川下り 3
シルフさんの話によると、オイラよりも先を流れていった箱舟、あの赤ん坊を乗せて、どんどん川を下っていったらしい。
やがて、川沿いに堤防が築かれて、その堤防の向こうに石造りの尖塔が見える場所までやってきた。
川幅は、ますます大きくなり、流れもゆったりとした感じ。
その尖塔はなんだろうと、気になり、シルフさんが見にいくと、川沿いの小さな町にあるどこかの女神様の神殿。
一通り、神殿の中や外を見て周り、町をあちこち眺めてから、川まで戻ってきてみると、二人の川漁師が乗った小船が、すでにその箱舟を見つけていて、中から赤ん坊を抱き上げていた。
シルフさんは、これはいけないと必死に抵抗したのだけど、所詮は、風の精霊。人間たちにかなうはずもなくて、というより、人間たちシルフさんに全然気づきもしなかった。
赤ん坊にしたところで、キョトンと、自分を抱き上げている人間たちを見上げているばかりで、不満そうに泣きもしない。全然おびえている様子もない。
同じ人間同士だから、警戒心も湧かないのだろうか?
漁師たち、赤ん坊を抱き上げて、話し合っていた。
「おい! どこの子だべ? こんな船で流されてよ!」
「捨て子じゃなかんべか?」
「そうかのう?」
「じゃ、なきゃ、なにかの拍子で流されちまったか」
「う~む。捨て子じゃったとして、こんな箱に入れて、川へ流すなんて、ひどい親もあったもんじゃ」
「だのう。ともかく、この赤子、どうすっぺ? 一旦、見つけちまったし、また、船に乗せて流すってわけにもいかんじゃろ?」
「そうじゃのう? おまんさとこはどうじゃ?」
「おいか? 無理無理。おい夫婦と子が5人、老いぼれが二人もいたんじゃ、いまでも食いつなぐのでカツカツじゃ。そういう、おまんとこは?」
「バカいうでね。独り身だっつうの知ってんでねぇけ」
「ははは、そだの」
「ともかく、岸さへ戻って、フィオーレの神殿の司祭さんに相談した方がよかんべ?」
「んだ、んだ。それがよかんべ」
などと相談しながら、船を岸に戻し、赤ん坊を連れて行ってしまったそうな。
陸に上がった漁師たちが向かったのは、先ほどシルフさんが見物に行った尖塔の神殿。
漁師たちの言葉に従えば、フィオーレの神殿ってことになるのだろうか?
赤ん坊と漁師が、神殿の中に入ったのを確かめて、シルフさん、オイラを探しに戻ってきたってわけらしい。
「そうか・・・・・・」
まあ、漁師たちの話の内容からすると、あの赤ん坊を保護するために、神殿へ連れて行ったのであって、赤ん坊に危害を加えるおそれはないだろう。
もともとオイラたちでは、面倒を見ることができなかった赤ん坊。漁師たちが世話を焼いてくれるのであれば、オイラとしては、願ったりかなったり・・・・・・なのかも?
ともかく、赤ん坊がどのように扱われているのか、キチンと面倒を見てもらえる環境かどうか確認して、それから小屋へ戻ることにしよう。
オイラたちは、さらに、川を流れくだり、尖塔が見える堤防の町までやってきた。
シルフさんに岸辺へ吹き寄せてもらい、上陸した頃には、あたりは夕闇に包まれていた。
シルフさんの声の案内に従い、物陰伝いに町の中を神殿へ向かう。
さすがに、夜とはいえ、道の真ん中をオイラが堂々と歩き回るというわけにも・・・・・・
人間に見つかったら、すぐ化け物がいるなんて、追い回されちゃうよ。
なんとか、神殿の前まで、人間に見つからずにやってこれはしたのだけど、あいにく、神殿の入り口は、しっかりと閉じられていた。
オイラは途方にくれていた。だけど、シルフさんがあたりを見て回り、神殿の裏窓から、明かりがもれているのを発見した。
オイラも、細い路地を抜けて、裏手へ。
途中、ゴミ箱の上で寝ていた猫が、オイラの姿に驚いて、毛を逆立てて牙を向く。そして・・・・・・
「ウーウーウー!!!」
爪をギラリと光らせながら、低音でうなりだす。
オイラ、構わずその場所を通り抜けても良かったのだけど、ちょうど、オイラの右手、神殿横の部屋に明かりがともり、窓が開いた。
「こら! ペーター、なに騒いでるの! そんなところで、騒いでないで、おうちへ入りなさい!」
そのペーターと呼ばれた猫、神殿の飼い猫だったみたい。しばらく、オイラを油断なくにらみつつ、 ひらりと開いた窓枠に飛び乗り、部屋の中へと消えていった。一方、神殿から猫を呼んだのは、少年だった。その少年、窓から差す明かりに照らしだされたオイラの姿を見、不思議そうに首をひねっている。
「あれ? おかしいなぁ~? 箒は全部片付けたはずなのに・・・・・・」
慌てて、窓から首をひっこめ、すぐに、オイラのいる路地に面した戸口から、出てきた。
貫頭衣というのだろうか、トーガ風の衣服を着た、モジャモジャ赤毛の少年。
「司祭様に見つからなくてよかった。また、ちゃんと片づけしてなかったって、叱られちゃうところだったな。あぶない。あぶない」
その少年、独り言をつぶやきながら、オイラの柄をぐいとつかむと、乱暴に肩に担ぎ、出てきた扉から、中へ戻り、小さな庭を横切って、廊下脇の小さなロッカーにオイラを突っ込んだ。
かび臭いジメジメとした空間。オイラの隣にはホコリぽいモップや箒が。足元にはちりとりが。奥の方には雑巾が転がっている。
ここは・・・・・・
掃除道具入れ。
く、屈辱だ!!
「あはは。やっと一番お似合いの場所に入れてもらえたのね。良かったね」
シルフさんの愉快そうな声が。
「良くない! 全然、よくない!」
「あら? どうして?」
「オイラは、ここにいるやつらとは違うんだ! ちゃんと生きている魔法の箒なんだぞ! こんなやつらと一緒にするなんて、あのガキ、なに考えてるんだ! いつか、痛い目見せてやる! 覚えてろよ!」
「あらあら。まあ、大変ね」
シルフさんの馬鹿にしたような声が、オイラの頭の中に響いていた。