川下り 5
どうやら、この司祭に任せておけば、赤ん坊の食事は大丈夫なようだ。後は、キチンと世話を焼いてくれるかどうか・・・・・・
そんなことを思いながら、ぼーっと司祭の部屋の中を覗いていると。
「ニャァア!!!」
オイラの足元から、ものすごい鳴き声が。
「フシューーーッ!!!」
すぐ近くに背中の毛をそばだてて、オイラに向かってうなり声を上げているヤツが。
さっきの猫だ。
いつの間に近くに来ていたのだろうか? 足音が聞こえなかったので、気がつかなかった。
ペーターは今にも飛び掛らんばかりに身構えている。ヘタに動いたりしたら、飛び掛ってくるだろう。
と、部屋の中で司祭の足音が、
「ペーター、どうしたの? ネズミでもいるのかしら?」
入り口から顔を出した。オイラの全身は、部屋の中からの明かりに照らされている。
や、やばい! 見つかった!
でも、その女司祭、オイラの柄をつかむと、ヒョイと持ち上げ、オイラの足元の方ばかりを見ていた。
「ん? どうしたのかしら? なにもいないけど?」
ペーターは、相変わらず、シッポを膨らませ、オイラにうなりかけている。
「ほら、ペーター、なにもいないわよ? どうしたの? なにかいるの?」
もう一度、念入りに、床の上を確認。でも、なにも見つからず。
肩をすくめ、しゃがみこんで、空いている方の手でペーターの頭をなでようとする。その途端、ペーター、爪を全開にして、その手を引っ掻いて、走り去った。
「いたっ! こら、ペーター!」
抗議の声を上げつつ、司祭はペーターが逃げていった方を呆然と見送っていた。
「なんなのかしら? あの子」
と、オイラをじろりと見下ろした。
オイラの背筋に冷たいものが走る。
ば、ばれたか!?
でも、
「ったく、トマス、また、箒を片付け忘れて、なんど注意したら分かるのかしら。まあ、いいわ。今日はかわいい赤ちゃんがやってきたことだし、今回は、大目に見てあげる」
などとつぶやきながら、オイラを再び掃除道具入れへ。
く、屈辱だぁ~!!!
どこからか、笑い声が聞こえた気がした。
屈辱的な夜。
こんなホコリっぽいところで一夜を明かす羽目になるとは・・・・・・
掃除道具入れからは、自由に出られるので、別に外へ出ていてもいいのだけど、神殿の中をあのペーターがうろついている。また、見つかって騒ぎがおきたりしたら、面倒。オイラは、中でジッとしていることにした。
シルフさんは、オイラと違って、誰かに見られるってわけでもないので、一晩中、神殿の中をあちこち飛び回っていたみたい。
ときどき、オイラのところへやってきては、外の様子を聞かせてくれた。
といっても、人間たちはみな寝床についているので、大した報告なんて、なかったのだけど・・・・・・
あの赤ん坊も、昨晩のような夜泣きをすることもなく、平穏に一晩が過ぎた。
やがて、
チュン、チュン、チュチュン・・・・・・
「お師匠様、おはようございます」
「ああ、おはよう。今日も朝は冷えるわね」
家の中から、声が聞こえだしてきた。
まだ、外は薄暗かったが、人間たちは起きだしたようだ。
井戸から水を汲む音が聞こえ、バシャバシャと顔を洗う水音がする。
「ほら、トマス、タオル」
「あ、ありがとうございます、お師匠様」
「今朝は、ハムエッグが食べたい気分だわ」
「あ、はい。分かりました。他にご注文は?」
「あとは、いつものようにカリカリに焼いたトーストにバターをたっぷりつけて。あ、そうそう、昨日、ホーンさんとこのおかみさんが持ってきてくれた、リンゴのジャムあったでしょ? あれも、おねがい」
「はい、用意しておきます」
「さて、朝の礼拝いってくるか」
「お勤めご苦労様です」
「あい」
などと聞こえてくる。
そういえば、掃除道具入れの隣に窓があって、月明かりに照らされた井戸が見えていたっけ?
やがて、パンを焼く香ばしい匂いが台所の方から漂ってきた。
一方、神殿の表の方からは、低くさざめくような単調な祈りの声が聞こえてきている。
そして、あたりがしだいに明るくなってきた。
ようやく、日が昇ってきた。