ここでなら大事に育ててもらえそうだ。

 オイラはそう確信した。

 もうそうなると、オイラがここで出来ることなんて何もない。

 小屋に戻って、また雑草を退治しなくちゃ。

 昨日の午後から休んだ分を取り戻さないと。

 とはいえ、こんな日が出ているうちから、外を歩き回ったのでは、人間たちに見咎められて、どんな目にあうか分からない。

 とりあえず、今日は屈辱であっても、掃除道具入れにこもって、日が沈んでから、小屋へもどった方がよさそう。

 オイラは、大人しく、道具入れにもどった。


 やがて、食事を終えた司祭が、昨晩のような気持悪い声を上げながら、赤ん坊に乳を与えはじめた。

 一方、トマスは、オイラのいる掃除道具入れの前を通って、礼拝所へ入っていった。

 壁越しの気配からすると、しばらく中でゴソゴソしていたみたいだが、しばらくして。

 ガラン、ゴロン♪

 ガラン、ゴロン♪

 ガラン、ゴロン♪

 天井の方から、くぐもったような、奇妙な金属がぶつかるような音が聞こえてきた。

 やがて、扉が開けられる音がした後、礼拝所の方から甲高い声が聞こえてきた。

「トマスお兄ちゃん、おはようございます」

「はい、おはよう。サイモン今日もはやいね」

「うん!」

 さらに、しばらくして、

「トマスお兄ちゃん、おはよう! あっ、サイモン、もう来てるんだぁ~」

「はい、おはよう。サリーちゃん、その服、おニュー? かわいいねぇ~ すごく似あってるよ」

「えへ、ありがとう」

 また、別の声で、

「サリー、おはよう」

「おはよう」

 次から次へと、『おはよう』の挨拶が沸きあがり、いくつものおしゃべりが聞こえてくる。

 な、なんだ? なにがはじまったんだ?

 オイラがビックリしていると、

「なんか、隣の祭壇のある部屋に、人間の子供たちが集まって来てるわ? なんなのかしら?」

 シルフさんの声。

「なにが始まるんだろうね?」

「さあ? なんでしょうね?」

 などと不思議がっていると、トマスが部屋から出てきて、司祭に声をかけるのが聞こえた。

「お師匠様、みんな集まりました。授業おねがいします」

「あい、ちょっと待ってて、トマス、あそこのアルファベット表の紙をもってきて」

「はい」

 そうして、司祭とトマスが続けて、礼拝所へ入っていった。

 子供たちの声でざわざわしていた部屋が、一瞬で静かになった。

 やがて、

「みなさん、おはよう。今日もしっかりお勉強しましょうね」


 オイラは、ついつい好奇心に負けてしまった。

 掃除道具入れから抜け出すと、井戸側のバルコニーから中庭に抜け、中庭に面した窓から、礼拝所の様子をのぞいてみた。

 祭壇の前では、司祭が立ち、どこからか引っ張り出してきた黒板に向かって、『A』の字を書いていた。

「いいですか、これは『A』です。ABCの最初の文字で『A』です。みんなノートにAって書いて見ましょう」

 部屋にいっぱいに詰め掛けた小さな人間たち、一斉に手元のノートに『A』って書き出した。通路を通って、一人ずつの手元を覗き込み、司祭とトマスが指導していく。

 全員が書き終わったところで、

「Aは『ア』という発音を表します。みんな声に出してみましょう! せいの! ア! ア! ア!」

「ア! ア! ア!」

 司祭につづいて、一斉に発音する。

 次に、司祭が取り上げたのは、『エ』と発音する『E』、『イ』の『I』、『オ』の『O』、『ウ』の『U』だった。

 もちろん、A,E,I,O,Uの文字は、便宜上の文字で、こちらの世界で同じ文字を使っているわけではないけど。

 こちらの文法は、子音と母音を表すアルファベットを組み合わせて使うローマ字のようなもの。

 母音の五文字、子音の20文字ほどを覚えてしまえば、オイラでも、文章を読むことは簡単だった。

 だから、オイラ、その日、全部のアルファベットとその使い方を覚えてしまった。

 オイラ、いつしか夢中になって、その授業を見て聴いていた。

 初めての知識。初めての文字。そして、物事を知るというのが、こんなにも楽しいものだったとは・・・・・・

 あっという間に、時間が過ぎ、気がついたら、もうお昼になっていた。

「はい、では、今日はここまで。みんな午後からもしっかりお父さん、お母さんの言いつけをきいて、いい子で、元気にすごしてね」

「はーい」

 返事と同時に、小さな人間たちは、一斉に立ち上がり、出口へ殺到していく。

 でも、何人かの人間たち、その出口へ向かう人の流れを無視して、祭壇脇、トマスがいる場所へ集まってきた。

「わぁ~ かわいい」

「ちっちゃーい。トマスお兄ちゃん、抱かせてぇ~」

「あ、私も、私も!」

「ずるーい、私が先!」

 授業の間じゅう、トマスに抱かれていた赤ん坊を小さな人間たちが奪い合うのだった。

 その様子を見ながら、司祭。

「ほんと、大人しい赤ちゃんね? これだけ長時間、むずがらないなんて、珍しいわ」

 感心して、つぶやいているのだった。



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