川下り 4
掃除道具入れの隙間から外へでて、周囲を見てきたシルフさんによると、この神殿、あの赤ん坊の他は、司祭とさっきの司祭見習いの少年の二人しかいないみたいだった。
司祭は、奥の部屋で、なにかの書類を書いており、少年は、台所で料理をしていた。
道具入れにまで漂ってくる匂いからすると、今晩はシチューなのだろう。
で、肝心の赤ん坊はというと、司祭のいる部屋にしつらえられたベッド代わりのソファーの上で、スヤスヤ寝息を立てているらしい。
やがて、台所の方から、
「司祭さま、晩ご飯の用意ができました」
奥の部屋から、
「はーい。今行きます」
すぐに扉が開く音がし、人間が歩く足音が聞こえてきた。
チャンスだ!
今なら、人間たちに見つからずに、道具入れを抜け出し、赤ん坊の無事を確認できる。
オイラは、そっと道具入れを抜け出して、足音を忍ばせて、奥の部屋へ向かった。
明かりが消えた薄暗い部屋の中では、窓から差し込む星々の光で、薄ぼんやりと、ものの輪郭をとらえることが出来る。
部屋の奥には書き物机があり、壁際にはくたびれたソファー。シルフさんが言うには、さっきは、このソファーの上に赤ん坊がいたらしいが、今は全然姿が見えない。
「あの人間、あいつを一緒に連れて行ったみたいだな」
「そうみたいね」
「ちゃんと面倒をみていてくれるといいのだけど・・・・・・」
オイラたちは、引き返そうとした。だが、ちょうどそこへ、台所の方から声が聞こえてきた。
「トマス、部屋におしめ置いてきちゃったから、とってきて」
「はい、お師匠様」
誰かが駆けてくる足音が。オイラは、とっさに近くの物陰に隠れた。
やがて、ランプを片手に部屋へ入ってきたのは、さっきの少年。
少年、部屋のあちこちを照らし、やがて、目的のものを見つけたのか、中央のテーブルに近づいて、何かを持って戻っていった。
やがて、台所の方から、
「オギャーオギャーオギャー!」
あの赤ん坊の泣き声がする。そして、その声と一緒に。
「ほらほら、いい子でちゅね。泣かないの。今すぐ、おしめを替えて、きれいきれいにしまちょうね。いい子、いい子」
ここの人間、頭がおかしいのだろうか?
口調が、ヘン! 気持ち悪い!
うへっ!!
「あらあら。小さな赤ん坊に話しかけるとき、人間はいつもああなるのよ」
シルフさんは、そういうけれど、ホント、人間って、ヘンな生き物だ!
オイラたちは、一旦部屋の外へでて、慎重な足取りで、台所の入り口に近づき、中を覗き込んだ。
テーブルを挟んで、司祭と少年が食事を摂っていた。
「トマス、そこのコショウとって」
「はい、お師匠様」
「今日は、ちょっと塩が利きすぎだね」
「そうですか? ボクには、ちょうどいいのですけど・・・・・・」
「私には、ピリリッとしすぎてる」
「そうですか・・・・・・ 今度から気をつけます」
どこでも、家の主というのは、口ばかりで、ぐーたらなようだ。
召使いをやたらとこき使うくせに、文句ばかりをいう!
文句をいいつつも、お代わりをする司祭のために、台所のかまどの脇に立ち、シチューをよそう少年がボソリとつぶやくのが聞こえた。
「ったく! 昨日と言ってること逆じゃん! なにが、塩が利きすぎてるだよ! 昨日は、塩が足りないとか言っていたくせに!」
「ん? トマスなにか言った?」
「いいえ、別に、何も」
司祭たちが食事を摂っている間、赤ん坊は、テーブルの隅にのって、じっと二人の様子を観察していた。新しいおしめをして、あたたかそうな布にくるまっている。
「さて、ご馳走様。トマス、皿の片付け、よろしく」
「はーい、お師匠様」
「それと、塩の量は、汗をかいたか、運動したかどうかによって、変えるべきものよ」
「え?」
「昨日みたいに、神殿学校や裏の畑でよく働き、汗をかいた時は多めが、今日みたいに、先代の領主様の命日で神殿での祭祀ばかりやってて、あまり動かなかったときは、少なめにするのが、コツ。いつも同じ量にしていちゃいけない。食べる人の体調なんかを考えて料理する。それも見習い修行のひとつだから、よく覚えておきなさい」
「な、なるほど・・・・・・」
「さて、部屋にもどるわ」
少年が食器を片付ける間に、司祭は赤ん坊を抱いて、部屋へと引き返していった。
先ほどの司祭の部屋に入ると、赤ん坊を抱いたままソファーに腰掛ける。
そして、ちらりと窓の外に物憂げな様子で視線を向けた。
「もう、あれから1年になるのね・・・・・・」
口の中で、人の名前を続けたようだが、オイラには聞き取れなかった。
それから、気を取り直したみたいで、元気な笑顔を浮かべて振り返った。
「お待ちどうさま。ほら、ご飯の時間でちゅよ」
など、赤ん坊に話かける。
え? ご飯? 晩ご飯なら、さっき食べてきたはずじゃ?
また、なにか食べるつもりなんだろうか?
司祭、突然、襟を広げ、片肌を脱いだ。襟元から覗いたものは・・・・・・
たわわな乳房。
赤ん坊、その乳房にむしゃぶりつく。
「きゃは、くすぐったい! もう、この子ったら」
その司祭、女だった。